二十三話 良薬はウマし

No.17 マンドラゴラ変種

魔草類マンドラゴラ科


マンドラゴラの変種は数がかなり多く、全部書いていたら俺の魔物メモがマンドラゴラ大辞典になってしまうので、とりあえず一例だけご紹介しよう。


えー、まず生息地は多過ぎてイマイチよく分からん。街にも牧場にもいるしそこら辺にもいる。


身長は25〜40cm、重さは750g〜2kgだ。ちなみにこれはマンドラゴラの中でも大型のヤツだな。


色は一般的に淡色で白いとされているが、赤、緑、黄…などの体色をしているものも存在する。


あとコイツ、薬草としてではなく普通に食える。煮物や薬味、その他色々な調理法で食す事ができるぞ。


この前牧場で買ってきたのは最高だった。やはり収穫してすぐが一番美味い。


しかし、『ウチは農家じゃないしそんなモノ簡単に手に入らない!』という方もいるだろう。


そんな皆様も大丈夫、新鮮なものの見分け方をお教えしよう。根の部分がツヤツヤで、なるべく真っ直ぐなやつを選ぶと良い。あんまり他の人に話しちゃダメだからな?すぐに売れ切れてしまうぞ?


……ここまで話してみてお気付きの方もいるかもしれないが、これはもう、ほぼダイコンの話である。それは俺も認めよう。


でも仕方がないのだ。だってこのマンドラゴラの変種は名前以外ダイコンなんだから。


もういってしまったのだ、これもバラしてしまおう。この世界の根菜類は全てマンドラゴラに分類される。全てだ、全部だ、ぜーんぶだ。


それなら俺とコルリスはこの前叫び散らかす野菜共を両手に抱えていたのか?と勘違いするかもしれないが…それは違う、人的に管理されているものは品種改良に成功しており、顔もなければ引き抜いた途端に叫び出す事もない。


逆にいえば…そこら辺に生えているものはいくら腹が減っていても耳栓なしで引き抜いてはならない。


マンドラゴラ変種の説明はこれで以上となる。最悪でも今いった事だけ覚えておいて欲しい。






「うわあああぁぁぁぁん!!」


「もういい加減泣くのはよしなよ……キミは頑張ったって……」


試合観戦の翌朝、家に突如ロフターが現れ挨拶もなしに泣き始めてからかれこれ30分は経過している。


悔しいのは分かる。しかしだな、俺だってあんなものを見せられてしまっては焦らずにはいられないのだ。


今日は朝から対策を織り交ぜた練習を行う予定だったんだが……困ったものだ。


「仕方ないな……」


俺はロフターの手に、そっと〝あるモノ〟を握らせた。


「うううぅぅ…何ですかコレ、あったかい…あっ!あ、あ…あうあうあう…」


それはルーのおててだ。効果は抜群、ほれ見ろもう泣き止んだ。


それどころか目を赤く腫らしたロフターに母性本能をくすぐられたのか、ルーが彼の頭をナデナデするという素敵なオプションまで勝手に追加されている。本来ならば金を取ってもおかしくない内容ではあるが、このまま帰ってくれるのならば見逃すとしよう。


「ぼ、ぼ、僕、もっと頑張ります!そしてルーさん!貴女と…んぐっ」


おっとそれ以上はいわせないぞ。よし元気になったな、さあ今日は帰るんだ。


「クボタさ〜ん!」


今度はコルリスか、一体何だというんだ。


「アライアンスの緊急招集です!ジェリアちゃんに何かあったのかもしれません!」


「えっ?」


「とにかく急ぎましょう!」


午前中に練習できる確率はこれで絶望的な数値となったが、彼女に何らかの危機が迫っているとなれば仕方がない。


俺達は身支度も早々に家を飛び出した。


「…………ロフター、付いてくるのは構わない。でもルーの手はそろそろ離すんだ」






「いらっしゃい。あら、ロフターもいるのね、まあいいわ、とりあえずお茶にしましょ」


ジェリアは皆を彼女の自宅だという、大きな大きなお屋敷へと招き入れた。


割ったらとんでもない額を請求されそうな壺、にこやかに笑う女中らしき方々、その他『これで貴方もお金持ち!』みたいな講座で勧められそうな物品は一通り揃っている。


しかし、それよりも俺の目を引いたのは中庭で跳ね回る大量のスライム達だ。ジェリアの愛するこいつらを一匹でも踏ん付けてしまえばたちまちスライム類憐れみの令によって厳罰に処されてしまう事だろう。


…ふむ、これだけ証拠が出揃っていれば俺のようなアマチュア探偵でも読み違いはしない。恐らく彼女は御令嬢だ。それもハイレベルの。


「ねえロフター、あんた昨日の試合…」


「ジェリア!その話はやめてくれよ!」


ジェリアはロフターとも顔馴染みだったようだ。二人の会話を聞いていれば分かる、確かこの坊やも金持ちらしいのだから、どっかのパーティーやらなんやらで知り合いでもしたのだろう。


というか彼女は前にこの坊主を『ボンボン』と呼んでいたような…それは君も一緒じゃないか、同族嫌悪か?


「………いいなぁ」


不意に羨望が口をついて出てしまった。とはいえ我が事ながらそればかりは致し方ないと思う。


俺とコルリスは高級であろうジェリア提供の紅茶を大事に大事にちびちび飲み、ジェリアとロフターはそれが冷めてしまいそうな事も気にせず話しこんでいるのだ。この構図を見れば貧富の差を意識せずにはいられないだろう?


まあいい、嫉妬とは醜いものだ…それよりもジェリアはなぜ俺達を緊急招集までして呼び出したのかそろそろ教えてもらおう。それをさっさと終わらせて早く帰りたい。ここに一般人が長居すると銭の勘定ばかりしてしまって身体に毒だ。


「それでジェリアちゃん。何かあったの?もしかしてこのためだけに呼んだんじゃない…よね?」


「失礼ねクボタさん、私は誰かさんみたいにちょっとした用事で緊急招集なんかしないわよ。それにちゃんと家にいたんだからまだマシじゃない、誰かさんとは違ってね」


「ひぐぅ……」


確かに牧場へと皆を先導したのは俺だが、緊急招集をかけたのはコルリスだ。つまり彼女が変な声を出してダメージを受けるのは必然なのである。


ジェリアもそれを見てある程度察しがついたのか、動揺を抑えながらこう続けた。


「あっ……ゴホン!貴方達を呼んだのはね、ミドルスライムの事で頼みがあったからなの。あの子、なんとなくだけど最近ちょっと調子が悪いみたいで…だからクボタさんとコルリスにも薬草になりそうなマンドラゴラ集めを手伝って欲しいのよ」


なるほど、俺達よりかは随分とまともな理由だ。でも依頼とかアライアンス関係の事じゃないんだったらそっちも職権濫用と同じなんだからな?


「そういう事なら勿論手伝わせてもらうよ。でも俺達に頼むよりジェリアちゃんの家の人達を総動員させた方が早そうな気がするけどな」


俺は心中での発言は胸の内に仕舞い込み、先程から思っていた事をジェリアに尋ねてみた。


「ダメよ、皆戦闘職じゃないもの。もし魔物と出会ったりでもしたら大変だわ」


「ならしょうがない、しかしジェリアちゃんは運が良いな、ね?コルリスちゃん」


「ですね。私達ちょっと前までしょっちゅうマンドラゴラ引き抜いてましたからやり方も場所も知ってますし」


「あら頼もしいわね。でも普通のはもう試したんだけどあまり変化はなかったのよ、だから今度はマンドラゴラの変種を試してみようと思うの」


「変種?」


「ああ、それは私が説明しますよ……」


俺が首を傾げていると、コルリスがそれについて詳しく解説してくれた。


ほう、根が可食部の植物…つまり根菜類は全てマンドラゴラと呼ばれ、なおかつ俺達がよく採っていたような普通のマンドラゴラ以外はマンドラゴラ変種に分類されるのか。


ん?そうなると………


「ところでなんだけどジェリアちゃん、変種って沢山いるみたいだけど…一体その中からどれを集めるのか、聞かせてくれるかな?」


「何が効くのか分からないから、とりあえず見つけてきたものは全部与えてみるつもりよ、だからできるだけ沢山採ってきて、量も種類もね」


うわ……聞かなきゃ良かった……とんでもなく大変じゃないか……


「ジェリアちゃんとミドルスライムのためですよ!頑張りましょうクボタさん!」


「大変そうなので僕も手伝いますよ!」


コルリスとロフターはそれを聞いてもなおやる気でいる。二人とも良い子だな、先にデメリットを考えるような大人にならないでこのまま成長してほしい。


「お……俺は急用があるから……」


「あらそう、まあ無理強いはしないわ…そうそう、確かミドルスライムが調子悪くなったのってクボタさんを捕まえた後なのよね。約束もすっぽかすし、ウチの子にあんな無理までさせといて」


「冗談だって!やるよ、やればいいんだろ……」


そんなこんなで大規模なマンドラゴラ収穫作戦は幕を開け、同時に彼女には貸しが一つできたというワケだ。今度俺も何かさせてやるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る