百十二話 次の試合は……

簡単なあらすじ『クボタさんが辱めを受けました』




エリマの野郎、俺を馬鹿にして……

コルリスちゃんだってそうだ、全く……


とまあそのような感じで彼等に憤りを感じていた俺は、『笑い声、たまに嘲笑』の飛び交う家を抜け出しすっかりと暗くなった夜の空を見上げていた。


……とは言っても正直な所、言う程は怒っていない。

どちらかと言えば羞恥の方が大きかった。


だがそれでも、あの時にジェリアと遭遇していなかったのは唯一の救いだと言えよう。彼女にアレを見られたら何を言われるか分かったものではない。


「はぁ……」


俺は首を垂らしてため息を吐き出す。

ジェリアに小馬鹿にされる自分……余計な想像を膨らませてしまい、一人勝手にくたびれてしまったのだ。


そうして俺の視線は普段の位置に戻る。

そうすると、とある光景が目に入ってくる。


それは勿論、夕飯が終わってからずっと一匹で練習を続けているプチ男の姿だった。


最近ではもうすっかり見慣れた風景である。

もう充分な程、コイツの熱意は伝わったから次の試合にはコイツも出場させてあげようか。


……そう思っていた時だった。

家の方からぷるりと音が聞こえ、その音に気が付いた俺がそちらを向くとそこには、これまたぷるぷるな造形をした我が家にもう一匹いるスライム、ケロ太の姿があった。




ケロ太はぷるぷるとしながらこちらへと近付いて来る。


コイツはたまにこうして寄って来る事があるのだ。

その身に纏う無機質な雰囲気からは想像出来ない程、意外と愛嬌のあるそれを、俺は……実は結構、気に入っていたりもする。


「ケロ太、どうしたんだ?」


そう言って俺は手を伸ばす……だがスルーされた。

どうやら今回は俺に用があったワケではないらしい。


となると〝あっち〟か。

俺はケロ太の行く先に目をやる。


すると、ケロ太はやはりと言うべきか、プチ男へと歩み寄っている最中だった。


最近では喧嘩もせず、コイツらが仲良くしているのは知っているが……しかしケロ太は一体、練習中のプチ男に何をしようとしているのだろうか?


もしかして、構って欲しいのか?

いや違うな、アイツは空気の読める子だ。そんな事はしないはず……でも、だとしたら何なのだろう?


それが気になった俺は、もう少し二匹の様子を観察してみる事にした。


だが、ケロ太は自身の存在を知って動きを止めたプチ男と暫く顔(無いけど)を見合わせた後に、二匹でぷるぷるぷるぷると震えているばかりだった。


(何だアレ、ワケが分からないが……まあ、何がしたいのかはこれで分かった……戻ろ)


そう思い、少しガッカリした俺は立ちあがろうとする……


直前に『ケロ太はただ単にぷるぷるしたかっただけ』というのが、どうやら俺の早合点だったようだと気付かされた。


それは何故かと言うと、ぷるぷるを終えた二匹が共に練習し始めたからだ……相変わらずそのワケはあんまりよく分からないが、とにかくそのような目的でケロ太は外に出て来たようだ。


というか……もしかするとこの二匹は、切磋琢磨して実力を高め合おうとしているのではないだろうか?


いや、プチ男も嫌がってはいないようだし、きっとそうなのだろう。まさかスライム達がそんな事を画策していたとは夢にも思わなかった……だが、それが素晴らしい心掛けであるのは間違いない。


うん、実に素晴らしい…………そうだ!


正直エリマかルーが安牌だと思っていたけれども、次の試合はケロ太を出場させる事にしよう!


それと、プチ男も日々の精進に免じて次回の大会には出場させてやる事をここに宣言する!


これはただの思いつきでした発言、つまり不確定事項なんかではなく、確定だ。二匹の頑張りはこれでもかと言う程伝わったのだからな。


だからひとまず、先にやってくるケロ太の試合を勝利に導くため、俺もアイツにしっかりと指導してあげる事にしよう。


そう思い、俺は立ち上がった。

家に戻るのではなく、二匹の練習に付き合うために。




そうして迎えた第三試合の当日。

俺とコルリス、ケロ太は控え室にいた。


(正確に言えばエリマとかルーとかプチ男とかケロ太郎とか、もっといっぱいいるのだが……アイツらは出場選手ではないため説明は端折る事とした)


対戦相手の魔物はガーゴイル(クボタさんの魔物図鑑 その259 参照)だと言う。


Fランクの大会にしてはちょっと強い魔物だそうだが……ケロ太は大丈夫だろうか?


俺はケロ太をぷるりと一撫でする。

そのつやつやな球体は今日に限っては珍しく、体を激しく震わせ続けていたので現在は小型の波のようにも見えた。


ちなみに、それは隣に同じような事をしているプチ男がいるからだ。だから多分……対戦相手の魔物に怯えてそうなっているワケではないのだと思われる。


まあそれなら、ひとまず安心である。

怖がってばかりいたら動きが悪くなってしまうからな。


「クボタさん、もうすぐ試合が始まりますよ」


コルリスがそう言って俺達に控え室を出るよう促す。


もうそんな時間か。

さて、それでは行くとしようか。


「お前達ちょっとの間だから大人しく待ってろよ?

よし!じゃあケロ太、行こうか」


俺がそう言うとケロ太は素直に後をついて来る。

……プチ男も一緒だった。


プチ男はもしかして観戦したいのだろうか。

でも、試合中にぷるぷるされると困るからな……


俺はそのような感じで、どうしたものかと思っていたが、プチ男は控え室を出る直前に足(無いけど)を止め、俺達に向けて……なのだろうか?とにかく最後までまたぷるぷると体を震わせ続けていた。


アイツなりの激励、かな?

まあ良い。それはしっかりと受け取ったぞ。


俺も、コルリスも、それとコイツもな。


そうして俺とコルリスはプチ男と同じくそれが見えなくなるまでぷるぷると震えていたケロ太と共に、会場へと歩き出した。

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