第12話 みかじめ料

「冒険者さんありがとう。おかげで宿屋をまた奪われずに済んだよ」


「僕もあなたの命を救うことができてよかった」


店主は腫れ上がった顔に痛みを感じながら、ハルに微笑みお礼の言葉を口にする。


「お父さん、よかった! 無事でいてくれて……」


父が生きていることを実感したアリアは、瞳に涙を浮かべながら、父に抱きつく。


 もし到着が数秒遅れて娘の前で父が殺されていたかもしれないと思うと、ぞっとする。


 そんな光景が目の前に広がったら一生もののトラウマものだ。最悪の結果を避けられただけでも、大きな手柄と言えるだろう。



――

―――


 

「お父さん動かないで! 手当ができないでしょ!」


乱れた感情が1本の線のように落ち着きを取り戻したアリアは、さっそく応急キット使って父の手当てをする。


 傷のついた顔にアルコールを含ませた綿を軽く添える。


その度にアリアの父は眉を寄せる。


幸い骨折など大きな怪我などはしておらず、腫れと切り傷だけだったので簡単な手当てで事足りそうだ。


 回復魔法を使える者がいれば即座に手当てが終わるのだが、あいにく精通した者はいない。


 加えて医者なんて裕福な家庭を持つ者もこのスラム街にはいない。怪我や病気をしたら周りや自らの知識で生き残るしかないのだ。

  

「アリア、いつも苦労をかけてすまないね。スラム街で宿屋を開いたばかりにこんなことになってしまって」


「お父さんはこの地区に住む人たちのために宿屋を開いたんでしょ! だったら、謝ることなんてない! むしろ天国のお母さんに胸張ってやってるぞって言えばいいの!」


 アリアは、気弱になっている父の背中を軽く叩き気合を入れてあげる。


 大きな背中を、か弱い手のひらで叩く姿は微笑ましい。


ハルがアリアを見つけたときも、気弱になっている状態だった。そんな彼女が強気な心構えで父の背中を押している。本当はこんなにも強い女性だったんだなとハルは思う。


「よし、顔の手当て終わり! 次は体ね!」


「あぁ、ありがとう」


 2人が笑顔になって顔を付き合わせている姿を見て、ハルも思わず口角が上がった。


「そういえば名乗ってなかったね。冒険者さん。私の名はボデュ。この宿屋の店主をやっている。こっちは娘のアリア。小さいころからよく働く子でね。いつも助けられてばかりなんだよ」


 ボデュと名乗った男性は、少しふくよかで筋肉質。黒く染められ整えられた髪型と常に上がった口角が清潔さと優しさという性格を彷彿させる。


 怪我により茶色の質素な服はところどころ赤く染まっている。

 

「僕の名前は『ハル・フワーロ』。今日、冒険者になったばかりの男です」


「そうかい。人生初めての問題解決がこんなひどい内容ですまなかったね。何か困っていることはないかい? 恩返しも兼ねてできることならなんでもしよう」


 なんでもしてくれるという提案。記憶がないことに加え、冒険者になりたてということもあり困っていることはたくさんあるのだが、それをすべて解決してもらうことなどできない。


 ならば、今一番に解決しなければならない問題と言えば、ひとつだ。


「今、宿泊できる場所を探しているんです。昨日は師匠の家に泊まらせてったんですが、今日からは自分で寝床を探してこいと言われていて……。もし、宿泊できる部屋があれば使わせてもらいたいです!」


「お安い御用さ! この宿を救ってくれたんだ。ハルさんは私たちにとってはヒーローだ! 丁度、物置だった角部屋を宿泊部屋に改装した部屋があるんだ。そこを使ってくれ!」


「ありがとうございます! お代は今から受けられる簡単なクエストを受注して稼いできます!」


「これは恩返しだ。宿を救ってもらった。それだけで一生分の宿賃を貰ったと思っているよ。だから、居たい分だけ居てもらっていい。それに、もともとスラム街で貧困に住まう人々のための宿屋だ。元から格安の賃料で留めさせているのさ」


「それで赤字になったりしないんですか?」


「スラム街の建物は物価が安くてね。他の地区の20/1さ。だから、どこよりも安く宿泊部屋を提供できる。安全と寝心地は保証しないがね」


 スラム街ならではの問題、【安全】と【寝心地】の保証。


 元から治安の悪い場所での宿泊は、安全性に欠ける。いくら安かろうと他の地区からわざわざスラム街の宿屋に泊まりに来ようとは思わないだろう。


 しかし、元からこの地区に住んでいる者たちは、毎日安全とは程遠い睡眠をしている。外で眠っている者も少なくない。そんな状況だからか、この地区に住む人にとってこの宿屋は、安全と言えるだろう。


 寝心地も同様。元からスラム街に住む者にとっては、個室とベッドがあるだけで最高の睡眠がとれる。ベッドの質なんて気にしていない。


 スラム街に住む者にとってベッドとは、一般人感覚で言うと、スイートルームのような感じだ。


「スラム街にはそれなりの良さってものがあるんですね」


「もちろん、悪い噂の方が目立っているがね」


「アリアは美人だから襲われたりしません?」


「娘は自分の身を守るすべを持っているから大丈夫さ。まぁ、今回のような悪徳冒険者に対しては効果がなかった訳だけど」


「私の身も守るすべって言うのは一般人に襲われたときに発揮するものなの。だから、戦闘経験が豊富にある冒険者相手には役に立たないの」


 アリアの身も守るすべというのは、あくまでも痴漢や酔っ払いに絡まれたときに役立てられるもの。


 戦闘経験豊富で、何体もの魔物を屠ってきて冒険者には通用しない力だ。


「これでも、スラム街で生きるすべとして学んだ技なんだよ。おかげで最近は変なやつに絡まれなくなったし」


 私生活において、身も守るすべというのは効果てきめんのようだ。


 

 ―

 ——

 ———


 

 ボデュの簡易治療が終わったところで、ハルは本題に入る。


「どうして、あんなことになっていたんですか?」


「みかじめ料だよ。いろんな揉め事から守ってやる代わりに、お金を支払えというんだ。それもかなりぼったくりな値段設定でね」


 みかじめ料。いわゆる用心棒のような事をする代わりに、お金を払えということだ。


 治安の悪い地区では度々あることで、珍しくはない。基本的には悪い事だが、おかげで治安の悪い地区の産業がうまく回っているところもあるという。


 ただその場合、大抵はそのみかじめ料を収める相手が良識な人格者を筆頭に持つグループやパーティーであることが多い。


「みかじめ料の徴収は治安の悪い地区では珍しくない。王都にあるスラム街でもみかじめ料を払っている店があると話に聞くけど、そこはトラブルの多さに対して良心的な価格設定だと聞く」


「お父さん、確か王都のスラム街を統治しているパーティーって【一ノ瀬組】っていうおかしな名前のところだよね」


「よく知っているね。この【一ノ瀬組いちのせぐみ】って文字は、2000年以上前の古代文字らしい。リーダーの名前が『イーチノ』という名だから、発音が似ている古代文字を使ったんだと思う」


「どうして?」


「どうしてだろうね。私には分からないな」


 パーティーにはそれぞれ、リーダーが存在する。リーダーは自分のパーティーに名前を付けることができ、おかしな名前でなければ冒険者ギルドに登録できる。

 つまり【一ノ瀬組】はパーティー名ということになる。


「戦闘の実力もかなりものらしいよ。数名の衛兵と喧嘩になったとき、リーダー1人で相手をボコしたとか」


「それって悪い事なんじゃ」


「きっとなにか理由があったんだ」


 衛兵を1人で相手ができるほどの猛者。


 だからこそスラム街をまとめあげられるほどの人望や実力があるのだろう。

 

「今回で言うと【ブラックファング】がみかじめ料を払えって言ってきたってことですか?」


「そうだね。【ブラックファング】はこのスラム街を統治した気でいる。いくつかの店から脅してみかじめ料を貰っているみたいだ」


「そもそも【ブラックファング】ってどんなパーティーなんですか?」


「世間の人は『落ちぶれた冒険者の集まり』なんて噂されているよ。冒険者になったものの、うまくいかず落ちぶれる。珍しくないことなんだ」


 冒険者というのは、難関クエストを成功させることで、一獲千金を狙える職業なのだ。


そのため、一獲千金を狙って冒険者を志望する者が多くいる。


 年齢層が若い人ほど、志望者数は多い。


 しかし同時に、クエストの難しさや依頼料の安さに生活が成り立たない者も多くいる。冒険者が多く在籍しているここファルンでも問題になっている。


「そこに手を差し伸べるのが【ブラックファング】。同情をするような言葉を巧みに使って冒険者を組織へと引きずり込む。彼らの心情からしたら手を差し伸べるだけで神のような存在に見えるけど、中身は悪意の塊。冒険者を調教・洗脳して悪徳冒険者として使うのさ。他人に暴力をふるうことを正義として教え込んでね」


「どうしてそこまで詳しいんですか?」


「スラム街で生きる人はみな知っているよ。だから極力【ブラックファング】と関わりたくないのさ」


 【ブラックファング】は、純粋な冒険者を洗脳して悪徳冒険者として使う。そうすることで勢力を拡大していくのだ。


「もし、スラム街の宿を使うとなると【ブラックファング】を何とかしないといけないですね」


「何とかしたいのは山々だけど、こうも勢力が拡大されると手が付けられなくてね」


 話をしながらぐちゃぐちゃになった店内を片付ける。ボロボロになった床や、机、いすなど使えそうな部分や物と、完全にダメなものを分けていく。


 床や壁は戦闘が合ったせいで、傷だらけ。ほとんどは傷が浅いが、中には大きくえぐれてしまっている部分もある。そうなっては見栄えも悪いため修理が必要だ。


 椅子や机は、半分以上がダメ。足が壊れていたり、真っ二つになっていたりと損害が激しい。


 入口に至っては、ハルが蹴り飛ばしたため完全に壊れてしまっている。


「入口壊してごめんなさい」


「緊急事態だし、気にするな。顔なじみの業者に頼んでいろいろ直してもらうよ」


 不幸中の幸いか、各個室は手を付けられていないため損害はなかった。

 

「じゃあ、お父さん少しの間はお休みだね。たまにはスラム街の外に出かけない?」


「しばらく行っていなかったし、市場や夜の出店広場にでも行こうか」


「そうしよう!」


「ハルさんも一緒にどうでしょう。助けてくれたお礼です。奢りますよ」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 こうして、仲良くなったエアリス一家との交流が始まった。







 

 

          その時だった。





 

「邪魔するよ!」


 気合の籠った声音と同時に、数人の男女が店の中へ入ってくる。


 1人の少女を先頭に、後方には1人の女性と武器を装備した男が数名とが立っている。

 

「営業しているかい、店主さん」


 優しい目つきで緑髪の少女が、物腰の柔らかい発音で言葉を紡ぐ。


 敵意はなさそうだ。


 歳は12~13ぐらいだろうか。背丈は低く、アリアよりも子供だろう。


 しかし、彼女から発せられる圧、オーラというのがこの場にいる誰よりも凄味がある。貫禄があると言うべきか。


今は優しい目つきをしているが、何かの拍子で獲物を見る目に変わったとき、震え上がるだろう。


「その、今日はトラブルがありまして……、しばらく休業にしようかと」


 少女の何とも言えない圧に、ボデュも縮こまってしまう。


 ハルも震えるダメ人形のようになってしまっている。

 

「そうだったのかい。そりゃあタイミングの悪い時に着ちまったな。宿泊することだけでもできねぇのかい?」


「一応、個室は人数分空いているので使えるのですが、宿泊だけとなるとお客様に満足いただけないかなと」


「安心しな。なに、こっちはそんな贅沢なものを望んじゃいないよ。で、泊めてくれるのかい?」


「――泊りだけでよろしければ……」


「そりゃ助かる。タイミングの悪い時にすまないね。こちとら長旅で疲れてしまってな。部下たちにも休息を与えねぇと」


 少女の『部下』という言葉に首をかしげるハル。


 年端もいかない少女が部下と言う相手はまさか、後方にいる大人たちのことを指しているのかと驚愕する。


「いいえ、こちらこそこのような状況下で、利用していただく形となり誠に申し訳ないです」


「そんなかしこまるなよ。あんたはあたしより年上なんだから、もう少し物腰を柔らかくしたらどうだい」


「一応お客様なんで」


「そうかい。それとついでもう1つ。ここで何があったんだい?」


「少々トラブルが……」


「それはさっき聞いた。店主、あんたの顔の傷、店の乱れ具合、ただのトラブルじゃないね。興味本位だ。何があったのか詳しく聞かせてくれないか?」


 口角の上がった状態で発せられている言葉なのに、威圧感がある。この少女はただ者ではないと、誰もが直感で分かる。


 断れば何をされるか分からないと感じたボデュは、何があったのか目の前の少女にすべてを話す。


 すると少女は大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。


「それはどでかいトラブルだったね。そこの兄ちゃんがいなければ今頃どうなっていたことやら」


「はい。だからハルさんには返しきれない恩ができてしまいました」


「恩……ね。そういえば、こっちも無理を言って泊めてもうらう約束をした恩があるな」


「そんな恩だなんて」


「その【ブラックファング】とやらをボコってやろう。二度とこの街で横柄な態度ができなぐらいにな」


「そんなお客様にそんな事、させられません」


「任せときなよ。【一ノ瀬組】リーダー『イーチノ』が成敗してやるからな」


 

 そう――。


 そこにいた少女こそが【一ノ瀬組】のリーダー『イーチノ』だった。

 

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