八十七話 思わぬ再会
簡単なあらすじ『武具屋でクボタさんが感じた、気配の正体はいかに』
背後に人の気配を感じ……しかもそれに、『俺の方に注目しているのでは?』という感覚を覚えた俺はゆっくりと振り返ってみた。
すると……そこには一人の男性がいた。
俺(この身体の)よりも少し年上だと思われる細身なその男性は、少々やつれてはいるが天然物の金髪と青い瞳、そして高い鼻と身長を持つ、なかなかのイケメンであった。
……いや、『渋い寄りイケメン』と訂正しよう。
しかし、その服装は彼の優れた相貌に見合わない、店にある初心者向けのものによく似た安っぽく白い鎧(?)であり、傷とほつれの多いそれは持ち主のやつれた表情に合わせているかのように、時を同じくしてくたびれた様子でそこに存在しているのだった。
「あっ、すまない!声を掛けようとしたんだが、な……」
その男性は俺の視線に気が付くと同時に、俺をジロジロと見ていた事に対してであろう謝罪をした。
「いえ、別に……ああ、なるほど。
…………な、な、何か、こちらこそすみません!」
そして、謝罪を受けた俺は彼が声を掛けずにいた理由を悟り、赤面してしまった。
恐らく、突然声を掛けたのでは俺が驚いてしまうだろうと考えた男性は、まず肩に手でも置いて自身の存在を伝えようとしたのだろうが……その時に両肩にある〝パッド〟が邪魔となり、『どうしたものか』と俺を見つめるばかりな状態になってしまったのであろう……うわぁ、恥ずかしい。
この時俺は今更ながらも両肩にぷるぷるとしたパッドを装着していた事を酷く後悔し、思わずそれを手で払い除けたのだった。
ぼたり、ぼたりと音を鳴らし、二匹のスライムは俺の肩から床へと落下した。
その直後、奴らは二匹同時にその身をぷるぷるとさせ始める。おおかた『何するんだ!』とでも言っているのだろう。だが、それはこっちの台詞だ。
まあそんな事はどうでも良いとして……
俺は目の前にいる男性の顔に見覚えがあった。
それと多分、彼を見たのはこの世界に来てかなり初めの方だったような気がする。
「……やっぱりそうだ。君、クボタ君だろ?」
マズイ。彼は俺の事を知っているようだ。
早く思い出さなければ……
「ええ、と……」
しかし思い出す事は出来ぬまま、残酷にも時は過ぎてゆく。
そして、その時間は最早、『失念』なのであろうと相手にも気付かれてしまう程の長さとなってしまっていた。
「……すみません。本当に申し訳ないのですが……ど、どなたでしたっけ?」
なので仕方なく、俺は謝罪した上でそう言った。
だが彼は怒る様子など一切なく、朗らかに笑いながら俺の質問へのヒントを与えてくれたのだった。
「ハハハ、気にしないでくれよ。
僕らがまともに話したのなんて面接した時くらいだから、覚えていなくても仕方がないさ」
面接……本当の本当に最初だな。
なら……そうか、この人は。
「あっ、もしかしてナブスターさんですか?」
「思い出してくれて嬉しいよ。
そう、僕はナブスター。久しぶりだねクボタ君」
ナブスターさんはそういってまた笑った。
間違えてたらどうしようかと思ったが……とにかく、良かった。
いつまでも武具屋で話しているワケにもいかず、とりあえず俺達は店を出る事にした。
その際、また俺は気が付けば肩パッドを装着させられていたが、何度振り落としてもどうせコイツらはその度に俺の身体をよじ登って来るだろうと考え、そのままにしておいた。
その後、ナブスターさんの提案で俺達は近くにある集会所兼酒場……の店先にてお喋りをスタートさせた。
何故店に入らないのかは分からなかったが、まあ別に文句は無いので良しとしよう。
「噂には聞いていたけれど、もうFランクになったって言うのはやっぱり本当だったんだね……凄いよ。僕は非常に惜しい事をしてしまったんだな。」
その途中、俺がFランクになったのを知った彼はまるで自分の事のように喜んでくれた。そして、俺を面接で落としてしまった事を非常に悔やんでもいた。
(いや、でもあれは彼が落としたと言うよりは俺が出て行っただけのような……)
やはり彼はあの時と変わらず、心優しい人物であるようだ……同時にニブリックとかいうムカつく女がいたのも思い出したが、それはまあ、なるべく気にしない事とする。
「いえいえ、僕はそんな大層な者ではないんで……ナブスターさんの方は順調なんですか?昇格とか、アライアンスの事とか……」
「……あ、ああ。まあ順調と言えば、そうかな……」
すると俺の言葉を受け、彼の顔が一瞬、曇ったのを俺は見てしまった。
その辺りの事は不順なのだろうか……
いや、多分そうだ。
それに、彼は金銭面でも悩んでいると思われる。
今思えばそれは先程の表情だけでなく、『会話の場に店先を選んだ事』、『服装』等々の事柄からも容易に推察する事が出来たはずだ。
迂闊だった……彼に申し訳ない。
とは思うが、一体何があったというのだろう?どうしても気になってしまう。
「……何か悩み事でもあるんですか?」
「はは、そういうワケじゃ……気を遣わせてしまったみたいだね、すまない」
返答の歯切れは悪かった。
やはりナブスターさんは現在、何事かが上手くいっていないのだろう……
それを聞き出すなんて申し訳なさ過ぎて出来たものではないが、もし彼が自ずから相談してくれたのならばきちんと聞くつもりだ。それくらいなら俺にだって出来る。
いや、むしろそれくらいしか出来ないのだが。
だが、それでも可能ならば力にはなりたい。
彼は〝あの時の俺〟なんかにも優しく接してくれたのだから。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。時間を取らせてしまって、すまなかったね」
「あ……ま、待ってください!
ナブスターさん。今度、僕の家に来てはもらえませんか?そこで改めてお話しがしたいです」
そこで、俺は立ち去ろうとする彼にそんな提案をした。
次は会話の場をもう少しゆっくりと寛げる所に……そうすれば幾分かは彼も悩み事を話しやすくなるかもしれないと、そう思ったのだ。
「……ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
しかし、彼は俺の提案を断った。
しかも俺が何を考えてそう言ったのか見抜かれてしまったようだ。礼を言われたのだから間違いない。
「そう、ですか……」
「ただ、僕も君とはもっと話してみたいと思っていたんだ。だからまた今度、お邪魔させてもらうよ。必ずね」
だが、そうも言ってくれた。
このまま彼とはもう……という事にならなくて良かった。
「なら、今日にでも!
僕は今から用事を済ませて家に戻るので、その後ならいつでも大丈夫です!
多分コルリス……連れももうここに来ていると思うので、用事はすぐに終わりますから!」
「…………!いや、今日はやめておくよ。
だってほら…………君は今から、そのお連れさんとやらを落ち着かせてやらないといけないだろうし、それは多分、かなり大変だと思うからね。僕と話してるような時間は無いんじゃないかな?」
「え?」
俺はそう言って苦笑いしている彼の視線の先に目をやる。
すると『その先』である、集会所兼酒場の窓には……般若のような顔をして、俺を睨み付けているジェリアがいたのだった。
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