第20話 修行
「攻撃を弾いた後の踏み込みが甘い! それでは相手の懐を捉えきれんぞ!」
木刀を薙ぐたび、青髪の女性が指導の声を飛ばす。
その声は、空き地を飛び出し近隣住人にも聞こえるほど大きな声だった。
空き地に入り、早速修行を始めることとなったハルとリリー。
第1回目の今回は2人が実際に対峙してお互いの実力を測るという内容だ。
「何事もまずは自分を知ることから始まる。そこから、成長するための課題を見つければよい」
実際に刃のついた剣で戦うのはお互いの怪我にもつながるため、リリーが用意していた木刀で戦う。
加えて革鎧を身に着け、顔は狙わない、革鎧がない部分は狙わないというルールの下で行う。
以前、対峙した時はハルが勝利を収めた。そこで今回も同じ結果になるのではと思っていた彼だったが、今日のリリーは本気で挑むとのこと。
つまり最低でも数体のスケルトンと対峙した時の実力で挑むということだ。
あのときのリリーの動きは目でとらえることも困難な踏み込みでスケルトンをなぎ倒していた。今回、その力が自分に向けられる。そう思うと狼狽せざる得ない。
あれほどの実力をぶつけられたらどうなってしまうのか、期待以上に恐怖心が勝っていた。
そしてリリーの掛け声のもと実際に修行が始まった。
最初に動き出したのはリリーだ。互いに広い空き地の端と端に立ち修行を始めたはずが、瞬きをしている間に彼女はすでにハルの懐へと潜り込んでいた。
「はやっ!」
体を動かすよりもそんな言葉が出てしまう。
そして、刀剣を構える間もなく彼女の薙いだ木刀は、彼の首筋で止まっていた。
「あのとき私に勝った気でいたようだがな、それは間違いだ。貴様は勝たされていたのだ」
「か、勝たされていた……?」
「そうだ。初めて対峙した時、本気を出さなかったのは貴様の実力を見たかったからだ。半分にも満たない実力を前に勝ったと喜ぶなど哀れだな」
確かにあの時は勝った。しかし今は負けている。
スケルトンとの戦いから目を覚まして間もないハルから見ても、彼女はかなりの実力を持っていると見抜くことができた。だからこそ1度でも勝てたことに優越感を覚え、自分はリリー以上の実力を持つ才能には触れた人物なのではないかと思っていた。
しかし、それはすべてまやかしだった。
目の前の女性に太刀打ちできず、それどころかほぼ何もできていない。できたとすれば役に立たない瞬きだけ。
「もう1回! もう1回頼む!」
負けたことが悔しかったのか、ハルはもう一度、同じ条件下で戦うことを希望する。
「何度やっても同じだと思うがな。手加減はしない。同じ実力で行くぞ」
リリーは木刀をハルの首元から遠ざけると、少々呆れた表情を見せ初期位置へと戻っていく。
その間、彼はどうすれば彼女の攻撃を弾くことができるか思考する。
(さっきの一瞬の踏み込み……。間合いを詰められるまで一瞬だった)
目で動きを捉えることが難しいほどの素早い踏み込み。これを攻略するのは簡単じゃない。
目で追えないならどうするべきかさらに思考する。
(もし距離を詰める瞬間を目で追えないなら、懐を捉えられた瞬間の動きで行動を見極めるのはどうだろうか)
間合いを詰められる瞬間の素早さに気を取られ、懐を取られた後のことを考えていなかった。
懐を取られた瞬間は必ず足を止める。その瞬間に、相手の動きを見極めて行動に移すのは可能かもしれないとひらめいたハル。
(実践あるのみ!)
リリーが定位置に着く。
そして彼女の合図とともに、再び修行が始まった。
先ほどと同じく素早い動きで一直線に攻めてくると思いきや、今度は素早くジグザグに動き、間合いを詰めてくる。
ギリギリ目で追えるものの、不思議な動きに翻弄されてしまう。
(右からくる? 左からくる? どっちだ? いや、翻弄されるな! 懐を取られた瞬間が勝負だ!)
その瞬間、頭の中で誰かの声が響き渡る。
『君の攻撃を弾くという行為はどんな硬い盾よりも重く強固な鎧よりも最強の防御術だ。人類の中で最大の防御力を誇り、攻撃力を誇る。弾くタイミングさえ間違えなければ無敵といっても過言ではないよ。言い換えれば人類最強の防御力を持つ戦士であり、僕たち4人は人類最後の壁なんだ』
誰かも分からない謎の声。修行中だというのに聞こえた声。しかしその声は、彼の心を不思議と安心させ焦る気持ちを抑えてくれた。
迫りくる恐怖。1度目に攻められた時よりも動きは遅いが、それでも十分速い。並の冒険者相手ならこの動きに翻弄され、何もできずにやられるだろう。
しかし、自分は違う。本気ではないとはいえ、最初にリリーと剣を交えたときは、打ち勝った。そしてブラックファングから宿を救い、漆黒部隊の1人も倒した。ただ魔物を倒しているだけの駆け出し冒険者より実績も実力はある。
自信は十分だ。あとは、リリーの攻撃を見極め自分も彼女と同等の力を備えていると証明するのみ。
(懐に入った!)
彼女が懐に入ったことを頭で理解した彼は、咄嗟に木刀を薙ぐ。
同時にリリーの強烈な横薙ぎが迫ってくる。
(相手の薙ぐタイミングに合わせて刀剣を構えてたら遅い。動きを予測して武器を振らないと!)
ほぼ山勘とも言えるハルの木刀は、リリーの攻撃を捉え迫りくる木刀の軌道を変えた。
「フンッ……。まさか弾くとは。だが、最初の一撃で満足していてはこの先の戦場では生き残れんぞ!」
再び強烈な一撃が迫りくる。
ハルも咄嗟に対応し、己の木刀で薙ぎ迫る木刀の軌道を変えてやる。そのたびに木刀同士のぶつかり鈍い音が、周囲に響き渡る。
何度も何度も、鈍い音は木霊する。
「これは驚いたな。これほど早い段階で動きを見切られるとは」
「僕も正直、自分でも驚いているよッ! これほど素早いを何度も弾けていることにッ!」
そして魔力は蓄積され、準備は整った。
攻撃を弾く中で、体内に蓄積した魔力を木刀へと込める。青白く光った木刀は、いつでも相手の隙を大きく作る準備が整ったことを表していた。
「どりゃぁぁぁぁ!」
青白く光の帯びた木刀で勢いよく薙ぎ、迫りくる相手の木刀を弾いた。
「決まったッ!」
ハルが持つ武器に魔力を蓄積させ攻撃を弾かれた者は必ず大きく体を仰け反らせ、致命的とも言える隙を作り出してしまう。
彼はこの隙を作るという動作を本気と謡っていたリリー相手にやってのけたのだ!
「!?」
やってのけたという感情と共に目の前に広がった光景は、ハルがよそうにもしない光景だった。
「隙が、生まれていない!?」
魔力を込めた一撃で弾かれれば、必ず大きく体を仰け反らせ隙をつく出すはず。
しかし、リリーは青白く光った木刀で弾かれ体も関わらず、体を翻し一定の距離を取り佇んでいたのだ。
「自分の最大の必殺技とも言える『魔力付与による弾き』がうまくいかなかったことが不思議か?」
スケルトンに強襲されたときも、ブラックファングと対決した時もかならず大きな隙をつく出すことができていた一撃。それが彼女に通用しなかった。
「なんで……!」
「理由は簡単。弾かれる瞬間に体を翻し、本来仰け反るはずの力を逃がしてやったのだ。簡単に言うと、貴様の『魔力を付与した一撃』は対処法さえ分かってしまえば、おそるるに足らないということだ」
その言葉を前に、彼は絶望した。
頭の中で聞こえた声を信じるなら人類最大の防御を称される、防御術。それが、一瞬にして破られたのだ。
「貴様が持つ最大の必殺技とも言える術を完封された今、どうする」
どうするべきか、分からなかった。今後リリーとの修行を積み、他の冒険者と同様、経験を積んでいくことが最適解なのかもしれないが、すぐに答えは出てこない。
というのも、頭の中で聞こえた声の中に『人類の中で最大の防御を誇り、攻撃力を誇る』という言葉があったからだ。
本当に『人類の中で最大の防御を誇り、攻撃力を誇る』術なのなら、対処などされないはず。
あの声が、本当のことを言っているのならなにかできることがあるのではないかと考えた。
「もう1回、頼みます」
「そうか。次は何か得られると良いな」
不敵な笑みを浮かべながら初期位置へと戻っていくリリー。
初めて出会った時はこんなにツンケンしていなかったような気がしていた。
再度、懐を取られ剣技の嵐をお見舞いされるハル。
しかし彼もただやられっぱなしという訳ではなく、相手の動きを予測しながら攻撃を弾けている。
1回戦目よりも明らかに成長していた。
そして魔力の蓄積が完了。気が流れるまま木刀へと魔力を付与する。
再び弾いて大きな隙を作り出すという術は対処されるだろう。しかし、ハルはその先を考えていた。
「でりゃぁぁぁ!」
「何度同じことをやっても無駄だ!」
案の定、弾くことには成功したものの受け流されてしまい、対処されてしまう。
「まだまだぁ!」
対処されたらどうするか。
答えは、こちらから攻めること。
武器に魔力が付与されている間は、弾くことで何度も大きな隙を作り出すことができる。
そこでハルが考えたのは、魔力を付与してから1度目の弾きが対処されたとき、こちらから攻めて相手に攻撃を誘発させること。誰でも敵が目の前に攻めてくれば、武器を薙ぎ攻撃をしようとする。そこを狙うのだ。
対処法が分かっていたとしても、同じ対処を何度もしていればどこかでボロが出てしまうもの。これは世の常、ゴリ押しとも言えるやり方だ。
2回目・対処される、3回目・対処される……。
そして4回目……リリーは体を翻すタイミングを見誤り、対処しきれず体を大きく仰け反らせた。
「やっと隙を見せた!」
ハルはすかさず攻撃に転じる。今回は布鎧を着用している部分に攻撃を当てられればよい。
大きく踏み込み、リリーの懐を捉えると隙のできた彼女に向かって木刀を薙いだ。
シュンッ……。
しかし、それは空を切って一旦修行は終了した。
「大きな隙を作ったはずなのに、どうして!」
体を仰け反らせ大きな隙を作ってしまったら最後、成すすべなく強力な一撃がお見舞いされる。
リリーも例外なく体を大きく仰け反らせ大きな隙を作らされた。しかし彼女は仰け反った状態から鍛えられた足で体を翻し、隙を打ち消しさらに一度相手との距離を取るという難易度の高い技をやってのけたのだ。
「まずは、よくやったな。対処に対処を重ねてくるとは驚いたものだ」
修行を一旦中断して呼吸を整えた後、リリーは木刀の先端を地面に向ける。
「素直に褒めてくれるのは嬉しいよ。でも、リリーから一本取るには至らなかった。悔しいよ」
「そう落ち込むな。冒険者となったばかりでここまで戦る奴はそういない。誇ってもいい事だと思うがな」
「比較対象がいないから何とも言えないけど、でも自分の実力に自信を持っていたから悔しい」
「だからこそ、これからの修行で強くなってくのだろう? 直すべき課題も見えているのだ。これから成長していけばよい」
「そっか。そうだね。ありがとうリリー」
「褒めても何も出んぞ」
負けたことにうな垂れていたハルだったが、リリーの励ましの言葉によって、元気を取り戻したようだ。
(単純で素直なやつだな)
そんな子供っぽいところがあるハルにリリーも少しばかり口角を上げた。
「実際のところ、どれほどの実力を出していたのですか」
そこへ、一部始終を見ていたマリーが2人の間に割って入る。
「なんだまだいたのか『一ノ瀬組の女』」
「『監視』が仕事ですからね。それで、どれほどの実力をだしていたのですか。今ので本気ではないでしょう」
「えっ!」
マリーの見据えたような言葉に、ハルは驚きの表情を見せる。
本気を出すと豪語していたはずなのに、本当は出していなかったのかと。
「ただの女ではないようだな」
「私も雑魚ではありませんからね。【一線解放】もしないままで本気だなんておかしな話ですよ」
「フンッ。この場で【一線解放】をすれば空き地など木っ端微塵だ。できるわけないだろう」
「そうですか。なら、私の見立てだと『6割』程度の力しか出していないようですね」
「ろ、6割……」
「だからどうした。本気でやったら木刀が壊れるだろう」
「そうですね。壊れますね。でも、あなたの本気を見たかったですよ」
「本気を出すのは、本気を出さざるを得ない相手と対峙したときだけだ」
リリーが本気を出す相手。この先、現れることがあるだろうか。
つまり、ハルは6割程度の実力しか出していない相手に苦戦したということ。
「マジかよ……」という言葉が漏れると同時に、本当のリリーの強さはどんなものなのかと疑問に思うのだった。
「なんで、本気を出すって言ったの?」
「その方が貴様もモチベーションが上がるだろう」
「いや、恐怖心が勝ったよ」
これから先も、ハルがリリーをその時まで修行は続くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます