二十二話 青二才の奮闘

午後からも引き続きカムラ杯の試合が行われるらしい……つまりロフターは俺達と同じ大会に出場していやがるのだ。


恋する少年よ、優勝したらどうたらと手紙に書いていたが、これだとルーを倒す前提の話になるけどいいのか?あれはラブレターの皮を被った遠回しの挑発だったのか?


「どうしたんですか?そんな難しい顔して。はい、おやつ買ってきましたよ」


「あ…ありがとうコルリスちゃん。」


コルリスはあんまり気にしていないようだ……なら俺もそうするか。むしろ戦う可能性があるんだったらこの際がっつり彼の試合を見て情報収集させてもらおう。


「ねえ、コルリスちゃんはこの試合、ロフターが勝つと思う?」


「相手にもよりますけど…勝ちは決まってるようなものだとは思いますよ。単純な力だけでもギガントトロールに勝てる魔物なんてそうそういませんから」


「なるほど…でもあいつ、あのサイズ的にほとんどの対戦相手が自分より小さいでしょ?なのに小柄な魔物はちょっと苦手なんだ。だから力の差があったとしても勝つのは難しいかも知れないよ?むしろいつ負けてもおかしくないんじゃないかな」


「あぁ…クボタさんルーちゃん基準で考えてますね。いいですか?これはGランクの大会なんですよ?あんな体格差を実力だけで覆せる魔物なんて普通いませんよ」


「あ〜、それもそうだね」


「まあそう思っちゃうのも仕方ないです…そもそも私達の回りがおかしいんですもん。ロフター君もそうですし、ジェリアちゃんが連れてるミドルスライムだってGランクでは滅多に見かけない充分強力な魔物です……それとルーちゃんも」


「じゃあ俺達の回りがおかしい、っていうのには俺達も含まれてるって事だね」


「フフッ、そうなっちゃいますね。あ、そろそろ試合始まるみたいですよ」


コルリスにそういわれ、俺はおやつ欲しさに纏わりついていたプチ男を彼女の膝の上に置き、左隣にいるルーに正面を見るよう促してから闘技場の中央に視線を移した。


安い席にしてしまったので遠くて分かりづらいが、俺の方から見て右側がロフターの陣営なはずだ。馬鹿デカい目印もあるし間違いない。


となると左側が今回の相手だ。魔物は緑色で人型……トロールだろうか、それか見た事がないので断定はできないがオークかゴブリンの可能性もある。


ただ、何にせよルーよりかは上背があるので小回りのきいた動きはできないと見た。そうなると消去法で正面から殴り合う戦法があの魔物の最善策となってしまうだろう…これはロフターの勝ちだな。


クイッ、クイッ


不意に服の袖を引かれたので振り向いてみると『見て見て!』とでもいいたげな顔をしたルーが中央に向けて指を差していた。


「ん…?ああ、試合だね。終わるまで大人しくしてるんだぞ」


全然意味わからないけど可愛い…イルカショーではしゃいでる子供みたいだ。


…ハッ!もしかしたらロフターを気に入ったのか!?呑気な事いってる場合じゃなかった、絶対にあいつの優勝だけは阻止しなければ…


「難しい顔の次は怖い顔してるんですか…?ホラ、始まりましたよ」


「あっ、ホント?」


気付けば試合が始まっていたようだ。キマイラ戦の時よりも若干多い観客は沸き立ち、中央の二体はゆっくりと動き出した。


先に仕掛けたのはギガントトロールだった。巨大な両手を振り回し、平手打ちを狙っている。


「おぉ…」


今の動きだけで分かった、小僧はなかなか成長している。チャンスでもないのに乱発される大振りで隙だらけなパンチをやめさせ、通常攻撃にあいつの手の大きさを最大限活用できるビンタを採用するとは。


一方で相手はこれを全て躱し、じわじわと前進している。こいつの飼い主はルーとの一戦を見ていたのかも知れない。どうやら懐に潜り込ませようとしているようだ。


「〜!」


その時、ロフターの声が場内に響いた。何をいったのか聞き取れはしなかったが、恐らく指示を出したのだろう。


するとギガントトロールが片足を振り上げ、その直後に地響きが起こった。踏み付けを狙ったというよりは相手を引き離すことを目的としたような攻撃だ。


なるほど、今回の大会までに弱点を克服する事はできなかったが、ならば足元に入れさせなければ良い。と考えたワケか、やるなロフター…


しかし相手の魔物もかなりの手練れである事は間違いない。ギガントトロールに怯えもせず淡々と攻撃を躱し続けているのだ。いくら優勢といえども決して油断してはならない。


この勝負、どちらが勝つのか分からなくなってきたぞ…


「面白くなってきましたねクボタさん!」


「うん。他の人の試合を見るのは初めてだけど……結構楽しいもんだね」


「ですよね!入場料も思ってたより安いですし、また来ましょうよ!」


コルリスは興奮しているらしい。プチ男に持っているおやつを8割方食われても気付かないでいる…


「〜!」


またロフターが指示を出すのが聞こえた。そういえば名ばかりとはいえ彼の応援のためにやってきたのをすっかり忘れていた。今からしてやろう。


そう思い俺が目を戻すと、踏み付けを避けた敵の魔物にギガントトロールが前回のように全力で拳を振り下ろそうとしていた。


それはマズいんじゃないか!?別に敵はまだ弱ってるワケじゃないだろ。あいつ……思い通りに攻撃が当たらなくて勝負を焦ったな……


それを見た敵の魔物は、すぐさま巨人へと走り出す。


ヤバい、悪い予感が当たった……


「ロフター!読まれてるぞ!」


そう叫んではみたが、俺の声は観客のどよめきによって喰らい尽くされてしまい、届く事はなかった。


拳を掻い潜った魔物は前転しながら背後へと回り込み、膝の裏に肘を入れ、体勢の崩れたギガントトロールの顎に全体重をかけた膝蹴りをお見舞いする。


それを喰らった巨人は、何と反撃する間もなく陥落してしまったのだった……


「マジか…」


ルーの戦法をパクったとはいえ、Gランクであの体格差を覆せる魔物が今まさにもう一体現れてしまったのだ。


要注意人…魔物としてよく覚えておこう。せめて何の魔物なのかだけでも分かればいいのだが…


まあいい、それにしてもロフターはよく頑張った。後で声でもかけてや…かけない方がいいか。


「…コルリスちゃん、帰ろっか。また見にこよう、〝アイツ〟の試合の時にね」


「はい!もちろんお供しますよ!」


打倒人型の魔物に向けて結構含みのある言い方 (カッコつけたともいう) をしたはずだが、コルリスは素直に返事をした。


よっぽど楽しかったんだなコルリスちゃん…そんでもってこの子、俺と一緒でロフターの応援にきた事忘れてんな。

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