三十話 対決！先遣隊ゴブリン！（後編）
練習しておいた三段構えの連撃は見事命中した。ゴブリンは脇腹を押さえて数歩後退る。
良し、いい感じの距離だ。〝アレ〟も決まるな。
「ルー！今度は〝俺がやったヤツ〟だ！」
俺がそう指示を出すとルーはゴブリンに一歩近づき、左のジャブを繰り出すと同時に目を見開いた。
それを見た相手は再び拳を受け止めようと右手を前に出す……が、ルーのそれはすぐに引っ込められ、代わりに飛んできた右ストレートが左胸に直撃した。
そう、これは作戦名通り、俺がツインヘッドボア戦の時にやったフェイント攻撃だ。（さっきから作戦名がアレ、とかヤツとかではあるが、ルーがなかなか横文字を覚えられなかったからこうなったのだ。決して俺のセンスが壊滅的なワケではない）
ただし条件反射と勢いで偶発的に出たアレとは違い、今の技は意外に重要なフェイントの瞬間目を見開くといった動作もフォームも完璧だった。
ゴブリンは胸に手をやり、更に後退する。かなりのダメージがあったのは間違いない。
（いいぞ、今の所は順調だ）
サンディさんとコイツの持つ雰囲気はまさに幾多の戦いを潜り抜けてきた猛者そのもの……逆にいえば戦いの場に立つ選手としてはピークが過ぎているという事だ。
ギガントトロール戦、ダブルヘッドボア戦での自発的に動かない戦闘スタイルが何よりの証拠だ。これはその戦法が得意なのではなく、そうするしかなかったのであろう。
能動的には動けないため、体力の消耗を最小限に抑えながら相手の隙を待ち、カウンターで迎撃する。そんな奴への対策は『カウンターされないような反応の難しい攻撃を連発して最短で勝負を決める』ただ一つだ。
「ルー！そのまま畳み掛けるんだ！」
それを聞いたルーは上半身を左に捻る。
その動きはすっかり得意技となった左フック……は囮で、本当の決め技はフックがヒットした直後にその上半身の回転を反転させて放つ右のローキックだ。
一見地味だが喰らえば分かる。あれは俺が彼女に教えた技の中でも最強クラスの威力を誇る技なのだ。当たれば必ず勝てると断言しよう。
バシンッ！
強烈な打音が会場に響いた。しかし、それはゴブリンが左フックを受け止めた音だった。
本気のルーの攻撃を二発も喰らいながら直立を続け、そのうえ囮とはいえ彼女の最も得意としている技を防ぐとは。
やはりコイツの実力は本物だった。だからこそなるべく早く終わらせて……
「引けい‼︎」
その時、サンディさんが声を上げた。
それを聞いたゴブリンはハッとしたような表情を作り、まだ受け止めたままであったルーの左腕をがっちりと握り締めて後方に飛び退いた。
「なっ……！ル、ルー‼︎」
バランスを崩されたルーは地面に全身を叩き付けられた。そして少女が起き上がるよりも早く、ゴブリンが彼女に覆い被さった。
「あ、あ……」
馬乗りになったゴブリンは無慈悲にも下にいる獲物へと拳の雨を降らせる。
しまった。ルーの戦闘能力の高さに過信し、反撃される事を全く考慮していなかった……
バカだ、俺は本当にバカだ……一体どうすれば！？どうすればいいんだ！？
これは異世界の魔物と魔物の戦い。ブレイクやゴングなんて物は当然無い。なら、なら一体俺はどうすればいいんだ！？
「クボタさん‼︎ルーちゃんが‼︎このままじゃルーちゃんが……‼︎」
コルリスが目の前の光景に耐えられなくなったのだろう。背後からは断末魔のような叫びが聞こえてくる。
だが、叫びたいのは俺も同じだ。
もう、ダメなのか……？
「……………ム゛ッ！ヴゥ‼︎」
突如、ルーが唸った。
初めは苦しみのあまり呻いたのかと思ったが、それは間違いだった。
ルーはまるで……『まだ、戦える‼︎』とでもいいだけな顔をしているのだ。
「……ルー？」
俺がその顔に秘められた真意を測りかねているうちに、彼女はゴブリンの足に噛み付き、なんと自力で脱出してしまった。
束の間の睨み合いの後、二体は呼応するかのようにゆっくりとだがほぼ同時に立ち上がった。片一方の少女は足元がおぼつかず、その正面に立つ巨漢は足を血で赤く滲ませ、荒い息をしている。どちらかが一撃でも喰らえばこの勝負にカタがつくだろう。
「ルー、ルー！頑張れ！頑張ってくれ！そして……勝ってくれ！」
我ながら『俺は何をいってるんだ』と思った。ルーはもう充分過ぎる程に頑張っているではないか。しかし、今の俺はそう叫ぶ事しかできなかった。
二匹の魔物はこれまた同時に動いた。ルーはハイキックで敵の頭部を狙い、ゴブリンは右腕を振り上げ、殴りかかろうとしている。
その動作によりゴブリンの頭が若干下がり、攻撃は当たりやすくなったといえよう。だがルーの方がほんの少し、初動が遅かった。このままだと彼女は攻撃を当てる前に拳を先にもらってしまう……
……俺の予想は外れた。彼女は予想以上に聡明だったのだ。
ルーはゴブリンの拳が振り下ろされる直前、足の軌道を変えた。
彼女の使った技は別名縦蹴り……ブラジリアンキックと呼ばれるものだ。
その蹴りは拳よりも早くゴブリンの顔面に突き刺さり、敵の攻撃は彼女の顔を掠めたのを最後に、途絶えた。
勝った、勝ったんだ。ルーが勝った！
俺は今すぐにでも彼女を抱きしめたかったが、足がいう事を聞かなかった。ドクンドクンと心臓が跳ねて未だに彼女を失う事への恐怖に怯えており、自らの全身を掴んで離さなかった。
静まり返った場内にサンディの拍手が鳴り渡った。それを耳にした途端、何故だか急に俺は動けるようになった。
俺は急いでルーの元に駆け寄る。ところが彼女は俺をするりと躱し、ゴブリンに肩を貸して起き上がらせたのだった。
「……素晴らしい。クボタさん、貴方は本当に素晴らしい魔物を連れているのですなぁ」
気付けばサンディさんは頬を涙で濡らしていた。
「あ、ありがとうございます。でもさっきまでお互い殺さんばかりの勢いで戦ってたのに。俺も何が何やら……」
「聞いてますよ、貴方達ウチの牧場に来たんでしょう？トロールの娘さんと此奴はその時出会っていたんですよ。だから二匹は本来、仲が良かったのでしょう」
あぁ、なるほど。観戦時ルーが指を指していたのは覚えている。その推察は正しいといえるだろう。
でも……だったら尚更理解できない。仲が良かったのであれば先程までの剣幕は一体……試合が終わればノーサイドってやつか？だとしてもあそこまでやれるもんか?
「はっはっは。私の予想だとクボタさんの頭の中に正解はありませんよ」
サンディさんはゴブリンへと歩み寄り、ルーと彼を支える役目を交代しながらそういった。どうやら考えを見透かされてしまったらしい。
「彼女の戦いぶりは一見すると友を顧みぬ、正気の沙汰ではないような行為に見えたかも知れませんが、それは全て〝貴方のため〟なんですよ。貴方に勝利を与えるために、彼女は一時友情を捨て置き、必死に戦い抜いたのです。だからこそ私は彼女を素晴らしい魔物と称したのですよ、貴方達は私共が長い時間をかけて築いた信頼……それと同等に近いものを既に有していたのですから」
ふいに水滴が頬を伝う感覚を覚え、自分が泣いている事を知った。
そしてそれを見たのであろうルーはふらふらと俺に近付き、土埃にまみれた両手で俺の目元を拭うのだった。
更に涙があふれ出た。目に砂が入ったのだろう。例えそうでなくとも、理由を聞かれたらこの時の俺はそうだと答えたに違いない。
「いやはや、全くもって素晴らしい！この勝負私共の完敗です！おめでとうございますクボタさん。これで貴方達は……ややっ！？」
「ルー！？」
ルーが気を失い、俺にしなだれかかった。
すぐさま俺とコルリス、サンディさんの三人は何名かの闘技場の従業員と共にルーとゴブリンを医務室へと運び込んだ。
ルーは疲れて眠ってしまっただけだったので命に別状はなかった。また、選手及び関係者が全員いなくなったので表彰式だけが30分ほど遅延したが、ギャラリーは席を立たずに待っていたようで、会場に戻った俺達をあたたかく迎え入れてくれた。
それを見た俺の目には、再び涙が浮かんでいた。
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