第33話 魔石兵
「魔石兵?」
全身魔法が施された甲冑を着こんでおり、T字掘られた兜からは黒い靄のようなものがかかっている。
「魔物から採取される【魔石】を利用して人工的な作られた兵士さ。甲冑の内部に魔石を仕込んで、特殊な魔法をかけてやると【魔石】をコアに兵士として動き出す。魔法をかけた本人が魔石兵をほしい相手に兵士になるよう命令を下すとそいつの部下になる」
「戦闘能力はどのくらい?」
「魔石の大きさや品質によるが、最低ランクの魔石兵でもうちらの構成員が3人以上で相手にしなけりゃ勝つのは難しいだろうねぇ」
つまり、並の冒険者と比べてもかなり手強い相手だということ。下手をすればマリーやリリーと言った戦いの猛者たちに匹敵するかもしれない。
イーチノは続けて、魔石兵の説明をする。
「魔石兵のメリットは主に2つ。1つは魔石さえあれば即興でそれなりの戦闘能力を備えた兵士が作れてしまうこと。もう1つは、感情がないがために人間が躊躇するような攻撃に対しても無理やり攻撃を加えてくることだ。特に後者は戦闘においてとても厄介な一面だ。頭に入れておけハル」
魔石兵は戦闘能力が高いうえに、魔石さえあれば即興で人工的に造れてしまうというメリットがある。
特に即興で戦力を補充できるという点では組織同士の戦いで大いに役立つ。敵にしたら厄介な相手なのだ。
「分かった。でも、そんなメリットがあるのに街中では魔石兵らしき兵士は見かけなかったよ。イーチノの説明通りなら、衛兵役としてスラム街に何体か配置すればいいのに」
魔石兵は感情を持たない。衛兵が治安の悪いスラム街に近づかないのは恐怖という感情があるからだ。感情がない魔石兵を衛兵長なり、組織のトップ層が掌握すればスラム街の見回りもスムーズにできる事だろう。
「そいつには理由がある。まず、魔石兵を利用することは禁じられている。過去に王都で魔石兵の集団暴走事件があって、多数の死者が出た。魔石兵の鎮圧までにも相当な時間がかかったし、国家が転覆しかけたんだ」
魔石は魔物から採取されるもの。魔物の体内で生成され、長く生きた分だけ高品質な魔石が手に入る。
なぜ、魔石兵が暴走したのかは定かにされていないが、魔石に残された魔物の思考が呼び覚まされ、魔石兵を暴走させたとされている。
「一ノ瀬組を先代が仕切っていたころの話だからな。だが、それ以降、魔石兵の製造は禁止された。もちろん、魔石兵を作るための魔法も封印されてご法度だ」
世界中で魔石兵の利用が禁止されている中で、今目の前にいるのは魔石兵そのもの。禁止されている存在がなぜ今ここに現存しているのか、ハルは目の前の巨体に問う。
「魔石兵を作り出す魔法を会得した魔法使いがいてな、魔石兵を使って世界を征服するという目的を支持する代わりに貰ったのだよ。魔石兵はよい代物だ。我が命に忠実に従うのだからな。業火の中に突っ込めと言えば突っ込む。特定の人物を殺せと命じれば自分の命を命令を顧みず遂行する。すばらしい人形だからこそここにいるのだよ」
「魔石兵を使って世界征服……っ! そんなこと許されるわけが!」
「許す許さないではない。征服した者が法になるのだよ」
ブラックファングという組織は世界征服という大きな目標への足かせでしかないということだ。もし、目標達成に近づいてきたならば、ブラックファングという組織は捨て、魔石兵を束ねる長となるだろう。
「もう戯言はよいな。さて、ワシに実力を見せて見よ人形どもよ。その醜いハムスターどもを殺せ!」
長の言葉と共に魔石兵たちは武器を構え、ハルとイーチノに牙を向ける。
魔石兵たちの持つ武器は、リーチに特化したランス。握る部分から先端までが非常に長く、近づくのは容易ではない。
「イーチノ、魔石兵たちを倒す方法は?」
「甲冑の中にある魔石を砕くことさ。場所は中心。だが、簡単じゃねぇ。魔石は硬く何度も攻撃しねぇと砕くのは難しい。加えて、戦闘能力も高いだろうからな、簡単に攻撃を与えるのは難しいだろうよ」
魔石兵たちの体となっている甲冑は簡単に貫けるほど軟ではない代物。甲冑を破壊するだけでも難しいとされていることに加え、魔石までもが硬く簡単に壊せるものではないときた。リーチの長いランスで近づくことさえも難しいのに、堅い防御を打ち破るのは至難の業だ。
だが、策略を練っている暇はない。すでに戦闘は始まっているのだから。
—
——
———
大きな部屋の中で金属音が鳴り響く。
その音は、不規則的に響き時には早く、静寂が訪れたと思えば唐突に音が鳴り響くこともある。
「……くっ! やっぱりリーチが長すぎて近づけないし、戦いづらい! なんとかして刀剣の射程内に入らないと! 大きく弾くことができたところで体制をすぐに立て直される!」
ハルとイーチノはそれぞれ魔石兵を1体ずつ相手をするような形で戦っていた。
しかし、どちらも魔石兵が装備するランスのリーチの長さに苦戦を強いられ、うまく戦えていないようだった。
特にハルは攻撃を弾き魔力を溜め、刀剣に魔力注いだ状態で弾けば相手を仰け反らせることができるのだが長いリーチを持つランスにより本体との距離が遠く、大きく仰け反らせることができたとしてもすぐに体勢を立て直され攻撃の一手に出られない状態となっていた。
「こちとら生身の人間だってのに、手加減なしで攻撃してくるなんざ、ひでぇことしやがる」
と、イーチノは皮肉を言う余裕を見せてはいるが、防戦一方。汗を掻き槍を必死に振るっている。
ハルの持つ武器は刀剣、イーチノの持つ武器は槍。どちらも魔石兵の持つランスの長さよりも短く、敵の体には届かない。攻撃され続けていては防戦一方である。魔石兵を倒すには、まず相手の懐に飛び込み、自ら持つ武器の射程圏内に入るしかない。
(僕は攻撃を弾いて何とかしのげているけど、イーチノはかなり厳しそうだ。一撃が重くて、下手すれば体ごと吹き飛ぶ威力。リーチが長くて避けることも厳しい状況で、イーチノの槍で攻撃を防いでいたら、いつか骨が折れる。こっちを早く片付けてイーチノの加勢に向かわないと!)
しかし、ランスの攻撃は凄まじく一撃が重い。かといって、攻撃スピードが遅いかというとそうではない。突き、薙ぎ、振り下ろし、斬り上げ……。多種多様な攻撃パターンで狡猾に攻撃してくるのだ。そのため、隙が少なく、攻撃を弾いたり防いで攻撃を押し戻したりして隙を作り出しても、懐に飛び込むことを許さない小賢しい攻撃が降ってくるのだ。
人間以上に熟練された戦闘能力。もしもこれが世界征服に使われたならば、対抗できる人間は少ない。リリーやマリーですら、苦戦を強いられるのは必至だ。世間を騒がせている魔王軍さえも対等に戦えるほどの力を有している可能性もある。
そんな魔石兵で世界を征服しようとする奴を活かしておくわけにはいかなかった。
「フンッ! 何となく攻撃パターンが読めてきた。これならいけるかも! イーチノ!」
ハルの掛け声が響き渡ると同時に、イーチノは一瞬だけ彼に視線を向ける。その表情は何か打開策を閃いたという自信に満ち溢れた表情をしていた。
それに気が付いたイーチノは魔石兵の薙ぎを躱し、一度距離を取る。
同時にハルも敵との距離を取りイーチノと合流する。
「手前、何か閃いたっつー顔をしていたが、何か思いついたのか」
「打開策になるかどう変わらないけど、魔石兵には決められた一定の動きがあることに気が付いたんだ」
「決められた一定の動き?」
「たぶん魔石兵の個体によって動きは違うだろうけど決められた動きを観察すればいけるかも」
要領を得ないハルの発言に、もう少し詳しく内容を問うイーチノ。
完結に詳しく説明し、そして彼女は理解した。
「そういうことかい。可能性としちゃあるが、それに掛ける他ねぇな」
簡単な策略を練り終えると、2人はそれぞれの魔石兵の前に立つ。
最初に動いたのはハルが相手をする魔石兵。
大きく一歩を踏み出してから、斜め上に振り上げたランスを薙ぎ広範囲攻撃を仕掛けてくる。
ハルはそれを手慣れたかのように弾く。
(ランスを振り上げていてかつ一歩踏み出して来たら薙ぎ……)
攻撃の手を緩めない魔石兵は次に右足を一歩下げランスを持つ手を引き、一気にランスの先端をハル目掛けて突き出してくる。
当然の如くハルは攻撃を弾き、ランスの軌道を逸らす。
(右足を一歩引いて、武器を持つ手を引いたら突きを繰り出してくる)
そうやって、ハルは魔石兵の攻撃をひとつひとつ記憶していく。
そしてある程度、記憶するとそれ以上新しい攻撃パターンはしてこなくなった。
(やっぱりそうか。魔石兵は決められた動きしかできないという弱点があるんだ!)
そう、ハルは魔石兵が決められた攻撃パターンしかできないことに気が付いたのだ。
つまり、魔石兵はプログラムされたロボットのようなもの。決められた動作しかせず、それ以上のことはしない。できないのだ。
攻撃パターンさえ覚えてしまえば、対処は簡単。相手の足の動きや手の動きに対して次にどういった攻撃を繰り出してくるのか、予想という名の確実な照明ができ、ハル側の動きも決めやすくなる。
今までどこに隙が生まれるのか、どのタイミングで攻撃を仕掛ければいいのか防げばいいのか分かるようになるため、格段と攻略をしやすくなったと言えるであろう。
そして……。
(左足を下げてランスを振り上げた。この攻撃の後なら大きな隙が生まれる!)
記憶を頼りに、敵の動きを予測し攻撃のタイミングを決めたハル。
魔石兵は彼が予想した通りの動きを行い大きな隙が生まれた。
今まで攻撃を弾いていたことで溜まった魔力を刀剣に注ぎ込む。
青白く光った刃を振り上げ、甲冑の中心部目掛けて一気に振り下ろした。
己の弾きスキルを無視した攻略法。これがうまくいくかどうか不安だった。
ハルの弾きスキルの発動条件が魔力を注いだ状態で攻撃を弾き、相手を仰け反らせた状態で再度魔力を注いだ刀剣で攻撃を加えなければダメージは与えられないというものだったら、勝ち目はほぼないからだ。
「砕け散ってくれ!」
その意気込みと共に振り下ろされた刀剣は、甲冑に刃が当たり膨らんだ形に沿うように刃がガリガリと音を立てて地面へと向かっていく。
「グギャァァァァァ!」
振り切った直後、魔石兵は不協和音をとも言える悲鳴を上げる。
ハルが顔を上げると甲冑は引き裂かれ魔石が露になっていた。数秒後、魔石にもヒビが入る。
そして……。
「……グガガガガッ……」
崩れるような声と共に、魔石が砕け散り魔石兵は倒れ動かなくなった。
「ぼ、僕の攻撃が甲冑と魔石を一撃で破壊したのか……。こんな威力があったのか……」
自分の放った攻撃の威力に驚きを隠せないハル。しばらくボーっと考えていたが、
「うぐぅぅぅぅっ!」
イーチノの苦痛の声と共に我に返る。
ハルのアドバイスの元、魔石兵の甲冑に何度か攻撃を加えることに成功し善戦していた。しかしどうしても甲冑を貫けるほどの一撃を繰り出せていなかった。
戦いの姿を見る限り、幼き長は弱いわけではない。むしろそこら辺の冒険者よりも狡猾で上手な戦い方をする。
そんな彼女でも相手の甲冑を貫く力を持たないとなると、ハルの放った一撃はかなり強力な力をもっているということになる。
「2対1なら魔石兵もただの石ころ同然!」
そういいながらハルは魔石兵の懐へと飛び込み、再度魔力を注ぎ込んだ刀剣を振り下ろす。
先ほどと同様、甲冑は肉が裂かれたかのように切り裂け、中に収められている魔石もヒビが入りやがて砕け散った。
「……えっ」
あまりにも強力な一撃にイーチノはただただ驚くことしかできなかった。
「こ、こりゃ驚いた! 手前、あの甲冑をあの一撃で裂いた上に魔石まで壊しちまったのかい!? うちでも穴をあけることができなかった甲冑を!?」
「ぼ、僕も驚いているんだ。こんな強力な力を持っていたなんてびっくりだよ」
「手前はもしかしたら戦いの猛者だったのかもしれないねぇ。こんな簡単に倒しちまうなんて、記憶を取り戻したときどうなるか楽しみだ」
魔石兵を倒せたことで、張り詰めた空気が一気に和らぐ。
そのせいか、2人の表情にほんの少しだけ笑顔が戻っていた。
しかし、倒すべき敵はまだいる。
「ほう、魔石兵を倒すとは。ただのネズミではないな。お主たちは我が野望の邪魔となる存在だ。消えてもらう」
広い部屋に声を響かせたかと思えば、近くに立てかけていた巨大なメイスを手に取り地響きを鳴らしながら王座の椅子から立ち上がった。
「いよいと
「そうだね。本番はここからだ」
2人は巨大な図体を前に怯えることなく立ちはだかり、武器を構えた。
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