第二章 ブラックファング

第9話 助けを求める声

「まずは、一緒にクエストを受けてくれる仲間を探さないと」


 そう言葉をつぶやきつつ、ハルは街中を歩いていた。


 冒険者ギルドにて、無事クエストを受注できた。


 コボルト討伐という、Eクラス冒険には少し難易度高いクエストで、変わりに報酬が少し高い。報酬の高さに魅力を感じてクエストを受注したハルだが、若干後悔していた。


 というのも、コボルト討伐はパーティーを組んでの討伐を推奨しているからだ。


 コボルトは群れを成す魔物で、1匹だけで行動することがない。つまりひとりで挑むには無理があるということだ。


「コボルトはパーティーを組んで戦わないと面倒くさい相手だって、ベイリスさんも言っていたしなぁ」


 単体の戦闘能力は高くはなく、1匹だけならEランク冒険者でも倒すことは可能だ。しかしそれが数十匹となると話は変わる。


 1匹の能力が大したことがなくとも、数を為せば脅威となるからだ。


 そうなると、ひとりで戦うのは危険だ。報酬の分け前が減ってしまうとはいえ、確実にクエストを攻略するには誰かと組むことが賢明な判断と言えるだろう。


「冒険者ギルドに居た人たちに声をかけたけど、実績がないからのけものにされるし、他パーティーに加入済みだから断られるし。なにかいい方法はないかな」


 街中で冒険者らしき人達に声をかけまくってしまっては、変人扱いされるだろう。こんどこそ、悪名が轟いて変な二つ名が付いてしまうかもしれない。


 ナンパマンとが、誰でも食っちゃうマンとか。


 そうなってしまっては、記憶探しどころではなくてなってしまう。


「リリーに頼むにしても、彼女は傭兵であって冒険者じゃないからなぁ。お金さえ払えば付いてきてくれそうだけど、そんなものないし。あくまで師弟関係だし」


 最強の剣士であるリリーにパーティーを組むよう頼めば、コボルト討伐なんてあっという間に攻略できてしまうだろう。


 しかし彼女は傭兵であり冒険者ではない。


 立場上、無賃で雇うことは無理だろう。


「……けて……」


 解決策をひねり出そうと考え事をしながら闊歩していたときだった。


 彼の耳にか細い声が届く。


「なんだろう。声が聞こえたような」


 足を止め、どこから聞こえたのか周りを見回す。すると引き込まれるかのように建物横の裏路地へと目が留まる。


 そこは、建物と建物の間にある裏路地で、太陽の位置の関係から光が入ってこず薄暗い。


 人通りなんてものはなく、ちょうど人ひとりが余裕をもって入ることができるほどの幅だ。


 通りを歩く人々に混じって、裏路地から聞こえたような声。周りの人々は聞こえていないようだ。


 気のせいのような感じもするが、誰かいないか一応確認に向かうようだ。こうなってしまった以上、気になって夜も眠れないだろう。


「ごくりっ……」


 固唾を飲み大きく深呼吸をした後、裏路地へと身を投じる。


 未知の領域に足を踏み入れるような感覚。緊張感と不安感が体中を駆け巡る。


「昼間なのに、本当に暗い。同じ街の中にあるように思えない場所だ」


 壁際をネズミが走り、頭上には蜘蛛の巣が張り巡らされている。歩くたびに地にバラまかれた瓶の破片がジャリジャリと音を立て、不気味さを一層際立たせる。


「だれ、か……た、すけてっ……」

「! 大丈夫ッ!」


 しばらく歩を進めた後、目線の先に声の主はいた。顔色が悪く、具合が悪そうだ。


 声をかけても反応が薄い。


 ハルはすぐに駆け寄り、介抱する。


 壁に寄りかかり座り込む金髪の女性。肩や胸、顔には傷があり、貧相な服は乱れている。


 傷口は生暖かく、傷ができてから日が浅い。


 リリーの家で宿泊した際に貰った、ポーションを取り出す。コルクでふさがれた栓を開け、すぐに女性の口に注ぎ込む。


 すると、女性の体が淡く光り出し、傷口が塞がれていく。


 数秒も経つとうつろだった女性の瞳は輝きを取り戻し、下がりきろうとしていた瞼が上がっていく。


「目を覚ました! 良かった!」

 

 女性が目を覚ましてくれたことにハルは安堵の表情を見せる。


「あ、あなたは……」


「表通りを歩いていたら君の声が聞こえたんだ。それで気になって見に来てみたら、元気のない君を見つけたんだ」


「そうだったんですか……。はっ! 父、父は無事なんですか!」


 落ち着いて話を聞いていたかと思えば、切羽詰まった表情で急に取り乱し始める女性。ハルの胸元を掴み何度も父のことを尋ねる彼女を、何とか落ち着かせる。


「まず、君の名前を教えて貰ってもいいかな。あ、僕は『ハル・フワーロ』冒険者をしているんだ。ハルって呼んでくれればいいよ」


「ハルさん。私は『アリア・エアリス』。この裏路地を抜けた先にある宿屋で働いています」


「じゃあアリアって呼ばせてもらうね。アリアはどうして裏路地で倒れていたの?」


「実は、父が経営する宿屋が、悪徳冒険者に荒らされてしまって、助けを求めて逃げてきたところなんです」


 冷静ではあるが、言葉の節々から緊張感と焦燥感が伝わってくる。


「悪徳冒険者に抵抗したんですが、武器を振り回されて怪我を負ってしまって……。助けを求めに表通りに出ようとしたんですけど、意識が朦朧として倒れてしまいました」


「近くに衛兵はいなかったの?」


「いたとして助けを求めても無駄です。宿屋はスラム街にありますから、衛兵たちは近づきたがらないんです」


 アリアはハルが入ってきた裏路地の入口から、反対の方向を指さした。


 どうやら、彼女の指さす方向から裏路地を抜けると、スラム街に出るようだ。


「スラム街で貧困生活をしている人を支援するために父が一から築き上げた、大事な宿屋なんです。もしも宿屋が壊されてしまったら、スラム街の人々は悲しみ、父も立ち直れなくなってしまいます。どうか助けてくださいッ!」


 彼女は心の奥にしまっていた思いを吐き出すように言葉を紡ぐと、涙を流しながら地面に額を付ける。


 助けになる人物は周りにいない。人脈もない。なら方法はひとつしかなかった。


 すぐに頭を上げてと言い、ハルは彼女を起き上がらせる。

 

「分かった。僕が行くよ! 助けになるかどうか分からないけど、そこまで話を聞いちゃったら放っておけないからね!」


 ハルの信念でもある正義感から出た言葉。たとえ格上の相手であろうとも絶対に助けたいと思っていた。


 彼の言葉を聞いた途端、アリアの瞳が希望に満ち溢れたように輝きだした。


「ありがとうございます! ありがとうございます! すぐに案内しますので付いてきてください!」


アリアは宿屋に向け走り出す。その小さくも勇敢な背中をハルは追いかけた。

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