第一章 青髪の女戦士

第4話 初めての会話

 自分の名前が決まったところで、臨戦態勢を敷くハル。


 カラカラと音を立てながら聞こえてくる足音は、目前まで迫っていた。


 まとまった休息が取れない状態での連戦となる。戦闘慣れしている可能性があるとしても、目を覚ましたばかりの彼では少し辛いかもしれない。


 逃げるのも一つの手だが、ここがどこか分からない状況で逃げ回るのは、得策ではない。迷子になる可能性がある。


 何の目印もない場所で迷えば一巻の終わりだろう。


 目の前の草木が揺れる。


 カラカラと音鳴らしながら現れたのは、スケルトンだ。それも一体だけでなく、同時に五体のスケルトンがハルの前に立ちはだかった。



 四体は先ほど倒したスケルトン同様、骨だけで構成された身体を露出しているが、一番後方にいるスケルトンは、茶色のボロきれを身に纏っている。


 このスケルトンたちを束ねている長だろう。持っている武器も、他のスケルトンと比べて、少し立派な剣を握り締めている。



 五体のスケルトンを目の前に、ハルの表情が曇る。


 一体ならともかく、五体同時に相手をするのは彼の特異体質からして不可能に近いだろう。


 弾いて魔力を蓄積・解放という一連動作を、複数相手にするには難しいからだ。



 逃げることも難しい。


「うまく立ち回って戦うしかない!」


 言葉に怒気を込め、気合を入れるハル。


 覚悟を決め、刀剣を構えたときだった――。


 スケルトンが出てきた草木の間から何かが飛び出したのだ。


 その動きは素早く、はっきりとした形を捉えることができない。


「フンッ!」


 次の瞬間、スケルトンの群れを素早い斬撃が襲う。


 目にも止まらぬ速さで振るわれる白銀の刃。群れの間を縫うように駆け抜けていく影。


 ハルは目の前で何が起きているのか理解できずにいた。


 そして彼が瞬きをしたと同時に、スケルトンの群れはその場に散っていた。

 



 群れが崩壊した後、その場に立っていたのはひとりの女性。


 肩甲骨までに伸びた青い髪に、整った顔立ち。切れ長の目が印象的で、青蘭色の目が美しさを際立たせている。


 胸や足には鉄のプレートが装備され、片手には両刃剣が握られている。

 

「大丈夫か?」

 

 女性はハルを見るや否や声をかける。


 彼が「大丈夫、ありがとう」と答えると、青色が印象的な両刃剣を、腰に装備した鞘に納めた。


「何者かが戦っている気配を感じたのでな。手助けに入ったまでだ」


「僕じゃどうしようもなかったから、助かったよ」


「しかしなぜ、上半身裸でこんなところにいる。この森は魔物が多く生息する危険地帯だぞ。死にたいのか」


「なんでこんな格好でこの場所に居るのか自分でも分からなくて……」


「なんだ、浴びるほど酒を飲んで記憶でもなくしたか? 酒を飲むなとは言わんが、酔った勢いで来る場所ではないぞ」


 上半身裸でこの場にいる理由が分からないとくれば、変人か阿保。ハルの場合は後者と捉えられ、記憶がなくなるまで酒を飲んだと勘違いされていた。


「そういうことじゃなくて、今までの記憶がないんだ。ここがどこなのかも、なんでこの場に居るのかも……」


 ハルは目を覚ましてからのことを話した。今までの記憶がないこと、記憶を探そうと行動を起こそうとしていること、かろうじて自分の名前と思える文字を見つけられたこと。


 青年の言葉に、女性は相槌を打つ。


「つまり、記憶喪失だと? そして武器に刻まれている『ハル・フワーロ』が自分の名前かもしれないと知ったと? 私には貴様が戯言を言っているようにしか思えんのだが」


「この僕の曇りなき眼を見てもそう言える?」


「言える」


「言えちゃうのか……」


「だが、スケルトンを倒したのだろう? 記憶を失っているのなら戦い方を知らず、ただ逃げることしかできないと思うのだが」


「自然と体が動いたんだ。まるで、何度も戦いに身を投じたことのあるような感覚だったよ」


「まぁ、その話が本当なら、記憶を失う前は冒険者だったのかもしれんな。この森を抜けて半日歩いたところに『ファルン』という大きな街がある。そこで、冒険者ギルドを訪ね、自分の名前があるか調べてみるといい」


「そうしたいところだけど、あいにくどっちに行けばいいか分からなくて……」


「案ずるな。丁度、街に戻るところだ。私が案内する」


「それは助かる。ありがとう。えっと……」


「名乗るのが遅れたな。『リリー・ハロウィン』だ。ファルンで傭兵をしている」


「改めてお礼を言うよリリー」


 ハルはスケルトンの装備していたボロ切れを身に纏い、リリー先導のもと、ファルンへ向けて歩みを進めた。

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