十三話 穿たれるのは風穴

No.10 オオアシナガキュウケツ

魔虫類アシナガキュウケツ科


多分アシナガキュウケツが普通サイズ(こちらの世界ではもう少し大きいかもしれないが)な蚊のような姿をした魔物で、こいつはその巨大版であろう。


街の南側に位置するドロップ地方の森林で生息を確認されているこの魔物は羽等を除いた身長が約60〜70cm、体重が500mgだ。


身長体重共に通常の蚊の100倍以上という圧倒的な大きさだ。しかし大きな魔物など腐るほどいるこの世界ではイマイチ個性に欠けるといえよう。


…と、いいたい所ではあるが前言はすぐに撤回させてもらう。なにせこいつの真の恐ろしさは体格ではなくその生態にあるのだ。


皆さんもよく思い出して欲しい。そちらの世界での蚊といえばぷ〜んと腹立たしい音を鳴らしていつの間にか我らへと接近し、文字通り自分達の私腹を肥やすためだけに無許可で採血を行う最悪な生物だったはずだ。


でもそれが大きかったら…?


あっ、『キモすぎる!』とかいう意見もあるかもしれないがそれは一旦置いといて…


そう、その大きさが仇となり、『いつの間にか忍び寄る』という作戦が不可能になってしまうだろう。


だからオオアシナガキュウケツは獲物から血液を採取するために機を伺うような事はしない。


自らの体躯が隠密行動向きではないと本能的に理解しているのか、こいつらは生きていようがいまいがとりあえず動く物にはロケットの如く突撃して口器を突き刺すのだ。


その口器も約20cmとしっかり巨大化されており、スピードの乗ったそれが肉体に食い込むのを想像しただけでも寒気がする。


そしてこいつらは必ず群れで行動し、なんと巣までこしらえる。


突き刺し、群れ、巣を作る…見た目が蚊で生態は蜂そっくりだ…


ドロップ地方に迷い込んだギガントトロールをオオアシナガキュウケツが襲い、蜂の巣にしてしまったとかいう恐ろしい噂もあるらしい…蚊だけど。


唯一の救いは巣の周辺で生活するためまず街にはやって来ない。という事くらいだろうか。


…今のところ俺が出くわしたくない魔物堂々の第1位だ。






家には鏡が無いので俺は外に出て水溜りを探し、そこに顔を映してみた。


すると見たこともない男が目の前に現れた。これが自称神様の作った入れ物なのだ。


「…悪くないな。」


俺の身体は偽物だった…しかし、その身体は若くまあまあイケメンでもあった。


あいつ…どうやらセンスは悪くないらしい。しかも全く顔の手入れをしない生活を続けていたにも関わらず無精髭は見当たらない、毎朝髭を剃るのが億劫だった俺にとっては最高の肉体だ。


流石自称でも神様だ。こんなものまで作ってしまうとは…


ちなみに昨日あいつはコレを自らの魔力で作り上げたのだとも話していた。魔力とかはよく分からないがまあ魔術士も存在しているくらいだから魔法や魔力なんかも勿論あるのだろう。


コルリスやルーが俺に懐くのもこの顔なら頷ける。自分の実力ではないというのが少し切ないけれど…


「あ、いた!もうクボタさん探したんですよ!今日は次の大会の参加申請出すから留守番お願いしますっていってたのに!」


「あぁ、コルリスちゃん…そうだったね、ごめんね…」


「何か元気なくなってますね…出ていった時ソワソワしてたのと関係あるんですか?」


「気にしないで…俺の問題だから…」


「そ、そうですか…なら気晴らしに依頼でもやりますか?私受けてきますよ。」


「う〜ん…………………やる。」


コルリスにそう告げ、すぐ戻るといった俺ではあったが、その後も暫くの間は水溜りを眺め続けていた。


今思えばそれは自分の中で渦巻く『俺の顔ではない俺』への違和感とそれを手に入れた事により発生した少しばかりの優越感が彼の映る水面で調和するのを待っていたのかもしれない。






ここはカムラ地方の西隣りにあるドロップ地方。依頼内容の記載された紙にそう書いてあった。


一応いっておくと俺が前にグロミラーを連れて散歩していたのもこの地方だ。


俺達の行う依頼といえば薬草集めという認識があるだろうが…今日は一風変わっている。


なんでも『クボタ』という名は大会に優勝してから意外と広まっているようで、街でコルリスが噂を耳にしていた依頼主と偶然出会い、今回の依頼を直々に頼みこまれたのでそれを断り切れなかったのだそうだ。


というわけで今回はカムラ地方でもなく薬草集めでもない。ドロップ地方なる場所で魔物の討伐だ。


我らがルーは既にGランク最高峰であるアートードを降し、更に大会では倍以上の体格差があったギカントトロールとの一戦を白星で飾っている。彼女がいればどんな討伐依頼でも必ず達成できるはず…


と、思って依頼書もよく読まずに無策でやってきた過去の自分を叱り飛ばしてやりたい。


まさか討伐対象である魔物がここまで多いとは思わなかった…






「ギャー!」「嫌ー!」「こないでー!」


その思いとは裏腹に大声で自分の居場所を教える的と化しているコルリスを大量のオオアシナガキュウケツが追いかけ回している。


オオアシナガキュウケツ…バカデカい蚊の魔物で今回の討伐対象である…


依頼主はこいつらが大量発生した事によって従事している林業に支障が出てしまうのを恐れているのだそうだ。


なお討伐の目標数は『なるべくいっぱい倒してくれると嬉しいです♡』みたいな事が書かれており、それを見た俺は若干イライラしている。


「そんな事いわれても…ねぇ…」


いい加減コルリスが不憫で仕方ないが助けに行こうにも数が多過ぎるのだ。5、6匹ならまだしも間違いなく100匹以上はいる。


草藪に身を隠している俺の隣ではルーが『参ったなぁ』みたいな表情をしていた。あまり見ない顔だ。ひょっとすると彼女は虫が嫌いなのかもしれない。


あまり悩んでいる時間はないが、ここでルーを行かせてもし苦戦すれば集中攻撃を受け、最悪死んでしまう可能性もある…


プチ男は一人で留守番させておいて良かった。あいつだとこの魔物のスピードにはついていけず、まともに攻撃を当てる事すらできなかったはずだ。


「ちょっとおおおお!いつまで隠れてるんですかぁぁああああ!」


マズい、時間切れだ。とうとう豪を煮やしたコルリスが俺達を道連れにしようとこちらに向かってきている。


「ヤバい!逃げるよルー!」


「ヒドい!置いてくんですかぁぁ!」


鬼気迫る表情をして俺達を追うコルリスはオオアシナガキュウケツを引き連れて獲物を襲う蚊の女王のように見え、それに恐怖を覚えた俺は森を抜けるまで全速力で走り続けた。


そう…それはつまり、初めて引き受けた依頼を失敗したという事を意味する。

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