第8話 冒険者ギルド
「安いよー! 安いよー!」
「このお野菜、なんとこんなにも身がぎっしり詰まっているのですよ!」
「奥様ぁぁ! そこの奥さまぁぁぁぁぁぁ! これをぉぉ! 見て行ってぇぇぇ!」
日が昇って数刻が経った市場にハルは足を運んでいた。冒険者ギルドに向かう道中、声が聞こえてきたことから気になり、寄ってみた次第だ。
通りすがる人々の目を惹こうと、店主たちの声があちこちから木霊する。
そんな店主たちの声を縫うように歩く主婦たちが、気になる出店の前で足を止めたり、商品を手に取りながら品定めをしている。
ファルンには数か所の広場が存在する。
広場ごとに役割があり、この広場では市場という役割が担われている。
市場では食品や日用品、その他多数の品物が出店に並べられており、毎日この時間には店主たちの声掛け合戦で賑わっている。
さっそく人通りの多いこの場所で、自分の名前を知っている者がいないか聞きまわってみることに。
しかし、「商売の邪魔をしないでくれ」や「ナンパだったらお断り」とそっけない返事しか返ってこなかった。
「けっこうな人に聞きまわったけど、僕を知っている人はいなかったな」
この街で彼のことを知っている者はいなかった。
記憶を探すという目的をすぐにでも達成できるのだが、簡単にはいかないようだ。
市場を抜け、特徴的な声が静まり返ったころ、目の前に大きな建物が現れる。
2階建てになっているその建物は、たくさんの窓が付いており、赤茶色のレンガで作られた壁は、まるで西洋の屋敷のようなかっこよさがある。
入り口であろう観音開きの扉には、装飾が施されており、【剣】と【盾】の紋章が刻まれている。
「ここが冒険者ギルド――。予想以上に大きな建物だ」
巨大な建物に圧倒されつつ、荘厳な扉を開けると目の前には広い空間が広がっていた。
椅子やテーブルが等間隔に配置され、数組がテーブルを囲って話し合っている。
入口を背中に、正面に向かって歩いていくと受付があり、カウンターの向こう側にはメガネをかけた緑髪の女性が凛々しい姿で立っていた。
「冒険者ギルドへようこそ。初めてご利用の方ですか?」
カウンターへ近づくなり、女性が心地の良い声音でハルへと話しかける。
かすかに口角を上げ笑顔を見せているが、言葉はとても冷静。明るい性格というより、凛々しく正確といった方が正しいだろう。
「冒険者ギルドに入りたくてきたんですけど……。登録したことがあるかどうか忘れちゃって……」
「そうでしたか。でしたら、お名前の方を教えていただけますか? 登録者リストの中からあなたの登録情報をお探します」
ハルは、自分のフルネームを女性に伝える。
すると、女性はカウンターの下から何やらカードのようなものを取り出す。手のひらサイズのカードで、厚さもほとんどない。両面には何も書かれておらず、水色の背景色が綺麗に輝いている。
「それは?」
「こちらは【ステータスカード】。冒険者になると必ず所持するカードです。自身が参加したクエストや、倒した魔物の種類や数が記録されます。パーティーに加入するための判断材料になったり、クエストを受ける際の指針となったりします」
簡単な説明を終えると、ステータスカードをカウンターの上にある不思議な形に削られた石の上に置く。すると、石の上に魔法陣が表れ、同時にステータスカードも光を放つ。
それが数秒続いた後、魔法陣と光は消え、最初と同じ状態になる。
女性がステータスカードを手に取ると、何やら文字が刻まれていた。
【該当なし】
「ハル様、お名前でリストを確認したところ該当なしとのことでしたので、登録された履歴がありません」
「すぐに加入できるかな?」
「はい。可能です。加入する前に、冒険者ギルドの説明を3つほどさせていただきます」
女性は、人差し指、中指、薬指を三本立て自分の胸の前に出す。
「まず加入するとステータスカードをお渡しいたします。先ほど申し上げた通り、ステータスカードは冒険者の能力を表すアイテムです。倒した魔物の種類や数などが記載されますので、他人の能力を見極める判断材料となります」
一度3本の指をたたみ、1つ目のポイントを説明したところで人差し指を伸ばす。
「次に冒険者ギルドではクエストの掲示を行っております。簡単にクエストを受けられ、能力や報酬に見合ったクエストを選べることが魅力となっております」
「どんなクエストでも受けられるの?」
「いえ、冒険者ランクによって受けられるクエストが異なります」
「冒険者ランク?」
「冒険者ランクとは、能力によってEからSに分けられたランクを指します。高ランクであるSランクに近づくにつれ、難しく高い報酬のクエストを受けることができ、Eランクに近づくにつれ、簡単で報酬が安いクエストが受けられるようになっています」
「ちなみに、僕はEランクから?」
「はい。加入したての方は例外でもない限り最低ランクからのスタートです」
最低ランクからのスタートでは報酬の安い簡単なクエストしか受けられない。そうなると、旅路に必要な軍資金を集めるのにどれほど時間がかかるだろうか。
記憶探しの旅は簡単に進みそうもない。
「3つ目は、冒険者同士のコミュニティーを活用できる点です。クエストというのは情報戦。どこにどんなモンスターが出没しているのか知る必要があります。現地に行った冒険者の情報を聞けば、それを頼りにクエスト攻略の作戦を立てることもできるでしょう」
どれも魅力的な特典だ。
旅路の資金集めとして役に立つ。加入するかどうか悩む必要もないだろう。
「説明をお聞きになったうえで改めてお聞きします。加入いたしますか?」
「加入させてもらうよ」
「承知いたしました。では早速、入会手続きを取らせてもらいます」
女性はカウンター下から新たなステータスカードと、手形のついた石板のようなものをカウンターの上に置く。
「では、石板の手のひらに合わせて、ハル様の手のひらを置いてください」
言われたとおりに、石板の上に手のひらを乗せる。すると魔法陣が浮かび上がり、彼の手のひらを覆う。
その動作を確認した女性は、ステータスカードを再び不思議な形をした石の上に置く。
すると先ほどと同様、魔法陣が表れステータスカードが光る。
数秒後、魔法陣が消える。
「石板から手のひらを外していただいて大丈夫です」
すると、女性からステータスカードが手渡される。
「これが、ハル様のステータスカードとなります。大事に保管するようお願いします」
ステータスカードを受け取る。
カードには名前や年齢といった基礎的な部分から、魔物の討伐数やクエストの受注歴などが記載されている。
「22歳……これが僕の年齢なのか」
ここでひとつ、記憶の手掛かりとなる情報が手に入る。年齢だ。
記憶にはなかった年齢。ステータスカードを通して初めて自分の年齢を知ることができた。
20歳くらいだと思っていたハルは若干、歳を食っていることにがっかりする。
「入会手続きは以上となります。先ほども述べた通り、ハル様はEランク冒険者としてのスタートとなります。受けられるクエストは左手にあるEランク冒険者用の掲示板に張り出されておりますので、受けたいクエストが決まりましたら、張り出されている用紙を持ち、受付へお持ちください」
広い空間の壁際には何枚かのボードが設置されている。E~Sランクの文字が刻印されており、コルクで作られたボードには何枚かの用紙がピン止めされている。
お礼を言い、ハルはさっそくEランク掲示板を覗いてみる。
薬草採取や動物の捕獲、街の郊外に居るスライムなどの討伐など初心者向けと言えるクエストが張り出されていた。
どれも簡単そうなものばかりだが、報酬も低い。
となりのDランク冒険者用の掲示板を覗くと、ゴブリンの討伐などワンランク上のクエストが張り出され、報酬もいくらか高い。
「旅路の資金は簡単に集まりそうもないなぁ……」
そんな独り言をを呟き、ため息を付いていると後方から声をかけられる。
「なんだい兄ちゃん! 金が欲しいのかい!」
振り向くと、そこには眼帯をした男性が笑顔で立っていた。
スキンヘッドで額には傷、背中には両刃の斧を背負っている人相が悪そうな人だ。しかし、気さくな笑顔で声をかけてくるあたり、心根は優しそうだ。
「そうなんだ。旅をしながらあちこちを回りたいと思ってみたいんだけど、軍資金がなくて」
「確かに冒険者と言えヤァ、その場に縛られない、場所を転々とすることが出来るのガァ、特徴だなァ。軍資金が必要だってぇんだったら、このクエストを受けるといィ」
そういって男性は、ボードに張り出されている1枚の用紙を手に取り、ハルに手渡す。
「これは?」
「コボルトの討伐だァ。こいつはDランク用クエストから流れてきたもんだ」
「流れる?」
「つまり、Dランククエストとして張り出したが、長期間誰も手を付けなかったってことで、Eランククエストに回ってきたってことだァ。流れてきたクエストは通常のクエストよりも報酬が高い。その分、難しいけどよォ」
報酬が高いというのはとても魅力的である。しかし、難易度も高くなりEランクの実力で攻略できるか、不安なところだ。
「僕、今さっき冒険者ギルドに入会したばかりだったから助かるよ。あ、僕の名は『ハル・フワーロ』よろしく」
「『ベイリス・ボルンド』だ。暇なときは冒険者ギルドでだべってっからよォ、分からないことでもあったら声をかけてくれ」
ベイリスは「じゃ、がんばれよ」と声をかけた後、机を囲むグループの元へ歩いて行った。
改めてクエストに目を通す。
―――――依頼内容―――――
・目標 : コボルトを10体討伐。
・場所 : 街から北東に数十キロ離れたところにあるハルゴ村という廃村。
・報酬 : 550ジェム
・達成報告方法 : コボルトの魔石を10個納品。
・期限 : なし
・備考 : コボルトは集団行動を得意とする。数人規模のパーティーで挑むことを推奨されたし。
―――――以上―――――
「Dランク冒険者なら簡単にクリアできそうなクエストなのにどうして流れてきたんだろう」
疑問を持ちつつ、受付へクエスト用紙を提示する。
すぐに受理され、初めてのクエストがスタートした。
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