二十五話 敵情視察は一同で
今日俺と戦う予定だった魔物が依頼の最中に負傷し、それが原因で棄権したらしい。その結果俺は無傷で決勝進出となり、別ブロックの準決勝は午後から午前中に繰り上げられたようだ。
ほぼ間違いなく緑の魔物はこの一戦に勝利し、決勝に上がってくるだろう。となれば観戦して情報を集めるのは必須だ。
身支度は既に終わっている。さて、少し早いが闘技場に出発するとしよう。
「あっ、おはようございますクボタさん」
出掛けようとした矢先の来客はサイロ君だ。しかもいつもと違って軽装である。
「おはようサイロ君、仕事中……ではなさそうだね」
今日の彼はサンダルっぽい履き物に膝丈の短パンとシャツ一枚といったコーディネートだ。恐らく今日のテーマは『夏休み』だろうな、知らんけども。
「ええ……今日は親方にいわれて大事な物を渡しにきたんです」
そうか。しかしスマン、その格好だとちょっと気が抜けるな。
「大事な物?サンディさんから?」
「はい……クボタさん、驚かないで聞いてください…………何と!クボタさんに昇格試合の通知が届きましたよ!いやホント凄いですね!これに合格したら確かGランク史上最速っすよ!」
なんともタイムリーな通知だ。ジェリアの雪辱を晴らすためにも合格ではなく勝利を目標に挑まなければならないな。
「お!俺にもやっときたんだ!……でも通知は届いてないけど……?」
「あっ、スイマセン間違えました。通知が届いたんじゃなくて届けに来たんでした。はいコレです」
サイロ君から古ぼけた封筒を手渡された俺は、すぐに中身を引っ張り出して読んでみた。
「…………!サイロ君、キミはこの事を……」
「いや、一応規則なんで直接聞かされてはいませんけど……大体は知ってました。でも俺が応援してるのはクボタさんですから!」
『貴殿は今回出場しているカムラ杯の決勝戦を以て、それを昇格試合とする。相手は先遣隊ゴブリン、魔物使いは…………』
…………サンディ!
サンディさんも大きく出たな……あ、見た目の話じゃない。
だってあっちの準決勝はまだなんだぞ、それなのにもう決勝の相手を自らと決め、いわずのうちに勝利宣言しているんだ。余程の自信があるのだろう。
「傍から見るとそう思うかもしれませんけど、実際親方はスゲー強いですから。あと意外と催し事が大好きなんすよね、まあ通知を見たら分かると思いますけど」
闘技場の観客席で俺の隣に腰掛け、そう話しているのはこれまたサイロ君だ。どうしても俺に通知を渡す係がやりたかっただけで今日は休みらしく、誘ってみたらついてきた。
「ん?ごめん聞き逃したかな、催し事と今回の件は関係なくない?」
「あそっか、クボタさんはなんも知らないんでしたね。昇格試合の決まりくらいは知ってますよね?」
「おま…それは知ってるよ、確か対戦相手は他人に教えちゃダメなんだよね?」
「はい。それに加えて本来観客なしで厳粛に行われる、っていうのもあります。だったらなんで親方は決勝を昇格試合にしたかっていうと、戦いを熱くするために……なんていうんですかね……」
ああ、なるほどね……イベント事が好きだから、とりあえず注目馬である俺との試合を観客に盛り上げてもらいたいワケか……
「……その戦いの盛り上げ役が欲しかった、的な?」
「そんな感じです」
「あっそう……一つ気になったんだけどさ、一応サンディさんが昇格試合の相手だって事は俺しか知らないだろうからルール……じゃなくて決まりには違反してないみたいだけど、勝手にこの試合は昇格試合にする、とか決めても良いの?」
「親方は運営側ですから。それにGランクですよ?テキトーでも大丈夫です」
まーたGランクだからか、本当にテキトーだな……
「それより、良いんですか?奥さん大変な事になってますよ?」
「いやだからコルリスは……え?ああっ!コルリスちゃん!」
皆の分のおやつを持ってきたせいで魔物達にもみくちゃにされていたコルリスを助け、無事観戦のお供は全員に行き渡った。
引き剥がしたプチ男とケロ太はすぐ喧嘩するのでサイロ君とコルリスの膝の上に、ルーは俺とサイロ君の間に座らせた。
「ルーちゃんは本当にカワイイっすね!でも……何か今日は美味そうな匂いがするような?」
サイロ君はルーを見て騒いでいる。ちなみに彼女から芳しい匂いがするのはさっき出店の食べ物に接近し過ぎて髪にタレがちょっとついたからだ。
そんな嗅いでいると腹の減りそうな香水を付けたルーは俺とサイロ君の服の端を掴み、ニコニコと笑いながら羽ばたくような仕草を始めた。
「えへへ、ルーちゃんどうしたのかなぁ?」
「試合が始まるから教えてくれてるんだと思うよ」
「あっ!忘れてた!」
忘れるな、お前の親方の試合だぞ。ルーばっかり見ているからだ……
まあいい、キミの親方のお手並み拝見させてもらおう。
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