第23話 ブラックファング

 ファルンは地方都市として世間に認識されており、王都に次ぐ巨大都市となっている。その大きさは、端の壁から向かい側の壁まで歩いて2時間かかるほどだ。


 その中で、スラム街と呼ばれる地区は、ファルンの4分の1を占める大きさを誇る。スラム街への入り口とも言える正門があり、そこからスラム街へと入って行く。その他にも、各地区からの裏道やわき見を通るとスラム街へ繋がっていたりする。

 

 そんなスラム街の奥まった場所には決して足を踏み入れてはいけない場所がある。それがブラックファング拠点。その敷地の大きさは、スラム街の地区の3分の1を占める巨大基地となっている。


 あまりにも大きな拠点に、初見の者が足を踏み入れた際には迷子になり、そして二度と帰ってこれないだろう。


 天上が異様に高い複数の建物を経由してさらに奥へ行くと、巨大な広間が1室ある。


 正面入り口の扉を開けると、両隣りに数人の護衛が武器を持ち立っており、奥へ進むときらびやかな豪華で巨大な椅子に鎮座する男がいる。

 

「で? 漆黒部隊はやられたと?」


 威圧するようにゆっくりと低い声で目の前で子羊のように怯える者に問う。

 

 その場を制するように鎮座する男は、とても恰幅が良く、起立をすれば3mは超える巨大な体をしている。そして全身を甲冑で覆っており、その顔は薄汚れた白銀の甲冑に阻まれ拝むことはできない。隣には愛用のメイスが椅子に立てかけられており、乾いた血がこびり付いている。


「は、はい! ゴルデリック様! 敵陣に送り込んだ我が部隊『漆黒部隊』が殺されました!」


 ゴルデリックの前に膝をつき報告をする男。黒い衣装に身を包み、脂汗を流しながら震えた声で言葉を発す。


「我が軍の精鋭部隊を担う漆黒部隊は、4人送ったはずだ。なぜやられたのか説明せよ」


「今回我が、領地としているスラム街に乗り込んできたのは、王都のスラム街を納める『一ノ瀬組』。滞在している戦力は少数。加えて総大将であるイーチノも来ているとの情報があ、ありました!」


 緊張が身体全身を巡り、息が荒くなる。


「そこで我々は、漆黒部隊を送り込むことにしました。暗殺に特化した彼らなら、総大将を暗殺できると思い漆黒部隊の中でも精鋭の4人を送り込みました」


「そうだよなぁ。敵は少人数だということも聞いる。だからこそ我らも少数で動いたんだよなぁ!」


 メイスを手に持ち、尖る先端を地面にたたきつける。


 小さな地震と見間違うほど地面は揺れ、建物が軋む音がそこら中から聞こえる。


 男はゴルデリックの行動に、体をビクッとさせより一層、体を震わせる。


「は、はいぃ! それで彼らの実力なら敵に見つかっても事足りると思っていました!」


 報告をしていくにつれ、男の言葉はどんどんと弱くなっていく。


「で、ですが、朝日が昇っても報告に戻らず、斥候に状況を確認させたところ、敵陣が利用している宿の前で3人が死亡。敵の情報を持ち帰ろうと、逃げたと思われた1名が別の場所で死亡していることが確認されました!」


「ほぅ。それで4人全員、一ノ瀬組にヤられたのか?」


「宿の前に倒れていた3人は恐らくそうだと思われます。ですが、逃げ帰る途中で死んだと思われる1人は無残な殺され方をされていました。一ノ瀬組のやり方とは思いにくい殺され方です」


「ほぅ。どのように殺されたか聞かせよ」


「は、はいぃ……」


 声を震わせながら頭の中を整理していく。


 これから説明する言葉の中に、トゲになるような言葉が混じってしまっては、いつメイスが飛んでくるか分からないからだ。


 呼吸を整え、第一声を発する。


「宿の前で死んでいた者は切り傷や刺し傷など、刃物による裂傷が見られました……。しかし、残り1名は別の場所にて、骨や筋肉など体のありとあらゆる部位が粉々に粉砕された状態で発見されました。まるでい一方的になぶり殺しにされたかのようだと伺っています!」


 緊張しつつも頭の中で整理した言葉がスラスラと出てきた嬉しさと、次に飛び出る言葉が何なのかという不安が入り混じる。


「だからどうした。一ノ瀬組が殺したことには変わりないのだろう。なら、奴らを叩き潰すまで。一ノ瀬組のやり方どうこうなど関係ない!」


 再び、地が揺れ轟音が鳴り響く。


「も、申し訳ございません!」


 ただ肩を震わせ、謝ることしかできない。何かを不意に発すれば、あの巨大なメイスが自分の身に振り下ろされるのではないかという恐怖心が、男を震わせる。


「情報屋から得た内容によると、今日の日が沈んだと同時に我がブラックファングの基地を襲うらしいではないか」


「は、はい、その通りでございます! 相手は少数精鋭ですが漆黒部隊を退けた強者がいます。そこで、戦力を増強するため、この街の傭兵ギルドから最強と名高い傭兵を2名、雇いました!」


「ほぅ。その等の名を何と申す」


「1名の名は『ハイゼル・ハウワード』。巨大なハンマーを使い相手を力で圧倒する猛者です。もう1名の名は……」


「ゴルデリック様ぁ!」


 傭兵の名を上げようとしたん、慌ただしく声を荒げながら茶髪の男が駆け寄ってくる。


「何事だ! 今は報告中だぞ!」


「も、申し訳ございません。しかし、斥候から緊急の情報が入ってきたためお耳に入れておこうと」


「申せ」


「ありがとうございます! 斥候によると一ノ瀬組が動き出したとのこと。人数はこちらに劣りますが、みな武装をしているとのこと!」


「そうか。動き出したのだな。ならば、直ちに迎え撃つ準備をせよ。加えて、傭兵ギルドから派遣された2名に先陣を切らせよ」


「はっ! 了解いたしました!」


 そういい、茶髪の男はそそくさとその場を後にした。


「これから、全面戦争が始まるな。だが、戦力差は圧倒的に有利。いくら鍛えていようとも数の暴力には勝てまい」


「その通りだと思います」


「さて、話が途中だったな。傭兵ギルドから派遣されたもう1名の名を何と申す」


「彼女の名は……『リリー・ハロウィン』。剣の技術においては右に出る者はいないと噂の傭兵です」


「その名は知っておる。大規模部隊を率いて戦うべき魔物を、1人で倒した伝説の女だろう」


「その通りです。傭兵ギルドに交渉したところ彼女が動いてくれるとのことで」


「ふむ。ならばこちらが負けることはない。勝利の咆哮が上がるまで座して待つまでよ」


 ゴルデリックは高笑いして見せ、余裕の笑みを兜の下で作り上げた。

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