九十四話 VSクンピーラ

簡単なあらすじ『第一試合、開始です!』



「始め!!」


審判が声を上げ、とうとう戦いの幕が切って落とされた。


エリマ、頑張ってくれ!

そしてこの戦いに勝利するんだ!




「〜〜!!」


開始の宣言とほぼ同時に相手の魔物使いが自身の魔物であるクンピーラに何かしらの指示を出したようだ。


それはつまり、あの魔物はどの程度までかは分からないが指示を理解出来る程の知能があると言う事と同義……


そして、魔物使いもその事を理解した上で、きちんと司令塔としての役目を果たそうとしている……


やはりFランクという事か。

Gランクの時のようにはいかないと思った方が良いだろう。


というか、Gランクはむしろグダグダ過ぎたような……試合で言うと、ジェリアの時とか、ストラ君の時とか……まあ良い。


とにかく、今は様子見するべきだろう。

そう思った俺は「あまり距離を詰め過ぎるなよ!何かしてくるかもしれないからな!」とエリマにも指示を出した。


すると、先程まで興奮していたクンピーラがそれをピタリと止めたかと思えば、その後すぐエリマの周りをゆっくりと旋回し始めた。


それは人間だったとしてもかなり難しい事に思える。

この魔物と、魔物使いはなかなかの信頼関係にある、という事だろうか。


それよりも……

なるほどアイツ、エリマの『翼が無い方』に行こうとしているんだな。それの起こす風や、攻撃から逃れ優位に立つために。


ただ、意味は分かったが……別にそこは死角というワケではない。つまり弱点ではないのだ。


その事をすぐに思い知らせてやるとしよう。

俺はここで漸く、エリマに攻撃を指示した。


バチィン!!


闘技場に破裂音のようなものが激しく響き渡る。

エリマがクンピーラを尾で思い切り叩いたのだ。


人型トカゲは驚いたような様子ですぐさま後退する。


やはりそちらからの攻撃は来ないものだと油断していたのだろう。そこに一撃を叩き込んだのだから、精神的にも、肉体的にもダメージは大きいはずだ。


だがしかし、倒れるまでの威力ではなかったようだ。

むしろクンピーラはその技を喰らって怒りが沸いたのか、また興奮状態へと戻ってしまった。


『あの音』を聞き、魔物が興奮し、それを見た観客もまた沸き立つ。


正直、これだと俺の声が魔物に届きづらくなってしまう。なるべく控えてもらいたいものだ。


〝ウォオオオオオ!!〟


その時、エリマが吠えた。

マズイ……アイツも場の雰囲気に呑まれて興奮してしまっている。


それは悪手だ。

敵は興奮すれば〝生物本来の動き、そして戦い〟を取り戻し、それが一時的だったとしてもかなりの脅威となる可能性があるのに比べて……


こちらは、『技を覚えたもの』は……

どうしてもそれが生物本来の動きと混ざってしまう……つまり、弱くなってしまうのは確実であるのだから。


「エリマ!落ち着け!」


そこで俺はまた声を上げてエリマに落ち着くよう言った。


しかし、俺の声は興奮した今の彼にとっては雑音と成り果ててしまっているようだ。エリマはこちらを振り向く事さえしない。


「ちょ!ちょっと!」


相手の魔物使いも慌てているようだ。

どうやら相手とクンピーラは信頼関係こそあるものの、魔物の方はそれが怒りに呑まれてしまう場合もあるという、なかなかに短気な性格をしているらしい。


しかし……だとすると相手の魔物も制御不能。

ここからは魔物同士の、激しい力のぶつかり合いになってしまう。


「エリマ!エリマ!落ち着け!一度落ち着くんだ!!」


それで怪我でもしてしまえば、敗北よりも困った事になる。


その事を恐れた俺は何度も呼びかけたが、とうとう決着の時まで、それが彼に届く事は無かった。




興奮した二匹の魔物。

それらの睨み合いが暫く続いたかと思えば、突然クンピーラがエリマに正面から向かって行った。


やはり冷静な判断が出来ていないからこそ、ああした行動をとってしまったのだろう。これはむしろ、攻撃のチャンスである。


こちらが正常ならば、の話だが。


同じく興奮しているエリマは、きちんとそれを対処出来るのだろうか……とは思いつつも、俺はただそんな二匹を見ている事しか出来ずにいた。


すると、エリマは炎を吐いてクンピーラの撃墜を図る。


それは近距離にいる相手にするべき攻撃ではない。

やはりと言うべきか、エリマも判断力を欠いた行動をしてしまっている。


「やめろエリマ!それより後退した方が良い!」


そう俺は叫んだ。

無意味であると知りながらも。


そして、恐れていた事態が起きた。

クンピーラが炎を躱し、エリマの懐へと飛び込んだのだ。


それに焦り、どうにか押し戻そうとするエリマだったが……最早どうする事も出来ずにその背中を地に付けた。所謂、マウントポジションをとられてしまったのである。


これでは対アルワヒネの時と同じだ。

あの時は『油断』、そして今は『興奮』……それによってエリマは自ら不利を呼び込み、相手に付け入る隙を与えてしまったのだ。


だが、今回の相手の力はアルワヒネ程ではないのは確実で、それでいて体重差もある。つまり、焦りさえ捨てればまだまだ勝機はあると言えるだろう。


「焦るなエリマ!まず今は防御に徹するんだ!相手には好きなだけ攻撃させてやれ!それで相手を疲れさせればそこから抜け出すチャンスが生まれるはずだ!


大丈夫だ!お前と相手にはかなりの体重差があるから必ず抜け出せる!だから頼むエリマ!俺の指示を聞いてくれ!エリマ!」


俺は再び声を上げた。

その指示が彼の耳に届く事を願いながら。


相手の魔物使いも何事かを叫んでいる。

恐らく、俺の作戦がバレたのでそれを防ぐため、あちらもクンピーラを落ち着かせようと必死なのであろう……それは決して良い事ではないが、今は感情に呑まれているエリマを正気に戻すのが最優先だ。


そう思った俺は何度も何度も声を張り上げて同じ事をエリマに叫び続ける。


だがその願いが、声が、天にも片翼のドラゴンの耳にも届く事は無かった。そして相手も同じであるらしく、中央にいる二匹は互いに噛み合い、叩き合い、殴り合うという、泥沼の攻防を続けていた。


それが暫く続いたある時、とうとうエリマの堪忍袋の緒が切れた。


彼は密着しているクンピーラに向け特大の炎を放ったのだ。自らもそれを受けると承知の上で……


クンピーラは炎によって弾き飛ばされ、壁に直撃した。エリマは火の粉を振り払うため、地を転げ回っている。


「エリマ!!」


「あっ!クボタさん!」


コルリスが焦った様子で言った。

俺がエリマの元へと走り出したからだ。


その後で俺は上着を脱ぎ、それでエリマに付いた火の消火を試みる。


それは実に心許ないものではあったが、何とか消火出来たようだ。


〝クボタ……〟


かなり疲れた様子でエリマはそう言う。


コイツも頑張っていたのは間違いない。俺は何も言わず、その頭を撫でてやった。




「……あ!」


しまった。消火に必死で試合中だと言う事を忘れていた。もしや反則で俺達は負け…………


ではなかった。

吹き飛ばされたクンピーラが既に伸びていたからだ。


その事に観客達も気付いたようで、大きな歓声が闘技場を包み込んでゆく。


無茶苦茶な試合内容にはなってしまったが……

とりあえず、一勝する事は出来たようだ。

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