第16話 奇襲
外へ飛び出したハルとマリーは地獄の光景を目にする。
最初の飛び込んできた光景は地面に倒れこみもがき苦しんでいる見張り役の構成員2名、そしてそこから流れ出す生々しい血だった。介抱しようとハルが近づこうした途端、マリーに止められる。
「目の前の暗闇に目を向けてください」
月夜の明かりに照らされる漆黒の闇。その中に紛れて黒を黒い衣装に身を包んだ謎の人物が4人立っている光景が目に入った。
その集団は特殊な形をしたダガーナイフや暗器を装備しており、集団のひとりが持つダガーナイフには涙のように落ちる赤き液体が付着している。
構成員を襲ったのは目の前に立っている黒い衣装たちで間違いないだろう。
「おまえたちは何者ですか」
「我らは闇夜に紛れ、任務を遂行する漆黒部隊だ」
漆黒部隊と名乗った男たちは、言葉を交わす間もなく腰を据え戦闘態勢を取る。
イーチノが精鋭部隊と称していた一ノ瀬組の構成員を、死のはざまに追いやった集団だ。相当な手練れだろう。
決して油断をしてはならない相手だ。
2対4。数は不利。実力も優位とは言えない状況。どちらか1人を置いて倒れた構成員を手当しに行くのは得策ではない。
この場でやるべきことは、不利とも言えるこの状況をふたりで乗り切ることだ。
マリーは腰に据えた鞘からゆっくりと両刃剣を抜く。
鞘から出てきた刃は銀色ではなく黒色に染められていた特別仕様の刃だ。暗闇の中でも存在感を放ち、通常の鋼の色よりも威圧感を感じさせる。
続くようにハルも背中に装備した鞘から相棒の刀剣を抜いた。
「哀れな冒険者よ。闇夜の中で散り、命の灯を消してやろう」
その言葉を皮切りに戦闘が始まる。まず最初に動いたのは漆黒部隊。素早い動きで四方八方に散る。その速さは暗さもあって目で追うことは難しい。
「散れ!」
まず最初の標的になったのハルだった。
一瞬で距離を詰められ暗闇の中から鋼の刃が襲ってくる。
咄嗟の判断でハルは剣を楯にし攻撃を防ぐ。が、もう片方から漆黒部隊が隠し持っている暗器が襲い掛かる。
「ぐっ!」
敵の素早い行動に対処しきれず、暗器が脇腹に突き刺さる。幸い暗器の殺傷能力は低く命を奪うほどの力はない。しかし、痛みはあるため行動が制限されてしまう。
「離れろ!」
敵との距離を取るために、痛む脇腹に鞭を打ちながら蹴りを入れる。その動きを察して敵は身軽な動きで後方へと下がり、伸ばした足は空を切る。
ハルの相手が装備している武器はダガーナイフと3本の太い針が牙をむく暗器。手のひらに収まるほどの小ささで間合いを詰められなければ脅威とならない暗器だ。
「策を練らないと、勝ち目はないな」
ハルは攻撃を弾くことで得られる魔力を体内に蓄積した後、刀剣に魔力を流し込むことで殺傷能力を得られる。
逆に言えば、その手順を踏まなければ敵にダメージを与えられない。
敵の持つ武器はダガーナイフと暗器。どちらも間合いが狭い分、振りが早く、加えて暗闇の中から突然現れるため、弾くタイミングがうまく掴めない。
魔力を蓄積させるには、タイミングよく弾く必要がある。それが難しいとなると、何か策を考えなければ彼はお荷物冒険者だ。
そうならないよう、距離を詰められるたびに攻撃を避け打開策をひねり出す。
一方で、マリーも苦戦を強いられていた。
漆黒部隊はマリーが一ノ瀬組の副リーダーと知ってか、3人がかりで相手にしている。
戦闘能力が未知数であるがゆえに、警戒して3対1という戦い方を選んだのだろう。
実際、彼女の体を翻す速さに3人がかりでもすべての攻撃を避けられ、ダメージを与えられていない。
「ファイアーウォール!」
マリーが詠唱と共に腕を下から上へ振るうと、地面から炎で形成された壁が現れ周囲が照らされる。
炎の壁は漆黒部隊とマリーの間に形成され、敵の動きを阻害する。
そうすることで多少なりとも使える魔法を駆使して数による不利を縮めることができるかもしれないからだ。
漆黒部隊の1人が炎の壁を回り込み、マリー目掛けて一気に距離を詰めてくる。
そしてダガーナイフと両刃剣が火花を散らせ交差する。
「街中で魔法を使うとは、お主はバカなのか?」
「二次被害を心配しているんですか? 人を殺しに来ておいて呑気ですね。ですが将来、【一ノ瀬組】が統治する地区として被害を出すつもりはありませんよ」
「こちらこそ、二次被害を出されては困る。これからも【ブラックファング】が統治する場所だからなぁ!」
怒気を含んだ声と共に漆黒部隊の3人はマリーへと襲い掛かる。
ダガーナイフが牙を剥き、空を切れば暗器や他の人物から鎖分銅が絶え間なく襲い掛かってくる。
対しマリーは白銀の甲冑を着ていると思わせないような身軽な動きで、攻撃を避けていく。
(人数的に不利ですが、ひとりひとりの攻撃は甘い部分がありますね。3人のうち2人の行動を一時的に制限し、1対1に持ち込めれば勝ち目はありそうです)
数々の戦闘経験から相手の弱点と思われる特徴を見抜いたマリー。
彼女が使える魔法や剣術を駆使して、頭の中で描いた作戦を開始する。
「ファイアーウォール!」
「同じ手は喰らわぬ!」
「それはどうですかね! 呪縛の
ファイアーウォールを回り込んでくることを予測し、すぐに呪縛の
呪縛の鎖は相手を拘束する魔法であり、当たった者は一定時間、地面に打ち込まれる魔法の鎖によって自由を奪われる。
これで1人の自由を奪ったわけだが、残りの2人が一斉に、マリーへと牙を向け襲い掛かってくる。
ひとりは接近しダガーナイフと暗器で素早い攻撃を繰り出す。もうひとりは鎖分銅を振り回し、仲間の行動に合わせて先端に着いた分銅を振り下ろしていくる。
「すさまじいコンビネーションですね。最前線にいる仲間の動きを予測しながら、相手の先々に鎖分銅を振り下ろすなんて芸術レベルの動きですよ」
「ふん、相手を褒める余裕があるとは、殺し甲斐があるなぁ!」
先ほどよりも速いスピードでダガーナイフを振り回し、マリーを捉えようと奮闘する。
しかし彼女の華麗な動きにより、短い刃は空を切る。
さらに頭上から鎖分銅も動きを予測して襲い掛かってくるが、彼女は予知していたかのように後方へと身を飛ばす。
そして、後方へと身を投げたと同時に再び呪縛の鎖を放ち、鎖分銅で攻撃してくる相手の自由を封じることに成功する。
動ける相手は1人。つまり1対1だ。敵は動きさえ封じられなければ勝てると思っているようで、動けないふたりをよそに攻めまくる。
素早さを生かした攻撃でマリーに攻撃をする隙を与えない。避けられば、無理やりにでも距離を詰め魔法も攻撃を行う隙を与えないよう鍛えられた足で踏み込む。
一方的な攻撃を続けていれば、いつかは勝てると踏んでいた。
しかし、それは間違いだった。
「おまえ、上半身はよく動くようですけど足は疎かですねッ!」
マリーは直線的に向かってきたダガーナイフを避けると、相手の足を踏みバランスを崩させる。
攻撃に重心を置けなくなった体は、重力に従って倒れていくだけ。
「しまッ!」
「踏み込みも、攻め方もすべてが甘いんですよ。ド素人が!」
両刃剣を振るう。漆黒部隊の腹は裂け鮮血が宙を舞う。月の微かな光でも分かる赤い液状の粒。
地面は赤く染まり、黒い衣装は赤く染まった。
「ひとりヤッたところで付け上がるなよ!」
最初の漆黒部隊のひとりにかけた呪縛の鎖の効果が切れ、自由の身になるとすぐに体勢を立て直しダガーナイフを構える。
「俺の武器は魔法のダガーナイフ! 攻撃範囲は何倍にも膨れ上がる優れもんなんだよ!」
ダガーナイフの制空権に入ってもないにも関わらず、敵は刃を薙ぐ。
一見、空を切ったように思えたが、数秒遅れて見えない何かがマリーを襲う。
そのなにかはマリーの頬をかすめ、きれいな肌にうっすらと血が滲む。
「振るたびに空気を刃を放つスキル【ショックウェーブ】が付与されたスキル付与武器ですね」
「その通り。間合いを詰めなくとも攻撃ができるんだよ!」
男は離れた場所からダガーナイフを振り、連続的にショックウェーブを放つ。
【ショックウェーブ】は空気に殺傷能力を持たせて放つスキルのひとつ。ひとたび生身に空気の刃が当たれば肉は裂け、大きな傷跡を残す。
マリーの制空権外から放たれるショックウェーブは、非常に厄介だった。彼女の刃が届かず、一方的にショックウェーブが飛んでくる。無暗に距離を詰めることもできない。
加えて鎖分銅を使う相手に掛けた呪縛の鎖の効果がもう少しで切れる。そうなれば2対1。コンビネーションが復活する前に仕留めなければならない。
ショックウェーブは目で動きを捉えることは難しい。
目を凝らしてみれば刃になっている部分の空気が歪んでいるため視認ができないわけではないが、戦闘中にそんなまじまじと目を凝らすことなどできない。
マリーは過去の戦闘経験で培った山勘と、敵の動きから軌道を予測しショックウェーブを避けていく。
しかし山勘も予測も外れれば首が飛ぶ。
防戦一方ではいられない。タイムリミットは残り数分だ。
「攻撃を防ぐことで精一杯か小僧」
「そんなことはない!」
「なら、なぜそんな生ぬるい攻撃しかできんのか。3対1を征した男だと警戒していたが、思い違いだったようだな」
ハルはダメもとで刀剣を振るうが捉えられず当たらない。それどころか、暗器によるカウンターを喰らい彼の体には穴が開いてしまった。
幸い脇腹に直撃したため、致命傷ではないが動きは鈍くなってしまう。
闇に紛れて突発的に現れる敵の刃にタイミングを合わせることができず、攻撃を弾けない。刀剣を楯にしてダガーナイフによる攻撃を防いだり、避けたりしてもすぐに暗器が目の前に現れる。
暗器による攻撃はダガーナイフによる攻撃よりも早く、避けるのも、防ぐのも難しい。
「漆黒部隊は力を示すために『ハル・フワーロ』を殺し、この地区を乗っ取りに来た一ノ瀬組リーダー『イーチノ』を殺さなければならん。悪いが、即座に決着を付けさせてもらうぞ」
ハルと対峙する漆黒部隊の男は、渋い声でそう言うとダガーナイフに魔法を付与する。すると刃が赤く光り出し、熱を帯び始めた。
「熱せられた刃で切り刻まれ、苦しみながら散れ!」
ハルに向かって一気に距離を詰める漆黒部隊の男。先ほどよりも速い踏み込みで青年の懐へ潜り込んだ。
赤い刃が降られる。
(見える!)
暗闇の中で赤く光る刃。それは存在感を増幅させ軌道が読める状況になっていた。
ハルは刀剣を構えた。そして迫りくる赤い刃の動きに合わせて、刀剣を薙ぐ。
カキンッ!
ダガーナイフと刀剣がぶつかり合い、金属音を響かせる。
「愚か者め! 熱せられたダガーナイフを刀剣で防げば、刃が溶け使い物にならなくなるぞ!」
「僕の刀剣はそんな攻撃で傷が付くほど、軟じゃない!」
赤き刃は弾かれた勢いで後方へと下がったものの、再びハルに目掛けて素早く襲い掛かる。
カキンッ! カキンッ! カキンッ!
振るわれる赤き刃はすべて青年によって弾かれる。いくら素早く振ろうとも、今まで以上の速さで切り裂こうともすべて金属音と共に弾かれてしまう。
そして、ハルの中に蓄積された魔力は刀剣へと流し込まれていく。青く光った刀剣は力を増し、赤き刃を弾いた。
「ぬぅ!」
漆黒部隊の男は大きくよろめく。体が大きく仰け反り、バランスを崩す。
大きな隙が生まれてしまった今、打開策はもうない。
「やぁぁぁぁぁ!」
青き刀剣は黒き衣装を引き裂き、勢いのまま肉を引き裂いていく。そこから鮮血が飛び出し、空気が赤く染まる。
「がはぁぁぁ!」
胴体を引き裂かれた男は、仰け反った勢いのまま後ろに倒れる。
大量の血が地面に流れ出し、止まることを知らない。もう立ち上がることすらできないだろう。
「やる……な、小僧……」
息も絶え絶えの男はハルに向けて言葉をかける。
「こっちも、体中穴だらけにしてくれたんだから人のこと言えないでしょうよ」
「冥途の見上げに教えてくれ小僧……。攻撃を弾くことで……力を増す能力を持っているのか……」
「多分そういう能力なのかな。自分がどんな能力を持っているか知らないから何とも言えないよ」
「そうか……ゲフッ……。小僧の能力は唯一無二の能力……。3対1を征したという話も納得がいく……」
男の目は徐々にうつろになっていく。死期も近いのだろう。
「最後に言っておく……。小僧……ゲフッ……その能力は使いこなせば……最強の能力なる……。精進すると……よい……ぞ……」
そう言い残し、ハルと対峙した男は命の灯を消した。
「どうだ、近づけねぇだろ!」
連続的に飛んでくる空気の刃。
素早く触れるダガーナイフのため、絶え間なく攻撃が飛んでくる。
山勘と相手の動きから攻撃を避け切れているが、攻撃をする隙が無い。
魔法を放つにしても身を翻すことで精いっぱい。魔法を詠唱する隙はない。
傍から見ればマリーが劣勢状態に見える。現にショックウェーブを放つ漆黒部隊の男も自身が優勢だと見ている。
しかし、彼女の表情には焦りはない。むしろ余裕すら感じさえる雰囲気を漂わせている。
「なんです、同じことの繰り返すだけで攻撃を当てられていないじゃないですか。雑魚ですね」
「てめぇも避けることで精いっぱいだろうが。この状態が続けば、仲間に掛けた小賢しい魔法が解けてめぇに襲い掛かる。避けることしか能のないてめぇに鎖分銅をお見舞いしてやるよ」
「そうですか。そうなるまえに生きていればいいですけどね」
マリーが体をぐるりと1回転させ攻撃を避ける。そして相手に正面を向けたとき彼女はポツリと一言、言葉を放つ。
「――ショックウェーブ」
体を回転させた勢いのまま両刃剣を振るった。
同時に空気の刃が男へと牙をむき襲い掛かる。
「なにッ!」
マリーの放ったショックウェーブは、男が放ったショックウェーブをすさまじい勢いで破壊していく。そして避ける間もなく漆黒の衣装を切り裂いた。
「ぐへぁッ!?」
その威力は男の放つショックウェーブとは比べ物にならないほど強力で、黒き衣装貫通し肉体を上下に裂いていた。
「なぜ……だ! 俺のショックウェーブが……」
「洗練されたスキルと言うのは強力なのですよ。おまえのショックウェーブは付け焼き刃程度の能力しか持たない。私のショックウェーブは洗練され、簡単に肉を真っ二つにしてしまうほど強力です」
「なら、いままで攻撃してこなかった……」
「おまえを生け捕りにしてブラックファングの情報を吐かせたかったわけですよ。吐かせる人数は多い方がいいです」
「なら、残念だったな……。俺は死ぬ……」
「はい。死んでください。生け捕りにできる相手はもう1人いるので」
「そう……かよ……。くそ女が……」
男は最後に罵倒するセリフを吐き、息を止めた。
「ぐっ、くそ!」
3人目の漆黒部隊の隊員が息絶えたと同時に、鎖分銅の男にかかっていた呪縛の鎖の効果が切れる。自由の身になった鎖分銅の男は形勢が逆転したことにイラ立ちを覚える。
(このまま戦うよりも情報を持ち帰ることが先決か)
仲間の亡き骸たちに目を向ける。
強力な部隊としてブラックファングでも一目置かれていた部隊が壊滅。この情報は必ず持ち替えなければならないと、本能が警告を鳴らしていた。
「よくぞ我らが漆黒部隊を壊滅させてくれたな。こっちの計画はすべてパァだ」
「それは良かったですね。いい人生経験を積めたではありませんか」
「だが、貴様らの実力は把握できた。構成員やリーダーのイーチノもいるだろうが、最も警戒すべき相手『副リーダーのマリー』ついて知れたからな。早速情報を持ちかえらせてもらう」
「逃がすとでも?」
「逃げられるんだよ。【黒煙】!」
男が呪文を唱えると黒い煙がマリーとハルの前に立ちはだかる。光を通さない完全な漆黒の煙だ。すぐに煙は晴れたが、敵の姿はもうなかった。
体中穴だらけのハルがマリーに近づき問う。
「逃がして大丈夫だったの?」
「今更、実力を知られたところで何も変わりません。情報を吐かせたかったですが、問題ないでしょう。それよりも倒れた仲間を手当てをしましょう。おまえも手当てをした方がいいですよ」
月夜に照らせたスラム街。
ブラックファングは一ノ瀬組に対して本格的に抗争を仕掛けてきた。
スラム街で生きる人たちのためにも、この抗争は早急に決着を付けなければならない案件だった。
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