第11話 記憶のない冒険者は救世主となる

 スラム街を走り、目的の宿屋にたどり着いたハルとアリア。入り口であろう扉はボロボロになっており、建付けが悪くなってしまっている。


 現状がどうなっているのか、確認しようとした途端、中から怒声が聞こえてくる。


「みかじめ料を払えってんだよ! くそ野郎!」


「スラム街の貧乏人相手に儲けているのでしょう。ここは治安の悪い地区だ。金さえ払えば守ってやると言っているのです」


 1人は男の声で暴力的な言葉づかいで誰かを脅している。その相手はおおよそアリアの父親だろう。


 もう一人は冷静で頭が切れそうな男の声だ。暴力的な言葉遣いの男とは正反対で、冷静沈着な言葉遣いだが、節々に殺意を感じる。


 その二人とは別に何人かの声が聞こえるが、特段気になるような感じはない。言葉に重みがないからだ。


「……お父さん!」


 ハルが止める間もなく、アリアは宿屋の中へと入って行ってしまった。


 このままではアリアが人質に取られてしまう可能性がある。彼女の名誉を守るためにも、それだけは避けなければならなかった。


「具体的な解決策は浮かばないけど……。ええい! 最終手段は自分の腕を信じて刀剣を振るうだけだ!」


 自分に気合を入れ、扉を蹴破る。


 冷静な状態なら壊してごめんなさいだが、今は興奮状態。そんなこと後回しだ。


「んだ? 誰だてめぇ!」


 その場にいたのは、全部で7人。恐怖で立ち尽くすアリアと、その父。そして武器を装備している悪徳冒険者と思われる人物たち5人だ。


 赤髪の恰幅のいい悪徳冒険者は、店主であるアリアの父の胸倉掴み脅している。すでに何発か殴ったようで、店主の顔は腫れあがっていた。


「アリア! なぜ戻って、きた! 今すぐ逃げなさい!」


「お父さん!」


「黙れくそジジイ! 今、取り込み中なんだよ! 他の冒険者が出しゃばってくるんじゃぁねぇ!」


 恰幅のいい男は店主の胸倉をつかみながら、ハルに怒号を飛ばす。

 

「そうはいかない! その人を離せ!」


「はぁ、ヒーロー気取りの愚か者ですか。ここはスラム街。弱肉強食の世界なのですよ。ヒーローなんて、不要です」


 打って変わってカウンターに座る紫髪でメガネをかけた男が、皮肉気に答える。

 

「僕はただその人を離せと言っている!」


「従わなかったどうしますか?」


「力づくでねじ伏せるまで!」


 ハルはゆっくりと刀剣を抜く。


「アリアは下がってて。僕が何とするから」

 

 話し合いの通じる相手じゃない。そうなったら解決策はただ一つ。力による制圧だ。


 ハルはあまり人に対して暴力をふるうのは好きではないが、致し方ない時もある。それが今だ。


「だとよ。どうするフランシュ?」


「バーガン、ここは子分たちに相手をさせましょう。3対1では相手も震えおののいて敵前逃亡をするかもしれませんよ」


 紫髪の男・フランシュがそう言うと、部下と思われる三人の男がハルの前に立つ。それぞれ、ロングソード、両手斧、ダガーナイフと言った武器をチラつかせ、無言の圧力をかけてくる。


 どれも一般的に普及している、汎用武器で大した武器ではない。


 一方、ハルは相棒である刀剣を構える。刃こぼれ一つない愛用の武器。鋼の輝き方、艶、鋭さ、すべてが悪徳冒険者の持つ武器よりも優れていた。


「ヒーローはこの世にいらねぇんだよ! おらぁッ!」


 その言葉と共に、悪徳冒険者たちはいっせいに襲い掛かってくる。


 振り下ろされ、横に薙ぎ、短剣を突き刺してくるなど、あらゆる方法で殺意をむき出しにしている。


 3対1では分が悪く、ハルは身を翻し攻撃をかわすことしかできなかった。


 1対1なら勝ち目はある。目を覚ましてから最初にスケルトンと戦った時と同等、攻撃を弾き体内に魔力を溜めてから、反撃をする。この一連の動作をできれば問題ないのだが、相手が複数いるとそうもいかない。


 相手1人の攻撃を弾けば、同時に別方向からの攻撃が飛んでくる。2つの攻撃を同時に弾けるほど、器量は持ち合わせていない。


(啖呵を切ったのは良いけど、どうすれば……)


「あひぁひぁひぁ! ただ逃げているだけじゃねぇか! ヒーロー気取りは雑魚がするほどみじめで仕方がねぇな!」


「およしなさいバーガン。ヒーローになって死ねぬなら本望なのではありませんか?」


「それもそうか! がははは! なら俺たちゃ、ヒーロー殺しってことになるなぁ!」


 逃げ回るハルを見て、大笑いする2人。


 ハルに勝ち目がないと思っているのだろう。

 

(そういえば、あの時、リリーが言っていた!)


 戦う中でリリーが言っていたことを思い出す。


 ―

 ――

 ―――


『ねぇリリー。一度に数体の魔物に襲われたらどうすればいいの?』


『1対1の状況を作ればいい。どんなに多勢でも一瞬の隙を作り、1対1の状況を作り出せば勝てる。例えば相手が5体なら、1対1の状況を5回作り出せば勝てる』


『それって難しすぎない? 常に数体の敵が追いかけてくるのに1対1の状況を作るなんて簡単じゃないよ』


『地形を生かし、相手の動きを制限すれば作り出せる。森の中や街の中なら縦横無尽に動き回り、動きを分断する。開けた場所なら相手の隙を伺う』


『もしも狭い場所で戦うことになったら?』


『周りに物があるならそれを利用する。物を蹴り上げ相手の動きを一瞬でも封じ、その隙に攻撃した相手に対して反撃を行う。物が無ければ魔法で動きを封じるだろうな』


『そっかぁ。それをできるようになるには経験を積まないとね』


『まぁ私なら、素早い動きで翻弄し半ば力づくで一気に葬るが』


『じゃあ、今さっきリリーが言った理論は破綻しちゃうじゃん……』


『私の場合は、だ。ハルや一般的な冒険者はそのような戦い方をするのが鉄則だ』


 ―――

 ――

 ―


(狭い場所に、周りには椅子やテーブルといった物がある。物を壊すのは気が引けるけどやるしかない!)


 ハルは狭い場所を縦横無尽に動き回り、敵を翻弄する。 


 時折、椅子やテーブルを蹴り飛ばし、敵の行動を制限する。敵の1人が足止めを喰らっている際に、他の2人がタイミングをずらして攻撃してきた時に、刀剣で攻撃を弾く。そうすることで、一時的に2対1の状況を作り出し、さらに攻撃のタイミングがずれれば、1人ずつ弾くことができるので、結果的に1対1の状況を短時間ながら作り出せる。


 それを何度か繰り返し、体内に魔力を蓄積させていく。


(スケルトンと戦った時に溜めた魔力は、時間が経つと無くなっていた。魔力は長時間保持できないのか? だとしたら、この場で決着を付けないと!)


 弾き、弾いて、弾きまくる。


 敵から見れば、ただ防御に徹していて、攻撃をする暇がないように見える。その滑稽な姿に、ハーガンとフランシュは嘲笑って見せる。それが命取りとなることと知らずに。


「反撃……開始だ!」


 まず、ロングソードの男が剣を振り下ろしてくる。殺意の籠った踏み込み。冒険者としては良い腕を持っている方だろう。


 しかし、ハルの前ではその攻撃は死を意味する。


 振り下ろされたロングソードに合わせて、魔力を付与した刀剣を振るう。


 カキンッ!


 ロングソードが弾かれ、男は大きく仰け反る。


 突然の反撃に何が起きたのか理解できなかった男は、驚きの表情を見せながら体を仰け反らせる。


「ここで血生臭いことはしたくない。だから! 峰打ちで意識を刈り取る!」


 刃が鋭くとがっていない峰の方に持ち替え、相手の首筋を打つ。


 刃を反転させているため、斬撃にはならないものの強烈な打撃が男を襲う。

 その威力は、意識を刈り取るのに十分だ。


 ハルの一撃でロングソードを持っていた男は泡を吹いて倒れる。


「く、くそがぁ! よくも!」


 両手斧を構えた男が突進してくる。


 激情のまま振るわれた斧は、ロングソードよりも重い。簡単に弾けるかどうか分からなかった。


 しかし、魔力が付与された刀剣の前ではそんなもの、ロングソード変わらない。


 心地の良い音と共に弾かれ、男の体は大きく仰け反る。


 そして、先ほどと同様、峰打ちを行い意識を刈り取る。


「ひ、ひぇ!」


 ダガーナイフを持った男は、同時に2人も倒されたことに腰を抜かしてしまっている。ダガーナイフを握る力が弱まり、繊維が喪失してしまった。


「まったく、私たちの子分は使えませんねぇ。いないも同然。それにしても、名も知らなぬ冒険者が私たちの部下をこうも容易く倒すとは驚きました。どうですか、その腕を我ら【ブラックファング】のために使ってみては?」


「そんなの断るに決まっている! おまえたちの仲間になったところで、僕の目的が達成させることはないからね!」


「それは残念です。バーガン、店主を離してやりなさい」


「はぁ? 何言ってんだ! これからこの冒険者を殺して、店主からみかじめ料を……」


「バーガン離しなさい!」


 フランシュは少し口調を強めると、バーガンは舌打ちをしたのち店主から手を離す。


「今日のところは引きます。ですが、お忘れなく。我ら【ブラックファング】に楯突いたことをお忘れないよう」


 そういうと、バーガンは倒れた部下2人を軽々と肩に持ち上げると、宿屋を後にする。その後ろをダガーナイフを持った部下が怯えた表情でついていく。


「ああそうだ。私の名は『フランシュ・ボード』。【ブラックファング】の幹部の1人です。そちらの名は?」


「教える義理があるかどうか分からないけど、ここで名乗らないのは失礼な気がする。だから名乗る。『ハル・フワーロ』。今日冒険者になった男だ」


「そうですか。ハル・フワーロ。顔とその名、覚えましたよ。またいずこでお会いいたしましょう」


 不敵な笑みを浮かべたフランシュは、そう言い残し宿屋を後にした。


「お父さん!」


 アリアが散らかった宿屋の中を駆け、父である店主の元に駆け寄る。


 店主の顔は腫れ体に傷を負っているものの、命に別状はなさそうだ。

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