八十五話 少年再び

簡単なあらすじ『教わっても魔法が全然使えないクボタさんは、昼食前にサチエと居残り授業をしています』




その後も俺は息を吐き出し、魔力を身体中に行き渡らせ、跳躍する……と言った一連の動作を続けたが、いつまで経っても中年であり青年でもある男は、無様にその場を飛び跳ねているだけであった。


良い匂いが俺とサチエの鼻にも届き、タイムリミットを知らせている……が、焦りよりも疲れが勝り、俺はもう飛び上がる事すらも出来ずにいた。


「ハァ、ハァ……」


魔物達との特訓で鍛えているはずなのに、息が上がり、汗が滴る。ひたすらジャンプするのも結構、疲れるものだなと俺はこの時知った。


「だ、大丈夫かクボタ……仕方ない。今日の所はこれくらいで……」


サチエは俺を心配してそう声を掛けて来た。

彼には悪いがそうしてもらおう。残念ながらこれ以上は不可能だ。


と、思っていたまさにその時だった。


「クボタさ〜ん!!」


この居残り授業に終止符を打つべく、我が家を来訪した相変わらず小生意気そうな天の助け……そう、ロフターが現れたのは。


……いやでも、サチエはもう終了の宣言を出そうとしていたのだし、これ以上天から増員を寄越されても困るのだが。


そう考えた俺は昼食前と言うのも踏まえた上で、とりあえず久々に出会った小僧を追い返す事にした。




目の前までやって来たロフターはサチエを見ると何故か「ぽっ」と頬を赤らめ、俺達に会釈をした。


いや、こんなに礼儀正しい少年はロフターではないな。


と、身体強化の魔法の代わりに名推理を発動させた俺は、とりあえず少年に今は帰るよう促す。


「ハァ、ハァ……ごめんね坊や、俺達は今からお昼ご飯なんだ。用事なら今家の中にいるお姉さんに言ってもらって、また今度遊びに来てね」


俺がそう言うと、家の中から「え!?何ですかクボタさん!?よく聞こえませんけど何か押し付けようとしてませんか!?」という何者かの声が聞こえたが、聞かなかった事にした。


「……クボタさんってとりあえずみたいな感じで僕の事知らない子供扱いしますよね。


まあそれは良いです。

今日は用事があって来ました!


……ボソリ(まあ、〝貴方に〟じゃないんですけど)」


ほう、俺の事を知っているとは。

やはり彼はロフターであったようだ。


「ごめんごめん。でも君の方こそいっつも用事があるからって俺の家に……いや、用事があって来るのは自然な事か」


「そうですよ。じゃなければ何で僕がこんな辺鄙な所まで……ゴホン。何でもありません」


このクソガキ。

まあ、途中で止めたから許してやろう。


と言うか、そんな芸当(?)が出来るようになったとは驚いた。やはり子供とは大人が思っているよりも成長がずっと早いのだな。


だがしかし、用事とは困った。

今はサチエがいるのだからな。


「でも、用事かぁ。今はちょっとな〜」


そう思い、俺が言葉を詰まらせていると、気を回して俺達から少し離れた場所に移動していたサチエは自身が俺の言い淀む原因であると気付いてしまったらしく、こちらの方に視線を向けこう言った。


「む。私の事なら気にしないでくれ。だからクボタ、その少年の話を聞いてやると良い」


「そ、そっか。気を遣わせちゃってごめんね」


するとロフターもサチエに礼を言った……


のだが、ここで俺はいつかの自分もしていた〝ある間違い〟を、コイツもしていたのだと知る事となった。


「す、すみません!

あ、ありがとうございます!



〝お姉さん〟!!」



「…………お姉さんだと?」


サチエはその言葉に反応し、少年へと歩を進める。


どうなってしまうのだろう。

とりあえず彼女……ではなく彼の事だから、子供にブチギレたりはしないと思うが。


そしてロフターの目の前までやって来たサチエは彼と目線を合わせるように屈み、普段とは違う、少し冷たいような口調で話し始めた。


「君。私は男だ。

そもそも何処をどう見て私が女だと……ブツブツ」


やっぱりちょっと怒っているのだろう。

珍しく、今回のサチエの話は長かった。凄く。


だが……その言葉はロフターの耳には届いていないようだ。彼は何故か石像と化しており、ぴくりとも動かずにいたのだから。


しかし、本当に何故……?


……!なるほど分かった。

コイツ確か、サチエを見て頬を赤くしていたな。


おおかたその時、甘酢っぽい理由で心動かされたコイツは、その相手が男であるという事に気付いてこうなっているのだろう。


そんな惚れっぽい性格をしているから罰として石像にされるんだ。ざまあみろ。


「少年。おい少年。聞いているのか?

おい少年……少年?」


「あ、サチエ。彼は大丈夫だよ。さあ僕らも家に戻ろう」


「そう…………なのか?」


そうしてロフターが石化した真相に辿り着いた俺は、彼が動かない事に気が付き、心配するサチエの背を押して自宅へと戻った。少年を放置したまま。


ちなみに、昼食が終わろうかという頃に魔法は解け、少年は石化から解放されたのだった。




ロフターはトーバスさんの目を盗んでここまでやって来ていたらしく、用件だけを話すとそそくさと帰って行った。


そして、その内容とは、『Fランクに昇格した僕の力を今度こそルーさんにお見せします!だから是非、近々大会に出場するので見に来てください!』というようなものだった。


アイツ、いつの間にか昇格していたようだ。

俺達にも内緒で……何故そうしたのかは不明だが、とりあえずそこにかなりの努力があったのは確かだろう。


ならば行ってやろうではないか。

そう考えた俺は彼の応援に行く事を決めたのだった。


だが……トーバスさんに怒られるのが余程嫌だったのか、全ての行動を急いでいた彼の口から『いつの、どの大会に』参加すると言う事は最後まで聞かされなかった。


だからと言うか何と言うか、とにかく仕方がないのでまた近いうちに街へと赴き、そのついでに聞いてこなければならないだろう。


また、そのついでに俺達も近々行われる大会に参加する事とした。


勿論、彼に感化されたのではないと言えば嘘になるが……一番の理由は『我が家の懐事情がピンチだから』である。


エリマの……エリマの食費がな……

育ち盛りのドラゴンとは恐ろしいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る