第17話 真の暗殺者
「くそっ! 部隊が壊滅するとは」
漆黒部隊最後の生き残りの男は、民家の屋根を伝いながらブラックファングの拠点に戻りながら数刻前の出来事を振り返る。
「『ハル・フワーロ』、侮っていたが何かしらのポテンシャルを秘めてやがる。油断できねぇ相手だ。そして副リーダーの『マリー』、あいつは別格だ。3対1の状況でも的確に状況を判断して行動してやがった。漆黒部隊を相手にあれほどの動きをできる奴はいねぇ」
『ハル・フワーロ』に『マリー』。
人数的に有利な状況で戦ったにもかかわらず戦果を挙げられなかった。これがどういう意味を表すか。
漆黒部隊が結成されたから数年。彼らが始動した日には、必ず目的を達成し吉報を持ち帰ってくること以外なかった。凶報など今まで持ち帰ったことはなかった。
必ず全員が生き残り、任務を達成していた。
しかし今日、漆黒部隊が結成されてから歴史に刻まれた初めての汚点。
4人のうち3人が死亡。これはブラックファングにおいて戦力面および諜報員の痛手となりうる。
一ノ瀬組が本格的に動き出す前に、戦いで得た情報を持ち帰らなくてはならない。
急がなければブラックファングの長い歴史に幕を降ろすことになるやもしれないからだ。
「この情報は早くブラックファングに持ち帰り……」
「あなたが『漆黒部隊』の人?」
隣から女の声がする。
突然の出来事に何が起こったのか、漆黒部隊の男は理解できずにいた。
今彼は屋根を伝い走っている。それも自分が出せる最大の速さで。なのに隣から女の声がする。
恐る恐る声がする方向へと視線を向けると、全身黒の衣装に黒の髪色をした女性が同じ速さで隣を駆けていた。
「誰だ貴様!」
「
そう言うと、女は何のためらいもなくどこからか取り出したロングソードを振るう。
咄嗟の殺気に反応した男は勢いに任せて女から離れる。
同時に、鎖分銅を振り回しけん制する。
「根暗女が! 俺に近づくんじゃねぇよ!」
鎖分銅は扱いが難しい分、ロングソードや刀剣よりも攻撃範囲が広い。攻撃性も申し分なく、鎖の先端に付いている分銅が頭にでも直撃すれば死をお見舞いすることも可能なほどだ。
「鎖分銅。面白い武器を使う。でも、使い方が甘い。仲間ありきの使い方をしている」
「適当なことをいうんじゃねぇ、しょぼい武器しか持たねぇ奴が粋がってんじゃねぇよ!」
鎖分銅を器用に振り回しながら道幅の広い地面へと足を付ける。屋根の上では足場が悪く非常に戦いづらいからだ。
「ほらほら、どうした! 避けるだけしかできねぇのかぁ? くそ女が!」
鎖分銅を振り回しながら、間合いを取る。鎖分銅は届く位置、しかしロングソードの射程外を狙った小賢しい戦い方だ。
案の定、女性の方は避けることしかできていない。
「防戦一方じゃねぇか! さっそく実力の差が出たかぁ?」
「何を言っているの。ただ、私はあなたのレベルに合わせて遊んでいるだけ」
「てめぇ!」
気分を逆撫でするような言葉に男はさらに鎖分銅を振り回す。今度は死角から頭部を狙う。
しかし、女性は軽々とその攻撃を避ける。同時に女性の持っていたロングソードが消え、入れ替わるように半透明な紫色の短剣が両手に握られる。そして短剣を男に向けて飛ばす。
唐突に投げられた短剣の牙はすさまじく速く精密。漆黒部隊の男は予想だにもしない攻撃になんとか反応し、ギリギリかわす。
「武器を隠し持ってやがったのか。卑怯なマネしやがって。だがなてめぇの投げナイフなんて当たらねぇ」
威勢のいい言葉を並べ、相手をけん制する男。しかし、内心は少し焦っていた。
(速度に精度。ありゃ、素人ができるような芸じゃねぇ。何もんだこいつ)
「当たらないと言うのなら数を増やせばいいだけ」
今度は数十本の短剣が彼女の手に握られる。指を器用に使いうまく掴んでいるようだ。
「どっから武器を!?」
問う暇もなく女性は短剣を敵へ向けて一斉に飛ばす。
「なんつう数だ!」
目の前に迫るのはまるで針の山。
運動が得意で、体が柔軟な人物でもこの数は避けられない。
「くそがぁ!」
鍛えられた身のこなしでも避け切れず、体に傷を負う。その傷は浅いものから深いものまでさまざま。
同時に鎖分銅を円を描くように振り回し、盾のような扱いをして短剣を防ぐが、数が多く防ぎきれない。
「刺さった武器が消えやがった。まさか、実体のない武器を作り出していやがるのか」
「ようやく分かったの。頭の悪い男」
「連続的に武器を召喚できるのは【一線解放】レベルのスキルだろうが! なんでてめぇが【一線解放】もせずに武器を自由自在に召喚できてやがる!」
「それはあなたの知識不足なだけ。雑魚。世の中には【一線解放】しなくても強力なスキルを使える人はたくさんいる」
「いちいち逆撫でするようなことばかり言いやがって! なら二度と短剣を投げられねぇように、てめぇの懐に入ってダガーナイフをお見舞いしてやる!」
再び無数の短剣が飛んでくれば、深手を負う可能性がある。ならば距離を詰め、近距離戦に持ち込むべきと考えたのだ。
「私がロングソードと短剣しか召喚できないと思っているの?」
女性は手を空へと掲げる。すると彼女の手から棒のようなものが伸び、先端には巨大な塊が形成された。
それは巨人が持っていてもおかしくない大きさのハンマーだった。そのハンマーは紫色で半透明。ごつごつした印象を持つ形をしている。
半透明で実体がないように思えるが、実際に振るえば一般的に出回っている武器同様、危害を加えることができる。
ロングソードや短剣もそうだったが、彼女はその場で武器を精製する能力を持っていた。この巨大なハンマーも例外ではない。
「なんだ、そのでけぇハンマーは!」
「あなたはこのハンマーに潰されて、道の染みになる。雑魚な男、さようなら」
「避けきれッ……!」
見た目に反して、素早く振り下ろされる巨大なハンマー。
地面に叩きつけられると同時に、地響きがなるほどの大きな音が周囲に散らばる。
「これぐらいの音なら、スラム街で日常茶飯事。みんな気にしない」
同時に巨大なハンマーは胞子が散らばるように消え、残っていたのはズタボロになった男が倒れているだけだった。
「かろうじて息があるなんてすごい」
「ガハァッ!」
全身がぐちゃぐちゃになり骨は粉のように砕けている。
もうその場から動く事すらできないだろう。
「て、てめ……なにもん……だ」
「冥途の土産ってやつかな。いいよ教えてあげる」
女性は一歩下がり、あらゆる武器を召喚して見せる。
「私の名は【シッコク】。暗殺者ギルド【スノードロップ】に所属する暗殺専門の殺し屋。あの世のお仲間にも教えてあげたらいいよ」
そう言い残し、シッコクはその場に彼を残し闇の中へと消えていった。
「おなじ……闇に生きる……ものなのに……これほどまでの差が……あるのかよ……」
全身に激痛を覚えながら、その瞼を閉じた。
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