十四話 蚊柱を越えて

No.11 ダイオオアシナガキュウケツ

魔虫類アシナガキュウケツ科


最初にいっておくが『ダイオオ』で合ってるからな?間違ってないぞ。だから王様ではなくて『大きくてでっかい』って意味だな。


こいつは身長が1m〜から1.2m、体重が20g前後という『悪夢からそのまま出てきた蚊』みたいな魔物だ。


オオアシナガキュウケツの成長した姿であるダイオオは前者と比較すると体重が急増しているのが分かると思うが、それは更に巨大化した口器のお陰である。とはいっても1円玉20枚と考えるとそうでもなく感じられるが。


これによって小さな肉片なども飲み込む事が可能となり…まあ簡単にいえば捕らえた獲物の可食部が大幅に増えるから栄養もより多く取れるようになったのだ。


なので今後獲物になる予定のある者は気を付けて欲しい。狙われれば血だけでなく肉まで持っていかれるので命の危険があるぞ。


ただしこいつはオオアシナガキュウケツの作り上げた巣からは滅多に出る事はないので彼らを無闇に刺激したり、巣にちょっかいを出したりしなければまず襲われる可能性はないといえるだろう。


それにダイオオはただでさえ重くなった体重に加えて産卵のために栄養を蓄えている場合が多くそこまで早く飛べる訳ではない。むしろ徒党を組んで動き回るオオアシナガキュウケツの方が遥かに厄介である。


そしてこれは余談だが、オオアシナガキュウケツ、ダイオオ共に寿命は約半年だ。


この数値は俺が元いた世界の越冬をする蚊と同等であり、肉体と心臓が大きくなったにも関わらずこの程度なのは素早さまでもを求めた代償なのかも知れない。






コルリスにはまた囮になってもらって…でもその後どうする…?飛んでるあいつらに攻撃が当たるのか…?じゃあコルリスには一度刺されてもらって…


ダメだ、何度考えてもコルリスが犠牲になる前提の方法しか思いつかない…


「クボタさん、私もう嫌ですよ」


そんなに俺は分かりやすい顔をしていたのだろうか。コルリスは俺の脳内にて立てられた作戦はお見通しだとばかりにそれを拒絶するような瞳でこちらを睨んでくる。


「え!?あ、いや大丈夫だよ。そんな事させないって」


「そんな事ってどんな事ですか?」


「あ…何でもない」


またもやコルリスに鋭い眼光を浴びせられた俺はそれ以上何もいえなかった。


ご存知の通り、前回オオアシナガキュウケツの討伐に失敗した俺達は自宅に戻って作戦を練っている最中だった。


とはいえ全く良い案が浮かばず、依頼主に報告をしなければならない期日と共に焦りの感情までもが俺へと迫ってくる。


「ハァ…まずあいつら多過ぎて俺達だけじゃどうにもならないよな…でも今から新しい魔物を仲間にするってのも難しいし…」


「う〜ん…私達に今できる事といえばプチ男くんも連れて行く事くらいですかね…」


「プチ男?あいつ今回は何にもできなさそうじゃない?」


「でもほら、プチ男くんって何でもかんでも食べるじゃないですか、しかも沢山。あれくらいの魔物なら10匹や20匹、簡単に食べちゃうと思いますよ」


「マジか…!ただそれでも全然足りないんだよなぁ…」


俺が物足りなげにそう呟くと、今まで頭の上に乗っていたプチ男がテーブルの上に全身を大きく伸ばして飛来した。


「うわデカ!お前そんなに伸びるんだな…」


プチ男は今1メートル四方くらいはある。暑い日にこのテーブルクロスを敷けば見ているだけで清涼を得られそうだ。


「あ!これであいつらを全部包み込めないかな?で、動きを止めた後にゆっくり食べてもらうとか…」


「悪くない…ですけど、それにはちょっと小さ過ぎますね…」


「そっか、まあそうだよね、ミドルスライムくらい大きかったらできるんだろうけど…」


「ミドルスライムですか……………

それ!それですよ!」


「え?」


突如興奮し始めたコルリスを前にした俺はただ首を傾げる事しかできなかった。






「なるほど…それで私が呼ばれたってワケね」


先頭に立って森をずんずんと進むジェリアはそういって俺達にちらりと目をくれた。


「ごめんねジェリアちゃん。無理いっちゃって」


「いいのよ全然!私はプ…コルリスの手助けができればそれで」


今プチ男っていいそうになったな。相変わらずブレないプチ男愛だ。


しかしジェリアとコルリスがまともに会話しているのは初めて見る。コルリスに新しい、しかも歳の近い友達ができておじさんは嬉しいぞ。


「ジェリアちゃん。本当に助かるよ。報酬が出たら必ず半分にするから安心してね」


「あら?クボタさんがそんな心配しなくても私は受け取れるから大丈夫よ。だって私達、アライアンスじゃない」


俺の申し出を聞いたジェリアはおかしそうに笑った。


「え?アライアンスってあの…?でも俺達、いつ契約したっけ…?」


「あの〜、クボタさん」


俺が疑問符を掲げていると、申し訳なさそうに眉尻を下げているコルリスが耳元で囁いた。


「それはですね、この前私とジェリアちゃんで街に出かけた時に…」


あの時か、恐らくジェリアがプチ男に会いたい一心でコルリスを口説き落としたのだろう。


「…そっか、大丈夫。ある程度察しはついたよ。でも魔物使いだけでアライアンスが組めるもんなんだね」


「ええ。そこに制限はありません。むしろ低ランクの戦闘職で選り好みなんてしてたら誰もアライアンスになってくれないので似たような職業とか能力でもとりあえず集まって依頼に挑む人は多いんですよ」


「へ〜…ところでさ、コルリスちゃんもジェリアちゃんも『アライアンスを組む』とかじゃなくて…なんていうか…そうそう、なんで『アライアンスになる』みたいにいうの?」


「あぁ、それはこの国の方言みたいなものですよ。元々は普通にアライアンスを組む、結ぶ、みたいに使ってたのが、そのまま依頼を共に行う者達の名称になっていった。って私は教わりました」


「ふ〜ん。どこの世界にもそーゆうのあるんだなぁ」


「…クボタさんって何も知らないのねぇ。まあいいわ、そーゆうワケだからこれからは困った時は…いいえ、困ってない時でもいつでも呼んで頂戴」


声を潜めて話していたつもりだったが、ジェリアに聞かれていたようだ。事実だが少し恥ずかしい…


「う…うん。ありがとう。」


こうして勝手にアライアンスを組まれていた事が発覚したが、それがなければまた俺達だけで蚊の大群に攻め込まなければならなかったかと思うとゾッとする。むしろこれは喜ぶべき事だろう。


「確かに、俺達だけよりずっと頼もしいよ。ジェリアちゃん、これからよろしくね」


「……」


ジェリアの返答がない。俺が無知過ぎて呆れてしまったのだろうか。


「あいつらの巣が見えてきたわ」


そういうワケでもなかったらしい。俺は少しほっとした。


…が、のんきな事をいうのはここまでにしよう。


「じゃあジェリアちゃん。作戦通りに」


「えぇ…でも試した事がないから、ダメならダメですぐ撤退する。いいわね?」


「勿論」


手短に言葉を交わした俺達は二組に分かれた。


オオアシナガキュウケツの巣を中心とした東側には俺とルー、それとジェリアの相棒であるミドルスライムが。西側にはコルリスとジェリア、そしてプチ男のそれぞれが茂みに隠れる。


西側の部隊が隠れ終えるのを見届けた俺は、すぐさま巣に向けて石を投げつけた。


すると、出るわ出るわ、オオアシナガキュウケツが次々と。まるで巣が黒煙に巻かれているようだった。


俺は若干の吐き気を覚えたが、意を決して立ち上がり、手足をめちゃくちゃに動かした。


これは別にふざけているのではない。オオアシナガキュウケツは動くものなら獲物と判断して襲いかかってくるという。なのでそれを逆手にとって向かってきた所を俺とルーで広げたミドルスライムで包み込んでしまおうという作戦なのだ。


コルリスとジェリアはその際捕まえ損ねた奴をプチ男で捕縛してもらう予定だが…なるべく危険に身を晒して欲しくない。なので不味いと感じたら俺の事は気にせずすぐ逃げろとは伝えてある。


しかし健気なコルリスと俺をプチ男と会うための口実としては大切に思っている(これは俺のただの勘だ)ジェリアの事だ。必ず飛び出してきてしまうだろう。


つまり彼女達の命運は俺とルーにかかっているのだ。最悪取り逃すにしても最小限に抑えなければならない。こんな恥ずかしい事をしている今でさえ緊張で顔が強張るのを感じる。


「ブフッ!」


突如、俺の動作を見ていたジェリアが吹き出した。


馬鹿、ふざけるな。お前はこの重大な局面でふざけきっているが、俺がふざけているのは動きだけなんだぞ。


まあいい…後で文句いってやる。


「ルー!やるぞ!」


予定通り、俺へと狙いを定めた黒雲を返り討ちにするため一人と一匹でミドルスライムを掴んだ。


「ぐっ…おおぉおおぉおおお!」


かなり重かったがルーの助力もあって(力の割合としては俺が彼女のサポートをしているといった方が正しいだろう)何とか巨大な虫網は完成した。


その直後、オオアシナガキュウケツどもはぶよぶよとしたそれに直撃し、網の役割をするはずだったミドルスライムは虫入りの琥珀のような物に姿を変えた。まさに猪突猛進、車は急に止まれないという事だな。


羽音は止み、森には静寂が訪れた。


やった、やり遂げた。飛び回る黒い影は全く見当たらない。ここまで上手くいくとは思わなかった。


「やった…やったぞ…やっ」


バキバキバキ!


俺がせっかく上げようとした勝利の雄叫びを無人、いや無虫となったはずの巣がかき消した。


そうして現れたのはオオアシナガキュウケツなんかよりも遥かに大きな蚊…あれが噂に聞くダイオオアシナガキュウケツだ!


「あ…あれは!」

「すっご〜い!」


…ここは戦慄するのが正しいリアクションかと思いきや、西側の二人の声は弾んでいる。あの蚊柱を見ておかしくなってしまったのだろうか。


「ちょ…ちょっと二人とも!そんな事いってる場合じゃないだろ!?」


「大丈夫よクボタさん!これくらいの大きさになると重過ぎてそこまで早くは飛べないから!それに壊した巣の中は空っぽ、もうこいつだけって事よ!一対一なら貴方達の相手じゃないわ!」


「でも倒す前によく見といた方がいいですよ〜!転がってきた岩に突撃したり獲物に刺さったまま抜けなくなって死んだりするオオアシナガキュウケツがこんなに大きくなれるのはかなり珍しいですから〜!」


二人は呑気にそう叫んでいる。贔屓のチームに声援を飛ばしているファンのようだ。


「全く…ルー、いけるか?」


ルーはこくりと頷いて俺の側を離れた。


数秒後、森には彼女の放った飛び蹴りによって大きな大きな断末魔が鳴り響いた。

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