第21話 嵐の前の静けさ
「ご苦労だったなマリー」
お昼過ぎ、宿の個室にて。椅子に座る組の長と規律正しく立つその守り手が向き合っていた。
午前の任務から帰ってきたマリーをイーチノは優しく労う。その様子に幼いながらも長が務まる要因が垣間見える。
今回彼女に課した任務、それは傭兵『リリー・ハロウィン』の実力を見極めること。
情報屋を通しても周りからの印象や実力といった他人経由の情報しか入ってこない。実際に実力のある者が本当はどの程度の力を有しているのかを見る必要があるのだ。
もしも洗練された実力者であり、敵対するような関係になればこの宿屋に泊まっている構成員は歯が立たず簡単に殺されてしまう可能性もある。
そういったことを危惧して、イーチノはマリーに実力を自らの目で確かめてくることを指示したのだ。
午前中という短時間の中で、マリーの目から見た対象の実力。それはどのような形で彼女の瞳に移ったのかを語っていく。一言で表すとリリーという傭兵は侮ることのできない実力者だったようだと語った。
剣捌きから太刀筋、足の運び方や攻め方などあらゆる行動を脳裏に記憶したが、どれもずば抜けて洗練されている。
「特に、間合いを詰める速さは尋常じゃないです。私でも間合いを詰められないよう距離を取るのは難しいかと思います」
「手前がそんなことを口にするなんてな。こりゃあ、相当な手練れだ」
「加えて、間合いを詰めた後の攻撃も凄まじく、組の構成員では歯が立たないと思います」
「だが、ハルは弾き、間合いを取らせるまで善戦したんだろ?」
「それはあいつが、それなりの実力と戦闘を通して学ぶ力を有していたからです。並の冒険者なら何度やっても一方的にやられるだけですよ」
洗練され手練れだと判断したマリーでさえ、ハルがあそこまでやりきるなど想定していなかったようだった。
目を覚まして間もない男。記憶もなければ、自分というものも知らない男。
そんな名に持っていないような男が、あそこまで善戦するなど驚きだった。
それは同時に、ハル・フワーロという男は並の冒険者以上の実力を有し、組の構成員すらも凌ぐ実力を持っているといっても過言ではない。
「もし彼女が敵対したら、イーチノ様をお守りできるか分かりません」
マリーは、瞳を伏せる。彼女自身も守り手として相当な手練れなのだが、自身の力量を超える実力者を前に少し弱気になっているのだろう。ハルと同じように善戦できるのか、自分の実力で主を守ることができるのか不安なのだ。
それを察してか、イーチノはそっと立ち上がり、自分よりも身長の高い守り手を抱き締める。
「手前の実力はうちが良く知っている。手前もうちの実力を良く知っているだろ?」
「はい、存じ上げています」
「だったら弱気にならなくていい。手前が倒れるようなことがあったら、今度はうちがマリーを守る番だから」
そっと力を入れ、小さな体で大きな体を抱き寄せる。それに答えるように、守り手も腰を屈め腕を伸ばし、小さな体を抱き寄せる。
2人の関係は一言では表せないほど濃密で複雑な関係といえる。ただの守り手と長といえばそうだし、面倒を見る母親と子供のような存在とも言える。
だが、決して否定できないことがある。それは、互いに互いを思い合っているということだ。異性間同士であれば恋人と位置付けられるだろう。
それほどまでに、2人は互いを思い合っているのだ。
しばらく抱き締め合った後、そっと離れ定位置に戻る。
マリーの表情はどこかすっきりとしたような感情があふれ出ているようで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。先ほどの弱気の彼女はもういない。
「他の傭兵については何か分かりましたか?」
「情報屋を通じて得たよ。やっぱり『リリー・ハロウィン』の他にも何人か手練れがいるようだとよ」
「そうですか。傭兵ギルドの動向には注意しなくてはいけませんね」
「それについてなんだが、早速『傭兵ギルド』と殺しあいが起きそうでな」
イーチノは腕を組み、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「と、言いますと?」
「今晩、ブラックファングに奇襲を仕掛けるだろ? そこに傭兵ギルドから何人か護衛として派遣された」
その言葉に、マリーは苦虫を嚙み潰したようような顔をする。
つまり、ブラックファングは一ノ瀬組の動向を常に監視し、見張っていたということだ。
今晩、奇襲を仕掛けることもバレているのだろう。自分たちの手を汚さずに敵を始末するために、傭兵ギルドを頼ったのだ。
「情報屋からの情報ですか?」
「そうだ。だから信ぴょう性はある。問題は誰が派遣されるかだ」
「万が一『リリー・ハロウィン』が派遣されたとなれば……」
「まずいだろうな。こっちの実力的にも戦力的にも厳しいものがある」
マリーの目から見てリリーはかなりの手練れ。他の構成員ではまず歯が立たないことは確実だ。
加えてハルも歯が立たなかった。構成員以上の実力を有しているとはいえ、彼女には敵わない。
もしリリーが護衛として出てきたのなら、解決策は1つ。
「でしたらもし、『リリー・ハロウィン』派遣されていたら、私が戦います」
そう、マリー自身が打って出ることだ。
彼女の迷いのない言葉に、イーチノは驚いた表情を見せる。
すぐに顎に指を当て考える仕草を見せた後、きれいな瞳を自らの守り手に向けた。
「それが手前の判断って言うならうちは止めねぇ。どうせ止めたところで『イーチノ様のため』とか言って突っぱねるんだろうよ」
「そのつもりでした」
潔い回答に、イーチノは高笑いをして見せる。
「なぁ、正直に答えてくれ。【一線解放】はするつもりか?」
「場合によっては……します……」
その言葉に、幼き長は軽く口角を上げて見せる。
「本当はして欲しくねぇけどな仕方ねぇ。だが、これだけは言っておく。自分を見失うなよ。手前の【一線解放】は諸刃の剣だからな」
「ご心配していただきありがとうございます。これからもイーチノ様のおそばに居るためにも自我を保って見せます」
半ば忠誠を誓ったとも捉えらえられるような言葉。
その言葉からは絶対に生きて全面戦争を乗り切るという強い意志が込められているようだった。
「ブラックファング本部を陥落させるための戦力はどうしますか?」
「傭兵ギルドの出方によるが、マリーの出番がある場合はうちが先頭に立って攻め入る。雑魚どもは精鋭部隊を当てがって、強力な敵が現れた時にはうちとハル、その他の戦力で対処するさ」
その言葉に、マリーは一瞬驚きの表情を見せる。
「組織のトップが自ら先陣を切るのですか?」
「不安か? うちの実力を知っているマリーなら、快く納得してくれると思ったんだけどなぁ」
「もちろん類まれなる実力に信頼を置いていますが、万が一のことがあっては組織が壊滅します」
戦場において、総大将が最前線を務めるなど異例でしかない。
もしも、組織の総大将がやられたとなれば、それは組織自体が壊滅したと同義だ。
しかし、少女は慌てふためくような様子など見せず、逆に落ち着いている。優しい笑顔を見せ、瞳は輝いている。
このような状況下でこのような表情を見せる少女など二人と存在しないだろう。
「心配することはねぇよ。先代の思いがあるんだ。簡単に死んでたまるかよ」
イーチノは再び口角を二ッと上げた。
「さて、日も暮れてきた。ブラックファングとの全面戦争まで残りわずかだ、今話したことも踏まえてみんなで再度作戦会議と行こうか」
「分かりました。すぐにみなを、エントランスホールに招集します」
一礼するとマリーは規則正しい足取りで部屋を後にした。
「……。これで、この街のスラム街が救われるなら、間違ってはねぇよな……。先代……」
そうポツリと呟いた幼き長の言葉は空気となって消えた。
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