六話 二回目の地雷原

『簡単なあらすじ 久保田トシオであるクボタさんの登録者名が窪田トシオになっていました。』




「あれ?」

おかしい。字が違う。


俺が書いた記憶はないので登録者用の書類に記入したのは十中八九コルリスだと思われるが、彼女には漢字まで教えていなかったはずだ。いや、そもそもこの世界に漢字なんてあるのだろうか?


というか、ほぼ同姓同名のこの名前には見覚えがある。それは……


俺が生前最後に働いていた建築業の会社にいた『上司』の名前だ。


確か、あの人は最後の挨拶をした時、異世界で面接がどうだと話していたのを覚えている。


……まさか。


俺はコルリスの元に走った。






コルリスはすぐに見つかった。


「コルリスちゃん!ちょっと聞きたい事があるんだ!」


「クボタさん……?どうかしたんですか?」


コルリスは走り寄ってきた俺を不思議そうな表情で見ていたが、それを気にせず俺は彼女へと質問を投げかけた。


「あのさ、ここにある『窪田トシオ』って、コルリスちゃんが書いたの?」


「ええそうですよ。〝前のクボタさん〟から教わった字をそのまま用紙に書いたんです。」


「……やっぱりか」


更に聞いた所、この世界にはやはり漢字は存在していないらしい。


それでは何故、この名前で申請が通ったんだ?


そう思うかもしれないが、我が国の西側にあり、唯一他国の大陸と地続きになっている『ザキ地方』なる場所から、いわゆる『外国人』がたまに訪れるらしく、彼等が似たような字の外来語でものを書いたりするので俺の名前もすんなり受け入れられたそうだ。


つまるところ、国は俺を移住してきた外国人か何かだと認識しているらしい。


まあそれは大体合っているのでどうでもいい。

俺は彼女に質問を続けた。


その結果、以前の俺には『手は両利き』、『ここに来る前の事を聞くと顔が曇る(主に仕事関係)』、等々の特徴があった事が判明した。


そして、そこから判断するに……


以前の俺であったものはほぼ間違いなく、俺の元上司、『窪田トシオ』だった。と、俺は結論を出した。


なるほど、やはりあの人だったのか。


そういえば、以前の俺はコルリスをいやらしい目で見ていたとか……あれは自称神様だとばかり思っていたが、どうやら違ったようだな。


ただし、その犯人が元上司だったとしてもそれはそれで問題なのだが。


しかし、謎はまだ残っている。


一体なぜ、彼はここにやって来たのだろうか?それもこの身体を使い、ゴーストのような状態で。

それに、何故面接なんぞやっていたのだろうか?


まあ、どうせこの件には自称神様が絡んでいるのだろう。後で聞き出してやらねばならない。


いつまた会えるのかは分からないが、必ず覚えておかないと……でもアイツ、最近見かけないような?


「……私も、クボタさんに聞きたい事があります」


一人でうんうんと唸っていた時、ふいにコルリスがそういった。重い口を開くようなその仕草から察するに、恐らく例の悩んでいるらしき事の相談と見える。


「クボタさん……あの、私見ちゃったんです。プチ男君の『力』測定の時、クボタさんが測定機に試し打ちみたいな事をして、それで……」


「え」


「あんな数値、並の人間では絶対に出せないです。クボタさん、あれは一体……どういう事なんですか?」


「それは」



〝俺が、魔物だからだよ〟

……なんて、口が裂けてもいえなかった。


どうやらコルリスが悩んでいたのはこれのせいだったらしい。






私の目の前で、クボタさんがあたふたしたながら言い訳をしている。


私はそれを見て、そこまでしなくていいのに、なんて思っていた。


だって、問い質したいわけじゃないから。この人は悪い人ではない、それは絶対に間違いないのだ。


でも、アレを見てからというもの、過去の出来事達が私を確信に導こうとばかりするから、私はこの人に胸の内を曝け出さずにはいられなかった。


ならいっその事、最後まで言ってしまおうか。


昨日見せた、あの威力の技。


プチ男君、ルーちゃんとの完璧とも言える意思の疎通。


オオアシナガキュウケツの対策を考えていたあの時、キマイラとの戦闘中、プチ男君に指示を出そうとしたあの時、この人の考えている事が手に取るように分かった。


……ねえ、クボタさん。



貴方は魔物なんですか?


貴方は前のクボタさんを消し去り、私の元に現れた魔物なんですか?

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