第5話 世界の事情
森の中を歩くこと、一時間。
リリー案内の元、森の外へと出た二人。
目の前には視界を遮るものがない草原が広がっていた。
「久しぶりにお天道さまを見た感じがする」
空から降り注ぐ光を、ハルは眩しそうに掌で遮る。
雨も上がり、青い空と眩しく輝く太陽が雲の隙間から顔をのぞかせていた。
地面に生える雑草にはきらびやかに光る小粒の水滴が付着しており、雨上がりの後の爽快さを感じさせる。
「まだ、太陽が昇って間もない。今からファルンへ進めば、夕刻には着くだろう」
森からファルンまで徒歩で約半日かかる。
太陽が昇って間もない今の時間に出発すれば、日が沈み始める夕方、遅くても星空が見え始める時間には到着すると考えていた。
「ハル、貴様はこの世界のことを全く知らないのか?」
二人がファルンに向けて歩を進み始めて数分、リリーがそんな問いを投げかける。
「そうだね。世界のことも記憶から抜けているよ」
「そうか。なら、道中この世界のことを教えてやる」
記憶のない青年は、自分のことだけでなく、この世界のことについても知らない。
魔物とはどのような存在なのか、どんな人がいるのか、知りたいことがたくさんあった。
「貴様もスケルトンと戦い、何となく察していると思うが、人類は魔物たちによって生存が脅かされている。街の外を自由に歩くことすらままならないほどにな」
毎年、魔物の襲撃や遭遇によって何全何万という人が命を落としている。そして、ほとんどの死に場所が街や村の外だ。
街や村を一歩出れば、そこは魔物たちが蔓延る世界。安全な場所などどこにもなく、無防備な状態で外に出れば死にに行くと言っているようなものだ。
世界の八割は魔物たちによって占拠されていると言っても過言ではない。
「そこで、人々は現在、魔物のせん滅に向けて動いている。腕っぷしに自信がある者は鍛冶職人が作った剣や斧を使い、魔術に秀でている者は魔法を使う。己の得意とする攻撃手段を用い、冒険者としてせん滅に一役買うのだ。魔物を倒すことで得られる魔石を、冒険者ギルドに収めれば報奨金も貰える」
平和を取り戻そうと活躍する冒険者。彼らは魔物を倒すことで得られる魔石を冒険者ギルドに納めることで、収入を得ている。
魔物を減らすことができ、さらに懐も潤う。これ以上ない人類への貢献を行える一石二鳥の人気職種と言えるだろう。
反面、死亡リスクも高く、憧れて冒険者になったものの、人生半ばで幕を下ろす者も多い。
「冒険者が集めてくる魔石は、我々が生活するうえでか欠かせない物質となっている。暗闇を照らす電灯となったり、高性能な装備を制作する上で必要な機械の動力源となったりする」
魔石は、生活には欠かせないもとなっており、現代でいう電気のような役割を担っている。
魔石がなくなれば、今の人類の生活は成り立たなくなるだろう。
「でも、魔物をせん滅したら魔石は手に入らなくなるよね? 魔石がなくなったらどうするんだろう」
「さあな。需要が高いがゆえに価値が高騰している今の事しか考えていないのだろう。魔物をせん滅した先にあるのは、平和か不幸か……。どっちだろうな」
魔物をせん滅すれば、魔石は手に入らなくなる。だからといい、魔物を野放しにしていては、いつまでたっても平和は訪れない。
今の生活を守るか、未来の平和を願うか。天秤にかけられた問題は、容易に解けそうもない。
「実際、冒険者たちの働きによって、魔物の数は着々と減り続けている。脅威はいまだ健在、いや、増大しているがな」
魔物の数は年々減っている。平和への一歩が進んでいる状況だ。しかし、脅威は増大。数が減れば脅威も減るというのが世の常だが、現状は反している。
矛盾する内容にハルは再び問いを投げる。
「冒険者ギルドの報告によると、近年、魔物たちの働きが活発になっているそうだ。これがどういう意味を成すかは不明だが、噂では『魔王』の誕生が近いのではないかとされている」
「魔王? なにそれ?」
「書いて字のごとく、魔物たちの王となる存在。魔物たちを束ね、世界を支配しようとする人類の敵だ」
彼女は話を続ける。
「100年前に起きた【魔王戦線】で、三人の英雄が魔王を倒している。だが、噂が本当だと仮定すると、100年前に居た魔王とは異なる魔王が誕生しようとしてるのかもしれん」
「仮に魔王が誕生したとして、何が起きるの?」
「通称『魔王軍』が同時に誕生する。街の外で蔓延る魔物とは違い、統率のとれた手強い軍隊だ」
今、人類が街の中で安心して暮らせているのは魔王という存在がいないためだ。
魔物たちは個々に活動し、統一性を見せていない。
しかし、魔王が誕生し魔王軍が編成されれば、村や町、国が軍によって攻撃される。統制のとれた魔王軍相手に、一つの国が対抗しようとも、協力するギル相手に結果は滅びの道を歩むこととなる。
100年前に存在した魔王軍もいくつかの国を侵略し滅ぼしている。
「魔王の誕生を阻止することはできないの?」
「できたら苦労せん。魔王になるとされている奴相手に、英雄でもない限り敵う相手なはずもないだろう」
魔王は魔物たちの王であり、とてもつもない実力を持っている。一人で国を亡ぼすことが可能とも言われている。
そんなバケモノを相手に戦いを挑むなど、無謀としか言いようがない。
「まぁ、貴様とは縁のない話だろうな」
記憶のない青年にとって、この世界のことなど二の次。自分のことすら知らない。世界の情勢など気にしていられないだろう。
「記憶を探すうえで、各地を転々とすることになるなら、魔王が誕生する前に記憶を探し当てたほうが賢明だぞ」
「つまり、時間に限りがあるってことだね」
「そうだ。100年前に存在した魔王軍は相当な手練れだったと言い伝えられている。もしも、再び魔王軍がこの世に現れたなら、記憶探しなどできなくなるな」
「魔王軍はリリーでも太刀打ちできないほど強い?」
「太刀打ちできないだろうな。今のままでは」
姿を捉えることが難しいほど素早い動きと綺麗な剣捌きでスケルトンを討伐した彼女。ハルから見れば、圧倒的な実力持っているように見えた。
そんな彼女が、太刀打ちできないと答えを出すとなると、魔王軍は彼女の実力をも上回る強力な敵だと言わざるを得ない。
「ねぇ、リリー手合わせしてよ」
「なんだ、唐突に」
「魔王軍の話を聞いたら、なんだか怖くなっちゃって。リリーと手合わせすれば、嫌でも強くなれるかなと思って」
そう言葉を紡ぎ、笑顔を見せるハル。
冷静な判断力、卓越した剣捌き、強力な踏み込み……。すべてにおいて実力が境地に達していると言っても過言ではない。
並の冒険者では務まらない魔物相手でも、彼女なら一人で倒すこともできるのではないかと思えてしまう。
「稽古を頼みたいというのなら、街で頼め。稽古場などいくらでもある。私に頼んでも教えられることは何もないぞ」
「それでもいい! 目の前でリリーの実力を見たからこそ、頼みたいんだ! どれだけの技量を持っているか分からない人に稽古を頼んでも強くなれるとは限らないでしょ?」
「……」
リリーは少し考えた後、大きくため息をつく。
きらきらと瞳を輝かせる青年を前に、諦めたような表情を見せると、近くに落ちていた丈夫な木の棒を二本携える。ハルの元へ近寄り一本を渡す。
太さや重さ、長さなど刀剣や両刃剣に似ている。違うのは先が尖っておらず、殺傷能力がないことだけ。
「今この場で私に一度でも攻撃を与えられたら、街に戻った後でも稽古をつけてやる。できなければ他の者にでも頼むのだな」
ハルは「わかった!」言葉を発し、首を縦に振る。
互いに距離を取ると、臨戦態勢を取る。
「では行くぞ!」
彼女の掛け声で始まった一回限りとなるかもしれない稽古。
強靭な足から生み出される踏み込みは、とても素早く速い。
ハルが瞬きを終えるころには、彼女の木の棒が目と鼻の先まで迫っていた……。
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