百四話 先輩剣士の悩み事?……そして次の日

簡単なあらすじ『クボタさんはナブスターさんとお話ししています』




「……クボタ君。まだ眠らなくても良いのかい?」


もう話す事もなくなるのではないかという頃、ナブスターさんは俺にそう言ってきた。


多分翌日に試合のある俺を心配してくれているのだろう。だが今はまだ深夜というワケでもないから問題無い。


それに、俺は六時間程度寝れば充分なタイプの人間なのだ。そう出来る時間はまだまだある。


「ええ、僕はもう少し起きてますよ。

アイツもまだやってますからね……」


そう言っている間にもぶにぶにという音は続いている。


プチ男がまだ一人で練習しているのだ。

見守ると決めた手前、コイツがそれを終了するまでは俺もここにいる予定である。


タイムリミットまではな。

しかし……コイツは一体いつやめるのだろう?


練習熱心なのは良いが体を壊されては困る。

もう少し経ってもやめないようなら連れて帰るか……俺はそんな事を考えていた。


「そうかい……なら」


そこまで言ってナブスターさんは黙り込んでしまった。プチ男の弾む音だけが闇夜で静かに響く。


「どうかしたんですか?」


「…………いや、なんでもないんだ。

じゃあ、僕は先に眠らせてもらうとするよ。クボタ君、スライム君。また明日」


そう言って立ち上がると、ナブスターさんは家に戻って行った。


「……」


彼は何か言いたげな様子だった。

そして、その内容は彼の悩み事(多分)……なのだろうが、分かっているだけに余計聞き辛い。


いやでも、家まで来てくれたのだからきっといつか話してくれるはずだ。それまでは待った方が良い。


チャンスはいくらでもあるのだから……そのような事を考えていると、自主練を終えたらしきプチ男がこちらに向かって来るのが見えた。


「もう良いのか?」


俺が言うとプチ男は縦にぷるりと揺れる。

やっと満足したようだ。


「そうか。じゃあ、俺達も寝ようか」


そうして俺達は皆を起こさぬよう、ゆっくりと我が家へ歩みを進める。


ナブスターさんの事は心配と言うか何と言うか……とにかく気にはなるが、俺に今出来る事は無いと思う。


自分が情けない。

だが、どうにもならないのであれば……ひとまず大会に集中するとしようか。


これで負けたりしたら今以上に、せっかく師匠役をしてくれた彼を落ち込ませてしまうのだからな。


(明日は頑張ろう)


俺とプチ男はこれまたゆっくりと家の扉を開け、中に入り込んだ。




翌日、ナブスターさんと別れた俺達はその少し後で闘技場へと向かっていた。


その別れ際彼が言っていたのだが、なんと今日試合を観に来てくれるらしい。


ならば絶対に勝利する所を見せてやりたい……

今更になって俺は少し緊張していた。


「むぁ〜」


〝フフフ、クボタピリピリしてるね〟


だが、そんな俺とは対照的にルーは呑気に欠伸をしていて、すっかり元気を取り戻したエリマは俺を小馬鹿にし、スライム達はぷるぷるしている。


幸い魔物達には俺の緊張が伝染していないようだ。

移ってしまっては困るから、俺も彼等に倣ってなるべく自然な態度でいるとしよう。


「ナブスターさんも観に来てくれるみたいですから負けられませんね!クボタさん頑張りましょう!勿論ルーちゃんもね!」


コルリスも固くなってはいないようだ。

むしろ元気いっぱい、テンション高めと言った様子である。


「いい……そうだね」


一瞬、そんな彼女を見て「いいなぁコルリスちゃんは、緊張してないみたいで」とか言いそうになったが、嫌味っぽく聞こえてしまったら可哀想なので何とか抑えた。


「おや、クボタ様とコルリス様ではありませんか。お久しぶりです」


その時、背後から俺とコルリスを呼ぶ声があった。


それに気付いて俺どころか皆が振り返る。

そこには優しげな視線をこちらに向ける、今日の対戦相手……の執事である男性、トーバスさんがいた。


そう……トーバスさん〝だけ〟がいた。

あとの二人(正確には一人と一匹)はどこに行ってしまったのだろう?


「あら、トーバスさん。こんにちは!」


「トーバスさん。お久しぶりです。

……お一人ですか?」


「ええ……坊っちゃまは『ルーさんを迎えるための飾り付けが納得いかない』と仰り、今はまだ自宅で召使い達にああでもないこうでもないと指示を出しております。それで私は先に一人でこちらへとやって来たのです」


俺達に会釈した後、トーバスさんは俺の問いに答えそう言う。


奴はやはり本気だったのか……

俺はショックを受けてしまい、しかもそれを隠す事が出来なかった。


「ああ!……ク、クボタ様。この度は坊っちゃまが無理を言ってしまったようで、申し訳ありません……


何と言いましょうか、その……

〝もしもの時〟には私から坊っちゃまに口添えしておきますので、どうかご安心ください」


それを見たトーバスさんは慌ててそう言う。


彼の発言の中には聞きようによっては嫌味とも取れるものが含まれていたが、それは恐らく、慌てながら慎重に言葉を選んだ結果口から漏れ出てしまっただけのものであるのだろう。なので彼を責めるつもりは無い。


だが……


「……ありがとうございますトーバスさん。


でも。


負けるつもりはありませんから、その心配はしなくて良いですよ」


今言った通りだ。

彼を責めるつもりは無いが、負ける気などもっと無い。だから〝もしもの時〟なんてものもまた無いのだ。


それだけはトーバスさんに知っておいてもらうため、俺ははっきりとそう言い放った。


「これは大変失礼致しました。

……良い顔になられましたね。それでこそ坊っちゃまに敗北を教えてくださった方に相応しい表情のように思えます。


ならば、私達も手加減は致しません。貴方様との戦いで学んだ事の全て、私達の積み上げてきたもの全て、クボタ様とその魔物にぶつけると致しましょう……とは言っても、最初からそのつもりでしたが。


それではクボタ様、コルリス様、私はこれにて失礼致します。またお会いしましょう。次は好敵手として……」


そう言うと、トーバスさんは歩き去って行った……


「クボタさん!私久しぶりにクボタさんがカッコ良いって思っちゃいました!」


〝フフフ、あの人の言う通りだね。

クボタ、確かにさっきよりもだいぶ良い顔してるよ〟


彼のいなくなった後でコルリスとエリマが囃し立ててくる。


確かに緊張はいつの間にか解けている。

ならば、今の俺は間違い無く先程よりかは大分マシな顔をしているのだろう。彼がそう言ったように。


もしや本心を口に出した事によって、俺自身がそれに感化されでもしたのだろうか……まあその辺りの事はやっぱりよく分からないが、このままの状態で試合をするのは嫌だったからとりあえず良しとしよう。


「うるさいな……というかコルリスちゃんそれどう言う意味!?」


茶化してくる二人には文句を言ってやった。


とまあそんな所で、俺達も闘技場へと歩き始める。


全ては「また会おう」と言ってくれた好敵手との約束を果たすために……まあそうじゃなくても行くんだけどな。

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