百三話 俺達は〝アレ〟を見つめる

簡単なあらすじ『クボタさんは魔法を使う事が出来ました。よかったね!』




今日でルー、ケロ太は低威力ながら安定して魔法を遠距離攻撃として放つ事が出来るようになった。


エリマも戦闘スタイルの変更に段々と慣れてきたようで、終盤はなかなかの戦いっぷりであった。


そして。

俺も遂に魔法を使えるようになった。何度やってもダメだったあの俺がだ。


……素晴らしい。

素晴らしいではないか。


まさかこんなにも満足いく形で今日の練習を終える事が出来るとは思わなかった。本当にナブスターさんには感謝の気持ちでいっぱいである。


あの時は俺の中の不安感を駆り立てるばかりだった夜風達が、今宵は後押ししてくれているようにすら感じる。


これは心に大分余裕が生まれたから。というのもあるのだろう。事実今の俺には、昨日までは心配でしかなかった明日というものをむしろ楽しみだと思えるくらいには精神的にゆとりがあった。


これもまた素晴らしい事だ。

『何も悩まなくて良い』という所が特に最高である。


「ふぅ」


俺は息を吐き出した後で地面に寝転がった。


何故だか丁度良い形に腰を下ろした場所が凹んでいて寝心地は二重丸だ。恐らく、誰かがアルワヒネに投げられてここに着地したのだろう。


……上記した事からも分かる通り、あれこれと考えながら俺はまた〝一人〟屋外にいる。現在時刻は午後21時くらい、といった所だろうか。


まだ早いような気もするが一応、明日の事も考えて魔物達はもう羊達の元へと送り出した。


奴等、今日はコルリスの部屋で皆一緒に寝るらしいから良い夢が見られるだろう。いや、もう見ている者もいるかもしれないな。


でも、俺がそこに呼ばれていないのだけは少し気に入らない。


…………冗談だ。




「やあ。こんな所にいたんだね」


すると、背後から声が聞こえた。


声の主はナブスターさんだった。

顔を上げると普段着姿の彼がこちらに歩み寄って来るのが見える。


「ああ、どうも。

寝床の準備は出来ているんでいつでも寝ちゃって大丈夫ですよ。ただ、俺の隣で申し訳ないですが……」


「いや、いいんだ……夕食と言い、寝床と言い、何から何まですまないね」


「気にしないで下さい。

むしろこっちがお礼を言いたいくらいですから」


そんなようなやり取りの後、ナブスターさんは俺の隣に座った。


ちなみに、まだここにナブスターさんがいる……どころか宿泊しようとしているのは、俺達が今日の礼にと『お泊まり(朝食付き)』プランを彼に提案したからだ。彼がジェリアのように図々しいワケでは全くない。


ただ、間柄としては『つい最近まともに話すようになった程度』な人にお泊まりまでしてもらうというのは流石にどうなんだろう……?


……とは正直俺も思ったのだが、最初の方からナブスターさんは朝食付きという部分に心動かされていたようだったし、それに何より、彼自身がその提案を受け入れてくれたのだからもうこれ以上気にする必要は無いのである。


「……〝アレ〟を見ていたのかい?」


「ええ。アイツなら放っておいても大丈夫だとは思ったんですが、少し気になって」


ナブスターさんが言うので俺は彼の視線の先を見、頷いた。


そこにはプチ男がいる。

夕食後もずっとコイツは一人で練習しているのだ。


ぶにぶにぶにぶにと動き回っていて、具体的に何を練習しているのかはあまりよく分からないが……しかし努力しているのは間違い無い。


そんな魔物一匹残して寝るのは嫌だった。

だからこそ俺はここにいるのだ。我が子同然のぷるぷるを見守るのは親としてむしろ当然の義務なのである。


「さっき、君はむしろこっちが礼を言いたいくらいだと言ったが、それは僕だって同じだよ。


食事や寝床を用意してくれた事については勿論だが、君達はとても珍しい『技』をいくつも僕に見せてくれた。その事にもとても感謝しているんだ。ありがとう。


しかし、まさかあんな風に魔物達を鍛えていただなんてね……驚いたよ。


でも、それ以上に勉強にもなった。

良ければ今度私にも教えてはくれないかい?君達の使う技や身体の動かし方は必ず戦闘で役に立つと思うんだ」


そう言うナブスターさんの目を見ればすぐに分かった。今の言葉は社交辞令などではなく、本気で言っているのだと。


いくら欲しいと思った技術の事だとしても、こうも素直に目下の人間に教えを乞うのは意外と難しい事のように思える。


無駄なプライドが邪魔をしてしまうから……

多分、俺もどちらかと言えば〝そちら側〟だ。


だが、ナブスターさんはそれを簡単にやってのけてしまった……彼の生業に対しての真摯な姿勢と態度に俺は感嘆した。


「勿論良いですよ。というか喜んでやらせて頂きます」


そうしてぶにぶにという音が周囲に響き渡る中、俺達の会話はもう少し続くのだった。

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