第26話 傭兵 対 守り手
イーチノたちが別ルートへと向かって立ち去ったのを見送った後、マリーは目の前に立つ傭兵の2人と対峙していた。
傭兵ギルドと一ノ瀬組互いに組織のトップ層の実力を持つ者であり、これから殺し合いが始まろうとしているにも関わらず、両者とも焦ることなく落ち着いている。
「てめぇが1人であたしたちを蹴散らすってのかよ。マジウケるわ!」
「言葉の使い方がなっていない下品な方ですね。改めてお名前を教えていただいてよろしいですか?」
緊迫した空気が流れる中でも、マリーは落ち着いた口調で相手を挑発する。
「へぇ、言ってくれるじゃん? まずは、てめぇから名乗るのが礼儀ってもんじゃねぇか?」
しかし、傭兵サイドも挑発に乗せられることなく、言葉を返す。
「それは失礼。てっきり『リリー・ハロウィン』から委細を聞いていたかと」
「私は他人のことをペラペラと話す趣味はない。自分のことは自分で話せ」
「そうですか。まぁ、あなたの頑固で意地っ張りな一面が見られて清々しました」
ハルの修行に同行し、接触した時からそうだったが、この二人はまるで水と油である。
会話をすれば必ずどちらからが皮肉を口にするほどにだ。
マリーはハンマーを持つ女へと視線を向ける。
「――私はマリー。イーチノ様を護衛する守り手です」
「そうか、てめぇが一ノ瀬組のマリーか! 噂は聞いてる。こんな強者と戦えるなんて楽しみで仕方ねぇな!」
ハンマーを持った女は今から戦う相手が強者と知っておきながら、名を聞いても余裕そうな高笑いをして見せる。
「あたしは、ハイゼル・ハウワード! 隣にいるクールな傭兵よりもつえー傭兵だ!」
ハイゼル・ハウワードと名乗った女はとても気が強く、自信家。だれよりも強いと思っている節があるようだ。
その証拠に彼女は隣にいるリリー・ハロウィンよりも強いと豪語した。
この言葉が誠かウソか。もし本当だとすると、傭兵サイドはこの場においてかなり有利な状況といえる。
マリーから見ても、リリー・ハロウィンはとても強い傭兵だと知っている。実際に戦いが始まれば余裕があるか分からないほどにだ。
しかしそれ以上に強い相手となると、守り手だけの力では手に負えない状況となってしまう。
(ハイゼル・ハウワード。雰囲気からしても強者であることは間違いありませんね。二人同時に相手をするなら、賢く立ち回らなければ)
「体が疼いてきたぁ! リリー、あたしが先に行く! てめぇは後からついてこい!」
そのハイゼルの言葉を合図に、戦いの火ぶたが切られる。
ハイゼルは空高くジャンプする。彼女の姿が小さくなったかと思うと急降下して、あっという間にマリーの頭上目掛けてハンマーが振り下ろされていた。
マリーは咄嗟の反応により攻撃を避け、頭をカチ割られることなく済む。
空を切ったハンマーはそのまま地面に叩きつけられる。鉄の塊が持ち上がると、地面はクレーターのように凹んでいた。
「そのハンマーで攻撃されれば、一溜まりもありませんね」
「おいおい、あたしにだけ目を向けていていいのかぁ?」
その言葉と同時に、真横から殺気が放たれていることに気づくマリー。すぐ真横までリリーが迫っており、武器を薙ぐ準備が整っている状態だった。
「くっ!」
リリーの素早い動きに対応できず、避けることは叶わない。守り手は咄嗟に武器を楯にし、攻撃を防ぐ。
しかし相手の薙いだ剣の威力が思った以上に強く、このまま正面から攻撃を受ければ力負けする。そこでマリーは刃から火花が散ると同時にバックステップで体を後方へと飛ばし力を逃がす。
一度相手との距離を取れたのも束の間、脱兎のごとく青髪の傭兵は後方へと下がった彼女との距離を一気に詰め、追撃を繰り出す。
青髪の傭兵・リリーは動きが素早く剣を薙ぐスピードも桁違いに速い。加えて、その威力も並大抵のものではなく、下手をすれば一撃で致命傷を負ってしまうだろう。
それだけは避けなければならない。マリーは相手の一撃一撃に神経を集中させ、攻撃を避け防いでいく。
「ショックウェーブ!」
攻撃を避けると同時に、体を翻し魔法やスキルを使い攻撃をするが身軽な身体に翻され当たらない。まるで次の一手を読まれているようだった。
「ギャハハ! あたしのことも忘れんなよ!」
リリーとの距離を取ったところで、タイミングよくハイゼルのハンマーが振り下ろされてくる。
ハンマーの頭は身長よりも大きく巨大だ。特別な鉱石で作られており、殺傷能力は十分にある重さだ。にもかかわらず、赤髪の傭兵はまるで棒での振るかのように軽々と振り回してくる。威力が絶大にもかかわらず、この振り回す速度の速さはとても厄介だ。
加えて、剣を楯にして防ぐことも難しい。ハンマーの一撃が重いため下手をして防げばその威力が剣を貫通し体へと直接伝わり、吹き飛ばされて壁や地面に叩きつけられる結果となるからだ。
幸い、リリーの攻撃よりかは攻撃速度が遅いため、幾分か余裕がある。多くの戦いを経験してきたマリーにとっては避けることは難しくない。
しかし、避けたところで攻撃に転じる隙はない。それどころかもう片方の傭兵から追撃が押し寄せてくる。
「おまえには仲間や友達という意識がないのですねリリー・ハロウィン。今のおまえの姿を見たらハル・フワーロが悲しみ、嫌悪感を抱きますよ」
追撃をしてくるリリーに対して軽口を叩くマリー。互いに攻撃が硬直したところで言葉を交わす。
「抱かれて結構。傭兵とはそういうものだ。誰が敵になるかなんてどうでもいい」
「まるで、ギルドに飼われている犬ですね。ギルドの命令ならなんでもするなんて、ただの人形同然ではないですか」
「そう思われても別に構わん。金払いはいいからな。人形で結構」
横槍を入れるようにハイゼルがマリー目掛けてハンマーを振り下ろす。
常に周りに気を張り巡らせていた彼女は、ハイゼルの動向を気配で察知する。
殺気を感じたら、すぐにバックステップで傭兵たちから距離を取る。
「さすがに2対1をシラフで戦うには辛いですね」
「ギャハハ! あの一ノ瀬組のマリー様が弱音を吐くのかぁ? マジウケる!」
「弱音ではありませんよ。愚痴です。自分が切り札を使って戦わなくてはならないこと。それによっておまえたちが死ぬことになることに対しての愚痴です」
「はぁ? あたしたちが死ぬ? てめぇ何言って……」
「貴様、【
ハイゼルの言葉を遮るように、リリーが守り手に問いを投げかける。
「ええ。使えなくてはこの戦いに勝算はありませんでしたからね。この場に1人で残る意味がないです」
そう言い終えるとマリーは、胸の前で剣を横にし片手は刃の部分にそっと手を沿える。そして目を閉じ深呼吸。これから行うことに対して呼吸を整える。
(イーチノ様。後のことは任せましたよ)
呼吸を整え終えると、ゆっくりと目を開け言葉を発した。
「――【一線解放】!」
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