第14話 余韻と作戦

 その日の夜。


 宿の外で腹を満たしてきた一ノ瀬組一行は、宿に着くなりエントランスホールに並べられた椅子へと豪快に腰かける。


 先の騒動でエントランスホールは椅子が壁に打ち付けられ、テーブルはひっくり返るなど荒れに荒れていた状態だったが、昼のうちに一ノ瀬組の協力の元、片づけ、修復が行われた。もちろんそこには、ハルやアリアの姿もあった。構成員は数十名ほどだったが、皆手慣れたようにテキパキと動き、1時間足らずで、荒れたエントランスホールは元通りに戻った。


 はた目から見たら大きな騒動だったが、損害はそこまで大きくなくボデュも安心していた。


「地方都市のスラム街だからってバカにしていましてけど、安いしうまいしで最高でしたね、姐さん!」


「こういったスラム街だからこそ隠れた名店があるってもんだ。常人は近づかねぇから噂になることもねぇ。有名な高級料理店よりもああいった格安で大量に食える店の方がうちらの肌にあってるねぇ」


 構成員の言葉にイーチノは笑って言葉を返す。


 このスラム街にある料理屋を相当気に入ったようだ。


「イーチノ様、作戦会議の方を始めてはいかがでしょうか」


 イーチノの傍に立っていた薄紫髪の女性が少女に耳打ちする。


 対し貫禄のある少女は、朗らかな笑顔を女性に向け口を開く。

 

「焦んなマリー。他の奴らも腹を満たした後の余韻を楽しんでいるところだ。いきなり気が張り詰める話をしても気持ち悪くなるだけだろ」


 マリーと呼ばれた女性は、周りを確認するように見回し他の構成員の様子を伺う。

 互いに雑談をしたり笑顔で満腹になったお腹をさすって幸福感を感じていたりと、おいしいご飯を食べた後の余韻を楽しんでいるようだった。


 唯一、マリー本人だけは余韻に浸るような表情を見せてはいないが。


「それに、少し興味のある奴の話を聞きてぇしな。――ハル! こっちに来れるか?」


 飲み物片手にカウンター席でボデュと談笑していたハルに声をかけるイーチノ。その呼びかけに答えるように、青年は少女の向かいの席に座る。

 

「どうしたの、一ノ瀬組のリーダー」

「イーチノで構わねぇよ」


 相手は巨大組織のリーダーだ。名前で呼んでいいものか分からなかったハルはあえて、名を避けた呼び方をした。


 しかし、イーチノ本人から名前で呼ぶことを許可してくれた。これで気兼ねなく名前で呼ぶことができる。


「話に入る前に紹介しておく。うちの隣に立っているのはマリー。組の副リーダー兼うちの護衛だ。睨みつけるような視線を向けるかもしれねぇが許してくれ。うちを護衛するために気張っているだけだから」


 イーチノは傍に立っている凛々しい女性にあどけなさが残る笑顔で隣に視線を向ける。


 切れ長の目で、眼光が鋭い銀髪のマリー。全身が白銀の甲冑で覆われており他の構成員とは明らかに雰囲気が違う。


 その鋭い目つきは、すでにハルを睨みつけていて、青年にはイーチノ以上に怖い存在だと感じていた。


「さてハル、手前てめえは冒険者だと店主から聞いた」


「今日なったばかりの駆け出し冒険者だけどね」


「それも聞いた。ここで騒動があったとき、手前は3人相手に1人で立ち向かっと聞いている。本当か?」


「そうだね。何とかしようって気持ちで動いたら周りが良く見えたんだ。おかげでうまく立ち回って戦えたよ。撃退もできたしね」


「その戦い方はどこで覚えた? 駆け出しの冒険者が3人相手に完封試合をして見せるなんぞ、ただもんじゃねぇ」


 少女の言う通りだ。


 あの時、3対1を征してみせたハルだが、冷静に考えてみると初心者ができるような所業じゃない。むしろ、ベテラン冒険者でもうまく対処できるかどうか分からないほどの内容だった。


 ハルではなく他の冒険者があの場に居合わせたら、結果は変わっていただろう。


 どうやってあの戦い方をすることができたのか、思い出そうとするがリリーにアドバイスを貰った以外のことは何も頭に浮かんでこない。


「僕、記憶がないからどこ何を習ったか覚えていないんだ。だけど戦い方は体が覚えているから自然と動けるんだ」


「記憶がない? 何も覚えてねぇのかい?」


「この刀剣に刻まれた文字から自分の名前らしきものと、ステータスカードから年齢は分かったけど他は何も。だからこの街で聞き込みをしてダメなら、お金をためて記憶を探す旅に出ようかと考えているんだ」


「そうだったのかい。記憶がねぇってのは不安で仕方がねぇだろうな」


 記憶を失う。それは大切なものを失うことと同義だ。


 イーチノはハルの今の現状を自分に置き換えて考えて見る。記憶を失いハルと同じ立場になったら、組に戻らず一般市民として生きていくだろうと考える。父親のことも忘れ、マリーや構成員のことも忘れてすべてを失って生きていくだろう。


 そこで誰かが手を差し伸べてくれたらどれだけ心の支えとなるものか、考えるだけで気持ちが昂る。


 イーチノは目の前の青年に手を差し伸べることができるのか数秒間思考する。そして切れる頭で浮かんできた答えを言葉にして放つ。


「取引しねぇか?」


「取引?」


「うちのお抱えの情報屋がいる。もし【ブラックファング】から利権を奪うことを手伝ってくれたら、情報屋に手前の情報を探せる。腕は一流だ。きっと何かしらの情報を掴んでくる。どうだい?」


 一方的に手を差し伸べるのではなく、互いに手助けをしあって信頼を得る取引を行うのが一ノ瀬組流の手助け方だ。


 思わぬ提案に、ハルは思考することもなく答えを紡ぎ出す。


「それは……僕にとってとても嬉しい取引だよ」


「そうかい。なら取引成立だな」


 互いにとってとてもいい条件だ。


 一ノ瀬組にとっては戦力増強になるし、ハルにとっては記憶を探す手掛かりを掴めるかもしれない。


 巨大組織の力を借りれば、きっと何かしらの手掛かりを掴めるだろうと確信していた。


「それともう1つ聞きてぇことがある。『リリー・ハロウィン』って女は知ってるか?」


 訥々にリリーの名前が出てきたことに、ハルは驚きの表情を見せる。


「知っているというか、僕を見つけてくれた命の恩人で師匠だよ。どうしてリリーの名前を知ってるの?」


「奴が王都に来た時に少しいざこざがあってな。正直、今は顔を合わせたくない相手だ」


 一体何があったのかと聞きたいところだが、どうも聞かない方がよさそうな雰囲気だ。加えてマリーがハルににらみを利かせている。空気を読まず口を開けば、切り刻まれるやもしれない。


 下手に詮索して火に油を注ぐような結果になってしまう可能性があるなら、お口にチャックをしているのが正解だろう。


「だがあのリリー・ハロウィンが弟子を取るなんてな。そんな奴に見えなかったが。剣技に惚れて頭でも下げたか?」


「剣技に惚れて頼み込んだのは事実だよ。でも、弟子は取らないって言うから、じゃあ戦いに勝ったら弟子にしてって頼んだんだよ」


「アハハハ! つまり奴は弟子に負けたってことかい! そりゃ、笑える話だ!」


「おかげで、弟子にしてもらえたから明日から稽古を付けてもらうつもり」


「手前の実力だったら、いらねぇような気もするがな。……マリー。明日、ハルの稽古についていけ。リリー・ハロウィンの実力を見てくれねぇか?」


「承知しました。ですが、実力を知りどうするおつもりで?」


「気になる奴の情報は把握しておきたい。リリー・ハロウィンの実力は高いと噂だからな。もしも、一ノ瀬組に弓を引くようなことになったときの対策を練れるようにな」


「傭兵ですからね。一ノ瀬組を邪魔と思っている輩に雇われれば、私たちに弓を引くことも考えられますからね」


 彼女の言う通り、リリーが敵として立ちはだかる可能性もあるやもしれない。【一ノ瀬組】には巨大組織故、たくさんの敵がいる。そのいずれかの組織がリリーを雇い、組に刺客として立ちはだかることもあるかもしれない。


 そういった可能性のある未来を見据え、イーチノは一手先を見るように行動するのだ。

 

「さて、作戦会議としゃれこむか。手前ら! うちの周りに集まりな!」


「「ヘイ! 姐さん」」


 その一声で、談笑してた構成員は元気な返事と共に、イーチノの周りへと集まる。


 統率が取れている感じ、リーダーと慕われることだけのことはあるなとハルは思った。

 



「まず、最初に言わなければならねぇことがある。ここにいる男、ハルが作戦に加わる。利権の奪取に協力してくれるそうだ」


「ハル・フワーロです。よろしく!」


 軽く一礼すると、構成員から「よろしくお願いします!」と気合の入った返事が返ってきた。

 

「じゃあ、利権を奪う作戦に関して話すぞ。本当は話し合いで利権を譲渡してもらうのが一番いいんだが、店主とハルから聞いた【ブラックファング】の態度からして難しそうだ。そこで、奴らのアジトを襲撃して、この街から追い出す。アジトの場所、保有戦力はお抱えの情報屋からもらっている。正直に言うが、頭数ではこちらが負けている」


 作戦を練るにあたって、すでに情報収集は終えている。さすが【一ノ瀬組】のリーダー、手回しが早い。小さい体ながらその頭は大人に負けないほど切れる。


「だがな、今この場にいるのは精鋭部隊。腕の立つ野郎どもだ。決して負けはしねぇ!」


 気合の籠った声音で、構成員たちを奮い立たせる。


「もし、【ブラックファング】の奴らが抵抗してきたら殺す気で反撃しろ。このスラム街に平穏を取り戻すための戦争だ。ぜってぇに生き残って勝利しろ!」


 少女の言葉でさらに士気が上がる。


 構成員たちは今にも暴れてしまいそうなほど、気持ちが高ぶっていた。


「作戦はこうだ。魔法の大弓で奴らのアジトに一発お見舞いしてやる。そのあと、混乱した奴らのところにマリーを先頭に前衛部隊がアジトの突撃する。リーダーを見つけ出し次第、うちが利権をこちらに譲渡するよう説得してみる。それでだめなら、武力を行使して奪取するまでだな」


 作戦はいたってシンプルだが、構成員の数の差がある以上、難しそうな作戦でもある。


 その後も、情報屋から仕入れた情報をもとに作戦を詰めていく。


 そして1時間が経過したころ、作戦はまとまった。


「決行日は明日の夜。日が暮れてからだ。それまでに用事は済ませとけ!」


「「了解です!」」

 

 こうして【ブラックファング】から利権を奪う作戦が始まった。

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