二十九話 赤く光る球体

簡単なあらすじ『ロフター君の無事が確認出来ました!なので帰ります……の前に、依頼を受けていない事を思い出したクボタさんは嫌がるジェリアちゃんと一緒に集会所兼酒場へと戻りました……』




マシー・ニブリック……


格下によってプライドを砕かれた彼女は相棒のドラゴンと共に、クボタがまだ足を踏み入れた事の無い地にて寝食すらも削り戦いに明け暮れる日々を過ごしていた。


……帰る場所などとうに捨てた彼女等には最早、そうする事しか出来なかったのだが。


しかし、居場所を捨てた事、クボタに敗北した事……

それによって一人と一匹の胸中に生じた穴のようなもの。


そこを埋めるかのようにして彼女等の中に芽生えた闘気は、殺気は、凄まじいものであった……心中にあったわだかまり、それらを消し去ってしまう程に。


「クリーク!行きなさい!」


その声に呼応するかのように吠えた彼女のドラゴンは襲い来る魔物達を叩き、切り裂き、燃やし尽くす……


今となってはもう、その姿は暴虐の化身のようであった。


……全ては、あの男から受けた雪辱を晴らすため。

彼女とドラゴンの原動力はそこにあったのだ。




戦う術すらも知らぬまま、彼女達の前に立った事で一方的な殺戮を受ける魔物達……


その遥か上空で、ニブリックとクリークを見つめる一匹の魔物がいた。


「…………良いねぇ、アイツ等。

オレから見りゃちっと実力不足だが、良い感じに擦れてやがる。


心を捨て、世を捨て……今いなくなっても誰一人としてそれに気付かねぇ。


相方がドラゴンって言うのもまた良い。


〝オレと一緒〟だ……気に入った!

よし!アイツ等にすっか!」


その魔物は人語を扱う事が出来たようだ。


男性のものに似た声でそう呟いた魔物は、空を降りニブリック達へと近付いていった。




「…………何なの」


戦いの真っ只中にあると言うのに。

今まで牙を、殺意をこちらに向けていたと言うのに。


突如として魔物達が攻撃を止めた。


中には怯え、逃げ出すものさえいる。

先程までの様子からは信じられない行動だ。


そうして突然にも訪れた静寂に、ニブリックとクリークは驚きを隠せなかった。


その時。


上空から何かが落ちて来る事にニブリックは気付いた。


いや……降りて来る、か。


それは小さく、赤く光る球体のような形をしていたが、それが魔物だと彼女はすぐに分かった。


「……ヒトダマシ?


……まあアレが何にせよ、油断してはいけないのだけは確かね」


……その魔物が、強大な力を有していると言う事も。

ニブリックとクリークはすぐに身構えた。


球体のような魔物はニブリックの目線程の高さにまでやって来ると、そこで降下するのを止めてこう言った。


「お前等、じっとしてな。


今からオレがドラゴンの方を強化してやるよ。

オレの魔力を入れれば、あっという間だ。


目が覚めたら段違いの強さになってるぜぇ……


その代わりと言っちゃあ何だが、お前の身体をちっと貸してもらう……その身体でやりてえ事があるんだ」


言い終えた魔物は彼女達に迫る。


それを見たドラゴンは吠え立てる……が、ニブリックはそれでも尚逃げ出そうとはしなかった。


「……信じて良いのね?」


それどころかそんな事を言った。


魔物は予想外の出来事にたじろいでいるのか、何度か宙に小さな円を描くように飛んだ。


「……お前等が抵抗しようが何しようが、やるつもりだったオレが言うのも何だけどよ。


そこまであっさり受け入れられると、調子狂うなぁ……人外の言葉だぜ?」


「あなたなら出来るでしょう?

そんな事も分からない程私達弱くはないわ。


……どうしても倒したい奴がいるのよ。


ソイツを倒せるなら、何だって……


さあ!やるなら早くして!

私の身体なんてどうなったって良いわ!」


「へへへ、なら遠慮無く……


安心しな、〝オレをこんな姿にしやがった野郎〟と違ってオレはこう言うのに慣れてんだ。


だからお前の意識もきちんとそのままの形で、その身体お前に返してやるよ……


全てが終わったらな」


〝グォオオオオ!!〟


それを止めようとしているのか、ニブリックに接近する魔物へとクリークが尾で攻撃を行う。


しかしそれはするりと躱され、ニブリックの体内へと魔物は入り込んでゆくのであった……




それから少しして、ドラゴンの咆哮がその地に響き渡った。


……そうしてまた、静寂が訪れた。

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