二十六話 相当の苦労
No.18 ダブルヘッドボア
魔獣類シシナシクンピラ科
カムラ地方はスライムが一番多く生息しているらしいが、蛇の姿をした魔物も多い。これはその中の一つであるダブルヘッドボアという魔物だ。
全長は5mで体重は500kgとされているが、死ぬまで成長を続ける種類なのでこれ以上にもなる。
この魔物の特徴は体の両端、頭と尾のどちらにも頭部がある事だろう(それでは『頭と尾』ではなく『頭と頭』といった方が正しいような気もするが、ややこしくなるのでそう記載させてもらう)
その頭……一つは飾りで弱点である頭部への攻撃を分散させるために存在しているとの考えが有力だったが、コイツは攻撃される側よりする側……要は捕食者側になる事が多いので偽物を作る必要があまり無く、そもそも普通に動いてなんなら獲物に噛み付いている様子も確認されており、今現在この説は間違いだとされている。
それどころかもう一方の頭部が狙っていた獲物を横取りしたり、移動方向を巡って争っているようなケースも稀に見られるようで、もしかすると両方の頭部は個別に脳を保有しているのかも知れない。
だとすると生物としては大きな欠陥があり、非常に生き辛い生活を強いられている事になる……それか片方の頭を損傷、もしくは欠損しても活動できるように進化した可能性もあるが……
俺はここまで聞いて、こんな悠長…というか単体のクセに協調性もなくどうやって生きてるんだ?と疑問に思ったが、コイツはカムラ地方の中だと結構強い方の魔物なのでその辺は心配いらないらしい。天敵がいるとすればトロール、ギガントトロールと近縁種の魔物くらいだろう。
でもトロールが食われた話はよく耳にする。単体ならば実力はコイツの方が上なのだ。
つまり人間なんぞひとたまりもない。だからロクな対策もない時にコイツに出会ってしまった方は下手に戦うよりも『いのる』のスキルを連発する事をオススメする。
その方がMP消費もなく、ステータスが上昇するので攻撃を耐えつつ頃合いを見て『逃げる』のコマンドで生還できるはずだ。
ただし、上記の方法は俺が昔やり込んでいたゲームの話であり、この世界では通用しない。
闘技場の中央にサンディさんと先遣隊ゴブリンが姿を表した。その実力じっくりと拝見させてもらおう。
対する相手は…うお!デカい蛇が出てきた!
なになに…あれはダブルヘッドボアという魔物なのか。しかも見たところ3、4mはありそうだがあのサイズでも平均よりは小さいらしい。
しかしゴブリンと比べるとだいぶデカいぞ!?
これでも勝算はあるというのか…?
いや、あるようだな…
サンディさんは試合開始直前にも関わらず、落ち着き払った様子で観衆の中にいる俺に向け微笑んでいるのだ。あの少しも動じない姿勢を見れば誰にだって分かる。
クイッ、クイッ
またルーが服の裾を引っ張ってきた。しかも今度は前回のように中央へと指を差してニコニコしている。
「ん?あ〜、もしかしてあのゴブリンってこの前会った奴なのか?」
俺がそう問いかけるとルーはやっと気付いてくれた事が嬉しかったのか、今度は俺の腕を持って上下にパタパタと動かし始めた。どうやら正解のようだ。
おっ!ならルーはロフターに指を差していたワケでも、気に入ったワケでもなかったんだな!良かった良かった……これで心配事が一つ減った……
〜〜〜!
その時観客がうねり、会場の温度がぐっと上昇した……ような気がした。試合開始の合図だ。
すっかり胸の支えが下りた俺は客席に腰を据え、接近する二つの魔物に視線を注いだ。
ゴブリンは相手の魔物に対して胴体を左右に傾ける事なく構え、肘を曲げて顔を覆うようにし、握り拳を作っている。よく見るファイティングポーズにそこそこ近い構えだ。
一方のダブルヘッドボアは鎌首をもたげたオーソドックスな蛇の臨戦態勢ではあるが、もう一つある頭までもが牙を剥き出し低位置から獲物を狙っている。
今の所ダブルヘッドボアの方が圧倒的有利に思えるというのが俺の意見だ。正面に隙があるようには見えないからである。
だがじりじりと前進するゴブリンを前に、多頭の蛇は少しずつ後退している。
ふむ……確かコイツもGランクとしては規格外の魔物に該当するが……若く、戦闘経験が浅いのかも知れない。
今までは体格差で勝利していたが、首を持ち上げた自分と大差ない身長で自らを恐れもしないゴブリンに気後れしている、といった所だろうか。
そんな風に後退りしていたダブルヘッドボアはとうとう壁際に追い詰められてしまい、文字通り後がない事に気が付いたのかようやく攻撃を仕掛けた。
まず地に付いている方の頭が動いた……が、ゴブリンはすかさずそれの首根っこを掴み、行動不能にした。
とはいえ相手は二段構えだ。下の頭を止めるために屈んだゴブリンへと頭上から鋭い牙が迫る。
しかし、俺ですらそう動くのは予想できたのだ。ゴブリンがそれを予期していないはずがなかった。
何と奴は上体を僅かに動かして攻撃を躱し、空いているもう一方の手でまたもや相手の首を掴んであっという間に戦闘不能にしてしまった。
そして賞賛の嵐の中、サンディと……ゴブリンまでもが再び俺へと視線を向けたのだった。
『どうでしたかクボタさん?決勝相手の実力は』とでもいいたげな表情をして。
「クボタさん……ルーちゃんに何かあったら大変なんで、棄権、それか降参する勇気だけは持っていて下さい。親方相手にあのダブルヘッドボアは結構頑張った方なんですよ?……クボタさん?」
「…………あ、ごめん、何?」
「もしかしてちょっとビビっちゃいました……?いやバカにしてるワケじゃないんです、さっきも言いましたが親方は強いですから、するなっていう方が難しいですよね……」
恐らく険しい顔をしていたのだろう。サイロ君はあれと戦わねばらない俺の境遇に心底同情しているようだ。どうやら勘違いさせてしまったらしい。
「あぁ違うんだ。サンディさんって最初会った時もっとのんびりした印象だったけど…本当に強いんだなぁ、って感心してたんだよ」
「あれ、結構余裕そうですね?」
「うん……多分、勝てるから」
勿論かなりの強敵には間違いない。でも俺は今日の試合を見て分かったんだ。
心配ない、必ず勝てると。
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