第19話 ケンカ腰のふたり

「……」


「……」


「――誰か、この状況を何とかしてくれぇー!」


 耐えられない雰囲気にハルは思わず狂乱してしまう。


 今この場には3人の人物がいる。厳密には男1名と女2名。


 その状況だけを聞けば男のハーレムもののように思えるかもしれないが、ハーレムという天国どころか真逆の地獄のような状況である。


「一ノ瀬組は人の修行を覗き見るほど暇なのか?」


「そちらこそ、傭兵ギルドに所属していながら他人の修行に付き添うなんて、暇なんですね」


 切れ長の目で睨みつけるリリーと、目力で圧を駆けるマリー、両者は言葉の牙でけん制し合う。

 

「会わせるんじゃなかったぁ……」


 解決策が浮かばず、頭を抱えてうずくまることしかできないハルだった。



 なぜこのような状況に陥ってしまったのか。それは遡る事、数十分前。


 イーチノに言われた通り、リリーの元へ修行へと向かうことになったハル。


 道中、どんな修行が待っているのか、何を得られるのか頭を巡らせる彼には同行者がいた。


 マリーである。


 彼女もイーチノの命を受けており、『リリー・ハロウィン』の実力を見極めることを頼まれ同行していた。


 必然的にイーチノの元を離れるため、マリーはやや不服気味だったが命とあらば従わないといけないため、ハルが修行をする場所へと向かっているのだ。


「どこで修行とやらをするのですか?」


「リリーの家の近くに使われていない空き地があるからそこでやるんだ。どんな内容の修行をするのかは全く分からなけど、強くなれるなら頑張るつもりだよ」


「そうですか。修行なら私が付けてあげますのに。そうすれば移動しなくともイーチノ様の近くですぐに修行を始められましたよ」


「なんでイーチノの名前が出てくるの」


「イーチノ様が好きでそばに居たいからです」


 イーチノのことが大層好きなんだなと思うハル。


 彼女の『好き』という言葉からは、『Like』でも『Love』でもない何か特別な感じがした。


 スラム街を出て数十分後、目的地へとたどり着く。


 その空き地は一軒家が立つほどの程よい広さがあり、地面は短い芝生が生えている。


 周りはレンガで囲まれており、子供たちの遊び場としてはもってこいだ。


 そして、空き地には1人の女性が青い髪を靡かせ佇んでいた。


「待っていたぞ。ハル。……なんだその目つきの悪い女は」


「リリーも十分目つきは怖いだけどなぁ……」と心の中で思いつつ、付き添い人を紹介しようとした途端、マリーが口火を切る。


「私は【一ノ瀬組】に所属するマリーといいます。あなたも十分目つきが悪い部類に入ると思いますけどね」


「フンッ。貴様と一緒にするな。それで一ノ瀬組の女がこの街に何の用だ。拠点は王都だろう」


「おまえに言う必要はないと思いますが?」


「貴様もハルに付いて来る必要はないと思うが?」


 出会って早々、険悪な雰囲気が2人の間に流れ始める。


 これはまずいと気を利かせたハルが何か話題をと、口火を切ろうとするが圧倒的な圧力によってもみ消されてしまう。


 そして数分互いにけん制し合って、今に至るという訳である。


「一ノ瀬組は傭兵組織とは違って、巨大組織ですからね。言葉には気を付けたほうがいいですよ」


「巨大組織とはいえ、雑魚の集まりだろう。貴様こそ傭兵ギルドを敵に回さない方が賢明な判断だと思うがな」


 このままでは埒が明かない。


 もうこの際どうなってもいいと感じたハルは、2人の間に割って入る。


「もう、ふたりともいったん落ち着こうよ! ていうか、リリーもなんでケンカ腰になって話すの! マリーもそんなに警戒しなくてもイーチノに頼まれたことはできるでしょ!」


「私はこの女の目つきが気に入らん。睨みつけてくるようで物騒だ」


「リリー・ハロウィンは以前一ノ瀬組といざこざがあったのでつい警戒してしまいました」


「ふたりの言い分は分かったから。とにかく、僕はリリーと修行をする。マリーは僕を見てる! それでいいでしょ!」


「なんだ、貴様らは互いを監視し合う程の仲なのか」


「ちがうよ! マリーは一ノ瀬組リーダーの『イーチノ』から頼まれて僕が不審な動きをしないように監視を頼まれているの!」


 気を利かせて、本来の目的とは違うことを口にする。


 本来の目的はリリー・ハロウィンの実力を見極めることだが、それは本人の前では口にしない。


 任務の関係上、組織として相手に知られたくないこともあるだろうからだ。


「フンッ。まぁいい。ハル約束通り修行を始める。だが、訳あって昼過ぎまでしかできん」


「仕事が入ったの?」


「そうだ。今日の晩にな。傭兵ギルドの大口取引をしている相手だから準備を念入りにしたいのだ」


「そういうことなら分かったよ。なら、短時間で何か取得できる修行を頼めるかな。さっそく今日、僕も仕事が入って剣技の腕を試されるんだ」


「剣技を極めるというのは簡単な事ではないのだがな。貴様が何かを会得できるようこちらも努力しよう」


 一時はどうなるかと思われた険悪な雰囲気も晴れた。太陽が照り付ける中で、ようやくハルの修行が始まったのだった。

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