七話 少女の追憶

星々が冷たく笑う空の下、私は一人歩き続けていた。


弟子入り先の魔物使いから魔物を小屋に入れるのが遅かった事を咎められ、その罰として今から薬草を集めに行かねばならないのだ。


あの人はマモマスターで、私はモンパシストだ。だからあの人は一匹の魔物がもう少し外で遊びたがっていた事に気が付かなかったのだろう。


いや、理由など何でも良かったのかもしれない。私に苦痛を与える事さえ出来れば。


あの人の気持ちは分からなくもない。あの人と日々を共にしても尚、私はせいぜい『魔物と仲良く出来る』程度にしか成長していないのだから。


そんな憎き使えない弟子が自分の指示を無視したとなればこうなるのも必然だろう。私にも非はあるのだ。


私はまだ見ぬ魔物達の影に怯えながらも、目的地に向けて前進を続けていた。


その時、視界の隅で動くものがあった。


魔物だ。大きく、まるで悪夢そのもののような魔物。


それは瞬く間に私の前に立ち塞がり、視界を埋め尽くした。


私は動かなかった。


覚悟は出来ている。こんな真夜中に魔物も連れず、出歩く私は運命の女神すらも見放す程の愚か者なのだ。襲われても文句は言えない。


私は目を閉じ、最期の時を待った。

何故だかふいに頬を伝った一筋の涙の理由を探しながら。


数秒後、顔に風を感じた。魔物が私の息の根を止めるため、腕か何かを振り上げたのだろう。


自らの死を直視せず、瞼の裏に両目を隠したせいなのか、走馬灯は現れなかった。


(お父さん、お母さん。ごめんなさい。さようなら……)


その代わりでもするかのように、走馬灯を拒んだ私の脳裏には、一人前の魔物使いになりたいと言った一人娘を応援し、涙を流しながらも送り出してくれた両親の姿が浮かんでいた。


「ごめんなさい……」


私が思わずそう呟いた時だった。

被食者と捕食者の間にある空間。そこに何かの気配を感じた。


何者かが現れたのだ。


「ごめんよ。君もお腹空いてるんだろうけどさ、この子の事は僕の顔に免じて見逃してくれないかな?」


そこに現れたのは、何と一人の男性だったらしい。彼は幼児に言い聞かせるような口調で魔物へとそう語り掛ける。


すると、獲物に影を落としていた魔物はそれを聞いてすぐに立ち去ったようだった。


今の話を魔物が理解出来たとは思えない。そうすると、ここにいる男性は凄腕の戦闘職……


彼への好奇心が未だ胸に残る死の恐怖を上回った頃、ようやく私は固く閉ざしていた瞼を開き、目の前の人物を目視する事が出来た。


星明かりを頼りに目を凝らす。男性はどちらかと言えば彫りの深い顔をしており、細身ながらも筋肉のついた体付きをしているようだった。服は無地の洋袴と少しくたびれた靴と言う平凡なものを身に付けているが、何故か上体には所々穴の開いた大きな布のような物を巻き付けていた。まるで何処かから逃げて来たかのような恰好だ。


そんな彼は今、一歩踏み出そうとしてはこちらを振り返る事を繰り返していた。この場を立ち去るかどうか悩んでいるように見える。


しかし、目が合った事で男性は立ち止まり、ばつの悪そうな顔のまま私へと白い歯をこぼした。






一人で帰るのは危険だと言った彼は、私にここから歩いてそう遠くない場所にある彼の家に来る事を勧めてきた。


私は迷わずそれを了承し、彼の後に続いた。

それに対して何の不安も覚えなかったと言えば嘘になるが、命の恩人である彼はもう、私の中では充分信用に値する人物となっていたのだ。


道中、私は何度も彼に話しかけた。


そしていくつかの情報を得た。

彼は少し、言葉の誤用が多い。

彼は自身の名前、職業を告げるのに抵抗がある。彼の口の動きと発声には少々の誤差がある。

というような、他愛もない情報ではあるが。


それと、男性の頭上を光の玉のような物が旋回しているのに気が付いた私はこれについても言及してみたが、本人が言うには魔力を使って作り出したものだと言う事だった。


男性は質問が尽きるのを待っていたらしく、ようやく口を閉じた私に何故ここにいたのかと尋ねてきた。


そこでようやく、私は事の次第を説明した。


それを聞いた彼は自らに起きた出来事のように悲しみ、怒ってくれた。


その後で、こう言った。


「あのさ、それだったら〝ある人〟に弟子入りしない?もっともその人は君の師匠よりも知識はないし、そもそも魔物使いだって言う自覚が最初はないと思うけど……でも、その人はきっと君に優しく接してくれるし、きっと君を明るい未来へと導いてくれる、とっても良い人だから。僕にそうしてくれたように」


それを聞き、不安と不満を天秤にかけ、逡巡するはずであった私の心境とは裏腹に……


首は縦に動き、彼の申し出を受け入れていた。




これが、私ことコルリスと、クボタさんが出会うきっかけとなった夜である。

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