第22話 イーチノの目的

 マリーが個室を出て行ってからすぐ、入り口のドアがノックされる。

 

 イーチノが「構わず入りな」と声をかけると、扉がゆっくりと開く。


「ハルか。どうした? 作戦についての質問か?」

 

「いや、ちょっと気になっちゃって」

 

「?」

 

「どうしてこの街のスラム街を救おうとするのかなって」

 

「出会ったとき、言っただろう? うちは恩を返すためにブラックファングに……」

 

「そうじゃなくて、なんでわざわざ王都から足を運ぶ必要があったのかなって。恩を返すのは宿に泊めてもらったからでしょ? 王都からファルンまで足を運んだ理由は別にあるんじゃないかなって」


 確かに彼女は恩を返すために、ブラックファングをやっつけてやると言っていた。しかしそれはこの場にたどり着いてからの話で、この街に来る理由は別にあるはずだ。観光で来たとしても、わざわざ数十人体制で王都から地方都市ファルンまで足を運ぶ理由がない。

 

「……」

 

「ごめん。余計な詮索だった。マリーから作戦会議があるって言われているから戻るね」


 ピリついた空気に耐えられなくなったハルは、逃げるようにその部屋を後にしようとドアノブへ手をかけた。

 

「待て」


 切れのある声色でハルの動きを静止させる。


「ハル、座りな」


 その言葉にハルは頷き、部屋の片隅にあった椅子をイーチノの正面に置き座る。

 

「手前も意外と頭の切れる奴だねぇ」


 ため息を吐くと同時に、腑抜けた声を出すイーチノ。彼女の口角が上がったことで先ほどまでのピリついた空気は一変し、いつもの雰囲気に戻っていた。


「確かに、王都からファルンまで足を運んだ理由はある。そしてそこに、このスラム街を魔の手から救う理由が含まれているのは確かだ」

 

「どんな理由なのか教えてもらってもいい?」

 

「手前には【漆黒部隊】との戦闘でマリーを手助けしてくれた恩があるからな。せっかくだし教えてやる」


 そういうと彼女は、瞳を伏せ哀しさを漂わせている。


 コロコロと変わる彼女の雰囲気に、ハルは緊張した面持ちで幼き長を瞳に納める。


「先代の話を少ししたことがあっただろ?」

 

「あったね。親父さんが先代だよね?」

 

「そうだ。そしてその先代には長い付き合いのある親友とも呼べる存在の人物がいた。そしてその人物はこの街に住んでいた」


「このスラム街に?」


「ああ。その人物は先代が若いころ、とある町から王都へ期間中、魔物に奇襲される事件が起きてな。先代は構成員と共に魔物に対抗したが、人間なんて簡単に捻り潰してしまう恐ろしい魔物だった。先代1人になったとき、もうだめだと思った瞬間、どこからともなく現れた恩人はその魔物を一刀両断して見せたんだよ」


 簡単に人をひねり殺していしまう強力な魔物を一刀両断してしまう恩人。相当な力量を持った人物だったのだろう。


「王都まで護衛すると言い出した恩人は、襲い来る魔物を退け、1人で王都まで護衛して見せちまった。それからというもの、恩人が王都に居る間、先代は恩返しとばかりにその恩人が困ったと聞きつけた日にはできることをいろいろやった。非合法な事で問題を解決することもあった。そして2人はいつの間にか親友という間柄の関係になっていたんだ」


 命を救ってくれた恩人。困りごとはすべて解決へと導くほど先代は彼を気に入っていたのだろう。


「恩人がファルンに戻った後も、定期的に手紙などを通じて近況を報告し合っていた」


 そこまでいくとまるで遠距離恋愛をしているカップルが恋文を定期的に送り合っているかのようだ。


「だがある日、その親友と連絡が取れなくなった。不審に思った先代はすぐに彼の動向を探るよう部下に命じた」

 

「それで、どうなったの?」

 

「部下数名をこの街に送り込んだが、帰ってきたのはズタボロになった部下2人」


 ハルは緊張感のある場面に、ごくりと喉を鳴らす。

 

「すぐに部下の報告を受けた先代は聞き終える前に泣き崩れた。親友との連絡が取れなくなった理由は、亡くなっていたからだった。それも病死などではなく殺されていた」

 

「それをやったのがブラックファング」

 

「そうだ。経緯はこうだ。恩人は腕の立つ人物だった。太刀と呼ばれる巨大な武器を扱い戦う。その強力な戦力を欲したブラックファングは親友に自分たちの組織に入るよう交渉しやがったんだ。半ば強引なやり方でな」


 イーチノは大きなため息を付く。思い出したくないのだろう。


「当時も今もブラックファングはひでぇ商売をしやがる。人殺しなんてざらだ。正義のために自らの力を使うことにしていた恩人は、依頼を断った」


 幼き長が話をするたびに哀しい雰囲気が強くなっていく。


 そして今までの口調や内容から結末は察せてしまう。

 

「そしてその数日後、親友は裏路地で無残に殺された。誰にも見られることなくだ」


 ハルが予想した通りの結末だった。分かっていたとしても、実際に知ってしまうと悲しくなってしまう。


 きっと先代なら、悲しみと同時に怒りの感情も沸いたことだろう。


「先代は報復をしなかったの?」

 

「しようにも出来なかったんだ。その当時、一ノ瀬組は別組織と対立していて全面戦争真っ最中だったからな」


「全面戦争が終結するころには先代は床に伏せることが多くなっていた。うちが8歳のときだ。そして先代は復讐を果たせないままこの世去った」


「どうして、今になってブラックファングを潰そうと思ったの?」

 

「最近、夢をよくみるのさ。先代がうちに笑いかけていろいろ話しかけてくる夢。その夢の中で必ず口にしていた言葉がある。『親友を死へと追いやった外道どもは必ず報復したかった!』てな」

 

「死んでもなお、悔しい思いを背負っているんだね」

 

「そうだな。こいつは、天からのお告げ、先代からのメッセージだと思ったうちはすぐにブラックファングを潰すことに決定したのさ。じゃねぇと何度も同じ夢を見ちまう」


 頭を悩ませ悲しみの表情を見せるイーチノ。

 

 まるで呪いとなって幼き体に降りかかっているかのようだ。

 

 いくら組織をまとめる長だとしても、毎日同じ夢を見せられては動かざるを得ないだろう。


「そうだったんだね。話してくれてありがとう」


「いや、こっちこそ聞いてくれてありがとな。誰かに話すことができて気持ちがすっきりしたよ」


 イーチノの思いを知ったハルは、より一層ブラックファングをこの街から追い出そうと決心した。加えて、二度と悪さをしないよう、悪の根源をこの世から消そうと

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