第13話 一ノ瀬組

 

 【一ノ瀬組】

 王都のスラム街を統治している組織だ。

 100年以上の歴史がある、古参組織であり、目の前に居る黒を基調とした羽織袴のような衣服に身を包んだ緑髪の少女『イーチノ』が4代目のリーダーとなる。


 【一ノ瀬組】を立ち上げた当初は、数名のメンバーで構成されたパーティーだった。特に目立つことのないパーティーだったが、スラム街で治安を改善し統治した功績から、名が広がり始める。


 治安維持のため猫の手を借りたいほど人手が足りなかった【一ノ瀬組】は、志願しに来る、若い者、喧嘩が強い者など組織にとって不足ないと判断した者を受け入れていった。


 そして100年経過した今では、パーティーという言葉では足りないほどの巨大組織へと成りあがっていた。


 大きくなった組織は王都からも一大組織として認知されている。

 


「【一ノ瀬組】のリーダーがなぜファルンに?」


 【一ノ瀬組】の活動を知っているボデュが少女の放つ独特の威圧感に怯えつつもこの街に来た理由を尋ねる。


「ここのスラム街を【一ノ瀬組】が管理するために足を運んだのさ」


 笑顔で答えたイーチノは続けて言葉を紡ぐ。


「ファルンのスラム街はかなり荒れていると聞いている。現にその現場を目撃したわけだからな」


「その通りです。スラム街は【ブラックファング】によって支配され、衛兵も近づかない荒れた地区となっています。他の店も【ブラックファング】に膨大なみかじめ料を脅し取られ困っている状況です」


 ボデュはスラム街の現状をイーチノへと伝えていく。


 皆が【ブラックファング】の暴力の前に平伏していること、衛兵も近づかないことから犯罪が横行していること。ファルンという同じ街の中にあるとは思えないほどの荒れようだ。


「だからこそ、【一ノ瀬組】がこのスラム街を管理しなきゃならねぇ。ファルンという大きな街の歯車になれるよう、正常な機能を取り戻すためにだ」


 【一ノ瀬組】は王都にあるスラム街を正常な形へと矯正したということで、この街ファルンにも噂が行き届いている。


 評判は上々で【一ノ瀬組】が関われば、その地区や町、村は安泰だと言われているほどにだ。


 現状、ファルンのスラム街は同じ街の中にありながら、孤立した地区のような扱いを受けている。


 【一ノ瀬組】はファルンにある他の地区と同様の扱いをされるよう、矯正しようとしているのだ。


「でも、どうして王都から遠出までしてこの街のスラム街を管理したいの?」


 ふと頭に浮かんだ疑問をハルは言葉にしてイーチノに投げかける。


 ファルンは王都から徒歩で数日かけてくるような場所だ。馬車を利用しても4、5日かかるだろう。


 そんな遠出をしてまで、ファルンのスラム街を管理下に置きたい理由とはいったいなんなのか。


「簡単な話さ。組織の拡大するため。世界を【一ノ瀬組】管轄下に置いて誰もが平等に暮らせる世界を作るのさ」


 きれいごとのように聞こえる言葉を紡ぐイーチノ。朗らかな笑顔を見せる少女だが、その瞳は真剣さを物語っている。


 端役の冒険者がそんなことを述べれば、笑われ揶揄われて終いだろうが、少女の放つ言葉には実行してやろうという力を感じる。


 これが巨大組織をまとめあげるリーダーならではの貫禄というやつだろう。


「王都のスラム街はうちらが面倒を見るまで、犯罪の温床だった。強い者が弱い者を搾取する。まさに不平等だった。だからこそ初代リーダーは安全に暮らせるよう王都のスラム街を統治した」


 優しい眼差しを向けながら言葉を続ける。


「代々うちのリーダーは義理人情に厚い人ばかりだった。弱きを助け、強きを挫く。それが口癖だ。現状を知った初代リーダーがスラム街から犯罪をなくすため、見回りを̪して、犯罪組織を片っ端から潰していった。その日の食事にも困るような人々には無償で食事を提供していた。そうやって地道な努力が実を結んで、王都のスラム街は環境改善されたってわけだ」


「じゃあ、もう他の地区と同様、安全に寝泊まりできる環境なの?」


「正直、100パーセント安全とは言い難い。まだまだスラム街としての名残があるし、犯罪率も他の地区と比べて高い」


 一度スラム街になってしまうと、100年以上の年月をかけてもその名残というのは拭えないようだ。


 確かに組織の働きかけによって救われる者は多くいるだろうが、全員に手を差し伸べられるわけではない。


「だけどな、うちら【一ノ瀬組】が目を光らせているうちは、犯罪率を抑制する。現に昔と比べて犯罪に手を染める者は減ったしな」


 少女の言っていることがすべて真実なら、きっとここのスラム街も住みやすい環境にしてくれるだろう。


 【ブラックファング】から利権を奪い取れたらの話だが。


「住みやすい環境を作り上げる代わりに、うちらがみかじめ料を貰う。何、悪い取引じゃねぇ。環境を維持する費用だと思ってもらえればいい。王都のスラム街じゃあ、うちらの働きと信頼のおかけで皆嫌がらずにみかじめ料を収めてくれるよ」


 噂と彼女の発言には食い違っている部分はない。


 むしろ噂以上の詳細を話してくれた。


「どうだい、店主さんよ。あんたらがうちらに協力してみかじめ料を収めてくれるってんなら、この街のスラム街を良くする。もちろんこの宿で起きたトラブルもうちらが仲介して解決する。悪い取引じゃねぇと思うがどうだい」


 ボデュは少し悩む。


 というのも、目の前に居る少女が【一ノ瀬組】のリーダーとは信じ切れていないところがあるからだ。


 リーダーというのは、貫禄があり強さがあり、根性がある。


 今、目の前に居る【一ノ瀬組】のリーダーと名乗る少女は、貫禄と根性はあるように見えるものの、小さな体であるからにして、とても強そうには見えない。


 なぜ後ろにいる大人たちがなにも文句を言わず年端もいかない少女を慕うのか理解できずにいた。


「信用できねぇ、って顔だな。ならこうしよう。利権を奪うために【ブラックファング】を潰す。その後、第二支部を立ち上げ環境改善に努める。もしも、環境が改善された信用できると思えたらそのときにみかじめ料を収めてはくれねぇか。もちろんスラム街にある他の店にも同じ条件を持ち掛けるつもりだ」


 環境が改善し信用に値すると感じればみかじめ料を収めればいい。この条件はボデュにとってもこのスラム街の人々にとっても好条件な内容だ。


「そこまで譲歩してくれるなら、協力します。信用に値すると思えるようになったときにはきちんとみかじめ料も納めます」


「なら決まりだな。それともう1つ協力してもらいてぇことがある。この宿屋をしばらくの間、仮拠点として使わせてはくれねぇか。時間が空いたときには修復なんかも手伝う」


「構いませんよ。しばらく休業する予定でしたから。ちなみにどれくらいの期間をご所望で?」


「【ブラックファング】を潰すまでだな。目的を達成した以降は、スラム街のどこかに拠点を構える。ざっと見て回った限り、手の付けられていない建物が何個かあった。そこから拠点に使えそうな建物を選ぶ」


「でしたら、自由に使ってもらって構いません。一室はハルさんが使用しますので、他の空いている個室を使ってください」


 ボデュとイーチノは握手を交わし、互いの話がまとまった。

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