第25話 全面戦争開始

 全面戦争。


 様々な抗争の場面で使われることが多い不吉な言葉。


 そして、誰も望まないイベント。


 それが今、始まってしまった。



「手前ら、暴れるだけ暴れまくれ! だが、一般市民には迷惑をかけるなよ!」


 風を切るように先陣を進むイーチノの言葉に、後方を歩く15人の構成員たちは了承の言葉を発する。


 悪徳な商売をするブラックファングをこの街から消し去り、今後一ノ瀬組がこの地区を収め治安を維持する組織となる。そのような組織になる身としては、一般市民に迷惑をかけないことが信頼への第一歩だ。


 そのために街中での戦闘は禁止、戦う場合はブラックファングの拠点周りか、拠点内のみとするというルールを設けた。


 ブラックファングはこういった一般市民への配慮もなく、いたるところで暴れるがために一般市民からの信頼はない。暴力によってスラム街を制圧しているという具合だ。


 それを一ノ瀬組は、王都のスラム街同様、暴力や権力で支配するのではなくお互いに生きやすい環境を作り上げるのが目的である。


 地区の奥地へと進むと、建物はボロボロ草木も枯れ、壁には落書きなどがされているという治安の悪さが目立ち始める。


 常日頃からブラックファングの連中が悪さをしている証拠だ。

 

 そして、敵拠点が目前まで迫っているということも示していた。


「手前ら、止まれ!」


 ブラックファングの拠点が見えたところで、イーチノは後列の者たちに止まるよう指示する。


「ただならねぇ殺気。誰かいるな」


「そうですね。この感じ、相当な手練れですね」


 暗闇の中から溢れ出る殺気。何者かが基地の前を陣取っている。拠点へと入る前に排除しようという魂胆だろう。


 イーチノは目の前の暗闇を睨みつけ、目を凝らす。


 そこには、2つの影が立っているのが見えた。


 1つはスラリとしたシルエットで細身。肩甲骨まで伸びた髪が風に靡いているのが分かる。その隣に立つもう1つのシルエットは、女性らしさを残しつつも鍛えられた筋肉の凹凸が目立つ。加えて、大きな何かを持っている。


 雲に隠れた月夜の明かりが顔を出したとき、その陰の正体が明らかとなった。


「――!」


 その正体にハルは驚愕の表情を見せる。


「リリー・ハロウィン。やはりおまえが出てきましたか」


 驚きのあまり言葉が出ない彼の代わりに、言葉を発したのはマリーだった。


「ハルに付きまとっていた一ノ瀬組の女か。貴様が敵に回るとは薄々感づいていたからな。驚くこともない」


「ギャハハ! で、そこのちっこいのが一ノ瀬組のリーダー、『イーチノ』なのか! こんなガキがトップを張るなんて世も末だ!」


 冷静な言葉を発するリリー。彼女が放った言葉通り、戦う相手を予見していたのか、その表情はいつもと変わらない。


 隣にいる巨大なハンマーを持った女がギザギザの歯を見せて笑う。その笑顔は不気味で見ているだけで恐怖心が煽られる。


 ハンマーを持った女は女性らしさを残しつつ、鍛え上げられた筋肉が鉄装備の隙間から見え隠れしている。赤いショートヘアーが特徴的で、左側の側頭部が刈り上げられている。


 活発的な印象を受けるが、どこか関わりたくない雰囲気を感じさせる。


「手前ら、ブラックファングに雇われた傭兵だな? うちらの進行をはばかるってんなら容赦しねぇがどうする」


 殺気からして戦いは避けられない。愚問だが相手からの返答を聞くだけの価値はある。


「そんなこと決まっている。雇い主であるブラックファングの意向に沿うまで」


 言葉を発すると同時にリリーは、両刃剣を抜く。それに続くようにハンマーの女も武器を構える。


「ね、ねぇリリー、僕たち師弟関係だよね……? なのにどうして敵対しなくちゃいけないの……」


 両陣営がいがみ合う中、たった1人の青年は哀し気な表情で、目の前に立つ青き髪の女性に問う。

 

 少ない時間ではあったが共に過ごしてきたという思い出がある。記憶がないからこそその時間はとても濃厚な時間に思えていた。


 それが故に敵対したくないという気持ちがあふれ出てしまう。


 できるなら、戦わずしてこの場を切り抜けたいと考えていた。


「仕事に私情は持ち込まない。敵対相手がたとえ親友であっても、依頼を引き受けた以上はどちらかが死ぬまで戦うのみだ」


 しかし目の前に立ちはだかる青髪の女性は、感情など一切表に出すことなく淡々と質問に答える。


 それはまるでハルとの師弟カンケイがなかったかのように。


「おい、リリー! てめぇが弟子を取ったって噂は聞いてたけどよ、貧弱で雑魚そうな男じゃねぇか。マジ笑える! ギャハハ!」


 ハルがリリーの弟子だと知るや否やハンマーを持った女は、下品な笑い声をあげる。


「ハイゼル、そんなことはどうでもいい。今は目の前の敵に集中しろ」


 ハイゼルと呼ばれたハンマーを持った女は、「へいへい」と気だるそうな返事をする。


 ブラックファングに雇われた以上、ハルのことを完全に敵とみなしている。


 師弟関係で、修行もした仲なのにどうしてこんなことになっているのか、ハルは受け入れられなかった。


 彼にとって一ノ瀬組もリリーも大事な仲間で友達。そんな大切な人たちが互いに傷つけあうのは一番望んでいなかった。


「『戦いたくない』とが考えてますか? ハル・フワーロ」


 マリーは鞘から剣を抜き、隊列の一番前に出る。


「所詮この世は弱肉強食。いつ目の前の仲間が敵になるか分からない世界なんですよ」


 残酷な世界とでもいうべきだろうか。


 マリーは世界の理を知ったかのような口ぶりで話をする。


「おまえの考えはまだまだ甘ちゃんです。この世界でそのような考えは捨てた方がいいですよ」


 武器を構え、イーチノやハル、組の構成員を守るように傭兵の前に立ちはだかる。


「マリー、いけるか?」


 イーチノがやや心配げに問いかける。


「2対1に加えて手練れが相手ですが、【一線解放】を切り札に戦えば時間稼ぎはできるかと」


「そうかい。なら手はず通りこの場を頼んだ。倒せなくてもいい。うちらが総大将を倒してしまえば、依頼主はいなくなるわけだからな」


「了解です」


 隊の一番前へと出た守り手は、堂々とした足取りで傭兵たちへと距離を詰めていく。


 その背中は恐れなど知らない、勇者のようだった。


「手前ら、ここはマリーに任せて別ルートから拠点に潜入する。魔法部隊は光の大矢を準備しておけ!」


 その合図とともにイーチノたちはマリーを残し、別ルートへと進行を変えた。


「マリー」


「イーチノ様?」


 去り際、イーチノがマリーに耳打ちをするような声で話しかける。


「修羅だけにはなるなよ」


「分かっています。ですが、もし私が修羅になって自身を制御できなくなったら、そのときは……」


「滅多なことを言うんじゃねぇ。手前はできる女だ。うちが認めた女だからな」


 そう言い残し、イーチノは構成員たちを引き連れて、別ルートへと歩を進めた。




「魔法部隊はこの場から光の大矢を放て。その他の者は敵基地に大矢が降り注いだのを合図に基地にカチコミを仕掛ける!」


 別ルートを行くと、情報屋から地理情報を得て知っていた小さな広場に到着する。


 四方が建物に覆われており、裏路地にある広場のような感じだ。


 光の大矢は魔法職に就く者が使える遠距離攻撃魔法だ。詠唱と同時に身長と同じぐらいの大きな弓と矢が生成される。生成終了後放つことができ、着弾時に広範囲へとダメージを与えることができる。飛距離はあまりなく、目視できる範囲に目標を収める必要がある。


 加えて、詠唱から生成完了までの時間が長いため、奇襲以外の戦い方に向かない魔法である。その分、威力は期待していい。


 基地の方角にある建物は周りの建物と比べやや低い。基地内にある建物は高い屋根が多く建築されているため、ここからでも基地の位置がしっかりと把握できる。


 光の大矢を放つのに十分な広さがあり、敵のいる方角も分かる。これ以上うってつけの場所は他にないだろう。


「魔法部隊はここに残り、5分後に大矢を放て。それを合図に、うちらは基地の中に潜り込む」


 数名の魔法を得意とする構成員が残り、残りの接近戦闘を得意とする部隊がイーチノやハルと共に基地の制圧にかかる。


 数は圧倒的に不利だが、一ノ瀬組には鍛えられた剣術がある。


 そして、イーチノたちが建物の陰から基地の入り口が見える場所に移動してから5分後、上空に不自然が光が灯りそれは、巨大な矢の形となって基地の中へと降り注いでいく。光の大矢だ。


 目視で追えるほどのスピードで弧を描きながら、上空を飛んでいく。そして軌道が下降へと変わり着弾したと同時に、基地内からは悲鳴や怒声が響き渡る。


 敵が混乱の渦の中、一ノ瀬組一行は建物の陰から飛び出しカチコミを仕掛けた。



 基地内部に潜入すると、ブラックファングの冒険者たちが待ち構えていた。光の大矢により損失は与えているものの、数はまだまだ圧倒的に相手の方が多い。


「手前ら! 暴れてこい!」


 彼女の鼓舞とともに一ノ瀬組の精鋭部隊たちが咆哮を上げ、冒険者たちに襲い掛かる。


 一ノ瀬組の構成員の実力を知らないハルは彼らが本当に数の差を覆す実力を持っているのか不安に思っていが、それは杞憂に終わる。


 なんと、構成員たちは敵冒険者たち複数を相手に軽やかな身のこなしで、ばったばったと斬り倒していく。


 一ノ瀬組は末端の構成員まで鍛え上げられている猛者揃いという噂があるが、それは本当のようだった。


「ハル、手前はうちと来い。敵の総大将の首をいただきに行く」


 構成員たちの実力に見惚れていると、イーチノから声がかかる。


 ブラックファングの冒険者たちは構成員たちに任せ、2人で親玉の首を狙いに行く作戦のようだ。


 敵対する冒険者は暴れ狂う構成員たちに気を取られ、イーチノたちへの元へは来ない。不自然なぐらいスムーズに先へと進めていた。


 しかし、大きな広場のような建物の中に入ったとき、2人の快進撃も終わりを告げる。


「あれまぁ、ネズミが2匹、基地内に紛れ込んでいたようですねぇ」


「へっ、基地を襲った害獣どもが! 駆除してやるよ」


 突如として建物の奥から現れた男2人組。その男たちにハルは見覚えがあった。


「――! おまえたち、あの時の!」


「お久しぶり、というほどでもありませんねぇ。ハル・フワーロ」


「誰だこいつら?」


「フランシュとバーガン。僕が宿を救った時に指揮していた2人組だよ」


「へぇー。手前らただもんじゃねぇな。雰囲気からしてブラックファングの幹部連中かい?」


「ええ。そういうあなたは一ノ瀬組のトップ、イーチノですね?」


「知ってるんなら話ははえぇ。そこの道を開けな。じゃねぇと痛い目を見るぞ」


「クックックッ……。たかが子供が大人に対して脅しをかけるとはいい度胸ですね。ですが、道を譲る気はありませんよ。害獣は苦情するのが私たちの役目。仕事を放棄するわけにはいきませんからねぇ」


 フランシュとバーガンはそれぞれ愛用する武器を構える。


 続くようにハルとイーチノも武器を構え、戦闘態勢をとった。


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