第6話 地方都市『ファルン』

「ここがファルンかぁー! 予想以上に大きな街だね!」


「王都に次ぐ地方最大級の街だからな。地方都市とも呼ばれている」


 街を囲むように建てられた高さ50メートルはあろうかという外壁をただただ見上げるハル。分厚さもかなりあり、巨大な魔物が街を襲っても簡単には壊れないだろう。


 地方都市『ファルン』


 王都に次ぐ大きさを誇る街で、地方にある街の中では最大級の大きさを誇る。


 巨大なコンクリートの壁に囲まれたこの街は、魔物に襲われることのなく安心して住める街として、多くの人々に愛されている。


 安住を求め、小さな村や町からの移住が多く、王都からわざわざ越してくる者も少なくない。


 王都は何かと魔物の襲撃を受けやすく、標的になりやすい。戦いに巻き込まれることを嫌う住人も多くいる。そういった観点から、安心して住めると名高いファルンに越してくる者が多いのだ。


 大きく口を開けた迫力のある入り口の前に立つ。


 大勢の人が一度に余裕で往来できるほど幅が広く、天井も高い。天井はアーチ状になっており、モダン風のデザインとなっている。


 デザイン性に優れた入口を潜り、一歩中に入る。


 するとそこには日が暮れたというのに多くの人々が街の中を行き来している光景が広がっていた。


 仕事終わりなのか、店のテラス席で酒を交わす者、カップルと思わしき男女が会話を楽しみながらレンガで舗装された道を歩く姿、甲冑に身を包んだ冒険者グループがパーティーメンバーと次の作戦について話す姿など、多種多様の人物模様が見て取れた。


「人がこんないっぱい! 本当に大きな街なんだね!」


 ハルはたくさんの人がいることに驚きと興奮を見せる。


「そんなに珍しいか?」


「目を覚ましたとき、周りに誰もいなかったから不安だったんだ。すぐにリリーと出会えたけど、なんだかこの世界に自分だけしかいないんじゃないかと思ってね」


「そうか、ならよかったな」

 

 目を覚ましてからというもの、リリー以外の人物と出会うことはなかった。


 ハルは悲しみや寂しさと言った負の感情を表に出すことはなかった。出せなかったという表現の方が正しいだろう。


 出したところで独りよがりでしかないからだ。


 しかし、こうして多くの人々が拠り所にしている場所に来たとき、心の中で『自分はこの世界で生きているんだ』と安心感と実感を覚えた。


 これはハルにとって、とても嬉しいことだった。


 さっそく街の中を歩く。


 煉瓦で舗装された大通り。中心には魔石を動力源とした照明が等間隔に設置されており、日が暮れても明るい。両脇には窓から光が漏れている建物がずらりと並び、人々がこの街を好んでいることが伺える。


「この街にはどんなお店があるの?」


「なんでもある。日用品や食品を買う店、宿屋、冒険者に必要な武器屋や防具屋、教会や亡くなった者を葬る墓場もある。逆に無いもの探す方が大変だろうな」


「何不自由しない場所だね。高い壁で守られているおかげで安心して暮らせるし、いい場所だ」


「貴様も明日一日、街を見て回ると良い。何か目的の果たすには、何がどこにあるのか把握することも大事だからな」


 ふたりが街中を闊歩していると、ひときわ盛り上がりを見せる場所にたどり着く。


 そこは噴水を中心とした四角形の広場で、街灯が多くあり夜でも明るい。


 広場の形に添うように出店でみせが並び、香ばしい匂いが漂ってくる。


「すごい人だかりだね。いつもこうなの?」


「そうだ。ここは夜になると出店街となり、来る者たちに料理を振舞っている。この街の特徴のひとつだ」


 リリーは付いてくるようハルに言葉をかけると、人々の間をすり抜けて出店のある広場へと入って行く。にぎわう人々を避けながらしばらく進むと、とある出店の前で足を止める。


 その出店は肉料理を中心とし、サイドメニューのような形で野菜料理や卵料理が提供されていた。


「この出店は、安く大量に食事を取れるのが特徴だ。空腹にはたまらないだろう?」


 食欲をそそる匂い、音、視覚すべてが刺激され、ハルはお腹を鳴らし自然とよだれが溢れ出る。


「半日歩いて腹も空いただろう。私が奢る。好きなものを頼め」


 その言葉にハルの口角は自然と上がり、より一層よだれが溢れだす。


 なぜそこまでしてくれるのと問いを投げるよりも早く、彼女が口を開く。


「貴様は私との戦いに勝ったのだ。稽古を付けるという約束のな。師範になった以上弟子の面倒を見れなくては、面目が立たん」


 互いに木の棒を持ち、一戦を交える。その際にハルが一撃でも彼女に触れることができれば稽古を付けるという約束。その戦いに彼は、勝ったのだ。


 彼が得意とする弾き。その弾きを駆使して戦いに勝つことができた。


 戦いの詳細はこうだ。


 敵の攻撃を弾くことで魔力を溜めることができ、その魔力を刀剣に付与することで、弾きの際や攻撃の際に威力を増大させることができる。特に、弾きの際に魔力を込めていれば、相手を大きく仰け反らせチャンスを作り出すことができる最強のスキルだ。


 そこで彼はリリーの攻撃を集中して弾き、魔力が溜める。自身の持つ武器に魔力を込めたら弾きを行い、大きく仰け反らせる。


 大きな隙ができた彼女に一撃を与えゲームセット。


 この一連の動きで勝利を収めたのだ。


 勝利した時は彼自身も驚きの表情を見せていた。それ以上にリリーは驚きと何とも言えない表情を見せていた。


「ありがとうリリー。そこまでしてくると思わなかったからうれしいよ」


「別に礼を言われるほどのことでもない。約束を違えてしまっては傭兵としての信頼も失うというものだ」


 傭兵という職業柄なのか、約束は必ず守る彼女。


 ハルにとっては心強い師匠ができた瞬間だった。


 早速料理を頼むふたり。それぞれ、肉と野菜がトッピングされた料理を頼んでいく。


 数分後、串に肉が刺さり香ばしい香りを放つものから、小さな木皿に乗せられたボリュームたっぷりの料理などさまざまメニューが運ばれた。


 ふと、この後のことが頭をよぎったハルが言葉を紡ぎ出す。


「寝る場所はどうしようか……」


「案ずるな。今日は私の家に泊めてやる。二部屋あるからな。一部屋を貸してやる」


「本当! ありがとう師匠!」


「師匠と呼ぶな。明日になったら、冒険者ギルドで自分の登録状況を確認し、名がなければ登録して冒険者となれ。そうすればクエストを受注することが可能となる。そこで稼ぎつつ、記憶を探していくといい」


 目を覚ましたばかりだからと言って、他人に頼ってばかりはいられない。記憶を探す旅に出るには、各地で冒険者として生きていく力を身につけなくてはならないのだ。


 この街で生活するのは、記憶探しの第一歩。最初の課題だ。一人で生活できなければ、記憶を探す旅をすることも難しいだろう。


 そのため、何としても冒険者として実力を付ける必要があった。


 ―

 ——

 ———


 賑わいが落ち着きを取り戻し始めたころ、食事を終えたふたり。


 共にかなりの量の料理を平らげ、空腹だったお腹は膨れ上がっていた。


「おいしかったー! ごちそうさま! リリーには足を向けて寝れないね!」


「この程度で喜んでくれるなら安いものだな。感謝し続けるといい」


 膨れ上がった自身のお腹を撫でて、笑顔を見せるハル。


 記憶を失う前に食べた物の味や匂いは全く覚えていなかったため、すべてが新鮮だった。それはまるで世界に存在する美味な食べ物を初めて食べたかのように。


「しかし、貴様もいい剣術の腕をもっているのだな。本気でなかったとはいえ、私に一撃を与えるなど思わなかった」


「リリーに剣術を教えて貰いたくて必死にあがいた結果だよ。本気じゃなかったことも幸いしたかな」


「そうだな。次に剣を交えるときは本気で行くぞ」


 リリーは続けて口を開く。


「貴様は、攻撃を弾くことに関しては一級品だ。誰にも負けない唯一のスキルだろう。だが、攻撃に転じるまでに時間がかかること、攻撃手段が乏しく踏み込みや振りが未熟なところ、他にも甘い部分がかなりある」


「あの短時間で課題を見つけ出すなんて、リリーの他人を見る目はかなり鍛えられているんだね」


「剣術を学ぶ者は他人の剣術を真似るところから始まるからな。目が肥えていなければやっていけん」


 剣術を学ぶと同時に鍛えられた彼女の目。


 その目はハルと一戦交えただけで、良かったところ、悪かったところを冷静に分析していた。


 戦闘中でも冷静な分析ができる技量があるからこそ、どんな場面でも冷静沈着な行動ができるのだなと彼は心の中で納得した。


「明日から稽古をしたいところだが、あいにく傭兵ギルドでの仕事が入っているのでな。明後日から始める。明日は先に言った通り、街の散策と冒険者ギルドを訪ねるとよい」


「分かった、ありがとう。これからよろしくお願いしますッ!」


 感謝の言葉を述べ、ハルは深々と頭を下げた。


 出店から次々と明かりが消えていく。夜も深まったところでふたりはその場を後にした。

 



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