第18話 受け継がれる装備品

「昨晩は大層な働きをしてくれたそうじゃねぇか。助かったよハル」


「僕は何もできなかったよ。かろうじて1人は倒せたけど、ほとんどはマリーが倒したからお礼を言われるほどのことはできなかったかな」


「はっはっはっ! 手前は本当に気の優しい奴だな。とにかく、手前がいたからこそマリーも戦えたんだ。役に立ったことは間違いねぇんだ。自信を持ちな!」


「昨晩はお世話になりました。ハル、おまえがいなければあの場を凌ぐことができたなかったのは本当です。助かりましたよ」


 翌朝、宿のエントランスホールでテーブルを挟んで向かい合うように座り、昨晩のことをイーチノに報告するハル。


 すると、緑髪の少女はさぞ当たり前の出来事のように笑って返す。


「でも、1人取り逃がしちゃったよ」


「気にすることはねぇ。相手に情報が伝達したところで、戦力差は変わらねぇんだ。うちらはやれることをやるだけさ」


 殺されかけたというのに、一ノ瀬組の人等は落ち着いている。


 普通ならば命を取られかけたというだけで慌てふためく内容なのにだ。肝が据わりすぎである。


「うちらが動揺していないことが不思議かい?」


「まあ、そうだね。殺されかけているのに、平然としていられるのが不思議というか」


「素人から見ればそうだろうな」


 命の狙われることなんてただ事じゃない。彼女のような年端もいかない少女が何事もなかったかのように堂々としているのが不思議でならなかった。

 

「一ノ瀬組は、スラム街のトラブル解決に努めていると話しただろう?」


「トラブルを解決する代わりにみかじめ料を貰うって話をしてたよね」


「そのトラブルってもんは小さいものから大きいものまでさまざまだ。そんなかでも大きいトラブルにはそれなりの力技で場を征さなきゃならねぇときがある。そうなると征された側は『やられっぱなしは男が廃る、相手の親の首を貰って報復しよう』って輩が出たりして、うちの首を狙ってくることがよくあるのさ。だから毎日首を狙われているようなもんだ。これくらいのこと日常茶飯事だからこそ落ち着いていられるのさ」


 イーチノは再び豪快に笑って見せる。


 命を狙われる続けるとこうも笑っていられるほどに慣れてしまうものなのだろうか。今更、動揺することもないうえに、対処法も心得ている。巨大な組織をまとめあげることができている事にも納得がいく。


 だからこそ、生きて行く中で自然と貫禄というものが備わるものなのだろう。


「イーチノ様、そろそろ例の件を……」


「おっと、そうだったな。手前ら! 例の物を持ってこい!」


『了解です。姐さん!』


 怒号とも言える迫力のある声音に構成員たちは一斉に動き出したかと思えば、何かが入った木箱を数人がかりで持ってくる。


 その茶色の木箱をイーチノとハルの間にあるテーブルの上に置く。


 木箱には蓋が付いており、中身は何か分からない。外側には大小さまざまな傷があり、使い古された感じがある。


「開けて見な」


 言われた通り、彼はそっとふたを開けてみる。


 中から出てきたのは、身を守る装備品だった。


 入っていた防具は、ひざ下や腕周り、胸部を守る薄手の甲冑だ。


「これは?」


「命を守ってもらった礼だ。あまりいい物は用意できなかったが、今の手前には必要なものだと思ってな。念のために持ってきて正解だったな」


 ハルは実際に箱の中から装備品を1つ取り出す。とても軽く難なく取り出すことができた。


 白を基調とした甲冑は、湾曲を描いておりごつごつとした印象を与えない仕上がりになっている。使い古されたものなのか、傷が多少あるが、どれもかすり傷程度で遠目から見れば目立たない。


 軽く叩いてみると、ゴンゴンと音が跳ね返ってくる。薄手で軽さがありつつも、強固な防具に仕上がっているというイメージだ。誰もが求める装備品といっても過言ではない代物だろう。


 新品ではないが、そこらへんの中古店で売っているような代物ではない。


「素人目から見てもわかる。これ、すごくいい装備品だよね。長年使われている形跡はあるのに、まだまだ使える。これをどこで?」


「うちの先代、親父の護衛が身に着けていた甲冑さ。今でいうマリーの立ち位置にいた男の装備品だな」


「そんな大切なものを僕に?」


「先代が死んだあと、護衛の男は一ノ瀬組を抜けた。その際に、こう言い残したんだ。『お嬢、私の鎧をきたるべき人物に渡してはくれませんか。お嬢の目で見てこの人物なら渡しても問題ないと思える人物に渡してほしいのです』ってな」


 先代を護衛していたとされる男の甲冑。長年、任を勤めていたのにもかかわらずこれだけのかすり傷で済ませているというのは、腕が立つ人物だったのだろう。


 そんな先代の言葉をイーチノは信じ、ハルに鎧を託した。


「こんな、貴重なものもらえないよ。だって、言ってしまえば家宝じゃないか」


「そんな大層なもんじゃねぇ。うちはあの言葉を体現する相手が現れたと思ったから渡したのさ」


「うーん。もらっていいのかなぁ……こんな貴重なもの。マリーはどう思う?」


「イーチノ様がよろしいのであれば、貰ってよいのでは?」


 マリーにとっては先輩とも言える相手の装備品なのに、何の感情もなく淡々と答えを返す。


 きっと別角度でマリーに似たような質問をしても、イーチノに心酔している彼女なら同じ答えを返すだろう。


「納得いかねぇって顔だな」


「相当な貴重品だからね。慎重にもなるよ」


「なら、手前を選んだか話してやる。よく聞け」


 ハルは固唾をのむ。


「手前は強いからだ」


「……? それだけ?」


「それだけ」


 もう少しなにか見込んだところがあったのではと思っていたハルは、たった一言の答えに腰が抜ける。


「まぁ、大雑把に答えたらなの話だがな」


「大雑把……」


「強いというからには理由がある。手前は身軽に動きつつ攻撃を弾きながら戦うことで自分らしい戦い方ができるとうちは思っている」


「私も同意見です」


「先代の護衛も身軽に動き戦う人間だった。うちの目から見て戦い方が似てると感じたからこそ、手前を選んだんだよ」


 イーチノは笑顔で答えているが、その目は真剣そのもの。若干の威圧感もある。


 もしここで、受け取らないと答えればイーチノとマリーから罵詈雑言に、鉄拳制裁が飛んできそうで怖い。半ば強制的に受け取るほかなかった。


「分かった。そこまで考えてくれているなら、ありがたく頂戴するよ」


「納得してくれたんなら文句はねぇな。こっちも宝の持ち腐れだったから使ってくれるとありがてぇ」


「そうですね。体格的に私には合わず使えなかったので、装備できる人物が現れてラッキーです」


 ずっと眠らせていたことが惜しかったのだろう。


 先代のときに活躍した装備品が、持つべきものの手に渡ったことが相当嬉しいようだった。

 

「早速装備してみてはどうだい」


 言われるがまま、部位ごとに分かれた防具を装着していくハル。


 いままで、貧相な装備で戦いをしてきた。


 それも装備を手に入れたことで、ようやく卒業できる。なによりも、嬉しい事だったが、同時に戦闘スタイルへどう影響してくるのか、不安もあった。


「鉄の鎧を装備しているはずなのに、全く重さを感じない。でも、守ってくれるっていう安心感がある」


「特注品だからな。そっとやちょっとじゃぁ壊れねぇよ」


 実際に腕を振り回してみたり、軽く走ってみたりする。特段、なにか影響があるようにも感じず、今まで通りの戦いが出来そうだ。


「マリーの装備品も特注品なの?」


「そうですね。イーチノ様をお守りする役目を貰うにあたり、私の戦闘スタイルに合わせて造られた特注品です」


 世界に2つとない特注品。それは、マリーのスレンダーな身体を際立たせるようなきれいな胸腺を描いており、無駄な部分が何一つない。まさしく『マリー専用の鎧』である。


「本当は手前にあった特注の鎧を造ってやれりゃあよかったんだが、あいにくお抱えの鍛冶屋は連れてきてないんでね。王都のスラム街に寄る機会があったらプレゼントするよ」


「要望とか出せば、それに沿ったものを造ってくれるの?」

「要望っつても色とか、装飾品とかだな。無駄な造形は動きを妨げる。最低限なら聞いてくれるだろうよ」


 予想以上の嬉しい回答に、ハルの目は輝く。唯一無二の鎧を造ってもらえるならどんな色合いで、どんな装飾を付けようか、男のロマンを目指して想像力が働く。


 まるで少年のような姿を見せるハルを、イーチノは微笑ましい視線を送るのであった。



 


「じゃあ、早速今晩の作戦会議といこうか。まずは……」


「――姐さん!」


 雑談を切り上げ、本題の作戦会議を始めようと口火を切ろうとしたとき、外の様子を伺っていた構成員が慌てた様子で、戻ってきた。


 ただことではない構成員の状況に、イーチノも目を見開く。


「どうした!」


「昨晩、取り逃がしたという漆黒部隊の死体が見つかりました!」


 昨晩、奇襲してきた【漆黒部隊】と名乗る4人組。そのうちの3人は倒せたものの、1人は取り逃がしてしまった。


 相手の視界を遮る【黒煙】と、素早い動きで退散したことから後を追うことができなかった。


 見張りをしていたい一ノ瀬組の構成員も傷を負い動けなかった。加えて他の構成員やイーチノも眠りについていた。つまり、取り逃がした漆黒部隊の1人を追うものは誰もいなかったはずだ。


「そいつは、どういうこったい。うちら以外にもここの利権を狙って動いている組織があるってのかい」


「それはまだ分かりません。しかし、死体の状態はかなりひどく、空中の骨が粉々に砕かれ、体内からあらゆるものが飛び出していました!」


「ブラックファングの情報が漏れることを恐れて、消したという可能性とかはない?」


「その説も捨てきれねぇが可能性は低い。なんせ、これからうちらの組織と戦おうって言うんだ。わざわざ自陣の戦力を削ることなんてしねぇだろう」


 漆黒部隊の1人が何者かによって殺された。


 これは、他の組織が介入してくる可能性があることを示唆する。


 ブラックファングに加え、他の組織の存在するのであれば面倒なことうえ他ない。


「まぁ、ここで考えても答えは出てこねぇ。今はやるべきことをやるぞ。まず、ハル。約束通り『リリー・ハロウィン』の元へ行くんだろ。そこで腕を磨いてこい。一日じゃぁ大して成長しねえだろうが得られるものはあるはずだ。マリー、ハルに付いて行って、『リリー・ハロウィン』の実力を後に報告してくれ」


「了解しました」


「分かった」


「今日のブラックファング奇襲作戦については戻ってきてから伝える。結構は日が暮れてからだ。余裕をもって戻ってきてもらえるとありがたい」


「帰りが遅くならないように気を付けるよ」


「他の奴は、今から詳細な作戦会議を行う。実戦でヘマこかねぇようしっかり聞けよ!」


『了解です! 姐さん!』


 こうして、あわただしい一日が始まった。

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