七話 VSバランスボール

今日の試合でジェリアと相対するのはプチ男である。そこでこいつの戦闘能力を見極めるために俺達はスパーリングから練習を始めた。


ルーのサンドバッグ役を務めていたせいかなかなか筋がいい。しかも意図してやっている訳ではなさそうだが動きがトリッキーなので相手は次の攻撃を予測しづらいだろう。


しかし一つだけ問題がある…伸び縮みできるプチ男だからこそ可能な荒削りながらも素早いストレートやフック、それは相手にとって充分脅威ではあるのだが…いかんせん威力不足なのだ。


もちろん、相手がプチスライムと同じく軽量級の魔物だったならばかなりいい勝負はできるだろう。


そう、軽量級だったならば…






No.4 ミドルスライム

不定形魔水類ミズタマモドキ科


こいつはプチスライムが複数体合体する事によって誕生したという例外的な進化を遂げた魔物だ。


プチスライムは本来そのような事はせず、群れもしない。むしろ縄張り意識が強いので同種を見つけるとあまりにも戦力差がない限りは攻撃的な態度を示して相手を自分の生活圏から追い出そうとするらしい。


ではどうやってミドルスライムは生まれるのか…それは危機が迫った時だ。


自らの生命をおびやかすような存在が目の前に現れて初めてプチスライムは群れを形成する。それでも太刀打ちできぬ場合、彼らは『より強力な個体となる』という道を選ぶのだ。


そうして誕生したミドルスライム…その体長は平均80cmだが個体によっては1mを超えるものも存在し、横幅もほぼ同程度で重さは50〜70kgだ。


しゃがんだ状態の俺よりもふたまわりほど大きい。それでいて自衛のための姿なのだから当たり前かもしれないが気性も荒いという。


そして今、目の前にいるミドルスライムは俺達に向けて激しく肉体を動かし威嚇している。メモした内容通り攻撃的な性格をしているようだ。


こんな奴に、プチ男は勝てるんだろうか…


コルリスも不安げな表情で俺の腕にしがみついている。気の紛れるような言葉でもかけてやれればいいのだが、生憎俺も全く同じような心境であり、降参する時のために持参した白色の布を握りしめている事しかできなかった。


レフェリーのような人物がプチ男とミドルスライムの中間に立った。もうすぐ試合が始まる。彼はこの布が降参の意味だと分かってくれるだろうか…


「クボタさん!降参するなら早めが良いわよ!その子、自分の実力も分からないみたいだから。」


ジェリアは俺を見下したような表情でそういった。前に会った時と雰囲気が随分違う。


…当たり前か。片や重量も体格も勝っているバランスボール大のスライム、片や気付かずに踏みつけてしまいそうなほどに小さいサッカーボール大のスライムだ。自分の勝利は確実だと思っているのだろう。


むしろそれに気付いていないのはこの中だとプチ男だけのようだ。さっきから負けじとばかりにミドルスライムに威嚇で応酬している。


こいつは勝算があるのだろうか…それとも、ただ無知なだけか…


「始め‼︎」


不安を抱えたまま、戦いの幕は切って落とされた。


「プチ男!正面からは攻めるなよ!」


プチ男は言う通り、ミドルスライムの周りを素早く移動し、畳み掛けるように攻撃の雨を降らせた。


一方で相手はあまり動きもせずまだ正面に威嚇行動をしている。攻撃は効いているように見えるがなぜだろう…?プチ男よりも俺達が気になって仕方がないようだ。


「うげっ…」


隣にいるコルリスが変な声を上げた。


「な…何?どうかしたの?」


「クボタさん…あれ多分、私が食べるために捕まえたプチスライムの生き残りです…」


あ…そういうことか…


前にマンドラゴラの調査をした時、群れで行動しているプチスライムがいたのを覚えている。あれと同じようにコルリスに狩られていた者達がミドルスライムとなり、偶然にもジェリアと出会ったのだろう。


それならばあの奇行の意味も分かる。誰だって仲間の仇を前にしたら対戦相手になどかまう余裕はなくなるはずだ…


なんか、可哀想だな…


「何してるの!早くそいつと戦ってよ!」


ついにジェリアが声を荒げた。聞こえもしないミドルスライムに向けて。


しかし、その指示を出すには遅過ぎたようだ。


プチ男の猛攻を受け続けていたミドルスライムはついに動きを止め、溶けた蝋燭のような形状となって静止した。


「嘘でしょ…」


番狂わせの大勝利ではあったが、俺は少しいたたまれない気持ちになった。






「クボタさんお願い!プチ男様を私に頂戴!」


目がハート、という言葉がぴったりな瞳をしているジェリアが会場からずっと付いて来る。


「何度も言うけどそれはできないよ、プチ男は大事な仲間なんだから。」


「それは分かるけど…あの見た事もない技の数々と美しい身のこなし…そして何よりクボタさん!貴方の言葉をプチ男様は理解していた!じゃなかったらあんな動きは普通できない…こんな利口で勇敢なプチスライム他にいないわ!だからお願い!」


ジェリアは俺にすがり付いてそう懇願している…ミドルスライムや彼女に対しては多少申し訳ないと思っているので他の頼みならば快諾するのだが…困ったものだ。


「いや、無理なものは無理だよ。それより、そろそろあの子を休ませてあげたらどうだい?」


俺の指差す先にはミドルスライムがいる。少し形状が歪んでいてどこか疲れているように見えたのだ。


「嫌よ、あんな弱くて言う事も聞かないような魔物なんていらない!」


それを聞いた俺は…久しぶりにキレた。


「お前いい加減にしろよ!自分の魔物が勝てなかったらそうやってすぐに見捨てるのか!?お前、スライム好きだって言ってたじゃねえか!それじゃあ『もっと強い魔物が良い』って言ってた他の魔物使いと同じじゃねえのかよ!『頑張ったな』の一言くらいかけてやったらどうだ!?」


「だって…」


ジェリアの目から洪水のように涙があふれてくる。


アレだな。この子は自分の思い通りにならない事があると周りのせいにするタイプだな。それと多分、あんまり怒られた事がないのかもしれない。


「はぁ…怒鳴ってごめんね。でもあの子を手放したらきっと後悔するよ。だって君にこんな態度を取られてもまだここから離れようとしないんだ、必ずいい相棒になるよ。プチ男も似ているんだ、こいつは俺が雑魚魔物使いって罵られても俺のそばにいてくれたからね。」


「じゃ…じゃあ!ミドルスライムもプチ男様も育てるから!それでいいでしょ!?ね?クボタさ…あひゃ!」


突然ジェリアが白目を剥いて倒れた。


と、同時に流れ星のようなものが彼女の頭上でぐるぐると旋回しているのが見え…自称神様だ!どうやったのかは分からないが助かった。


「えぇ!?だ、大丈夫ですか!?」


そういってコルリスがジェリアの元に駆け寄ろうとしたが、それよりも早く彼女を抱き起こしたのはミドルスライムだった。


「大丈夫気絶しているだけだよ。うん、これでいい。彼女は少し頭を冷やす必要があるからね。」


俺はコルリスに気付かれぬよう自称神様に向けてウィンクした。すると奴は俺の頭上を旋回し、空の彼方へと消えていった。


「それじゃあ、後は任せてもいいかな?」


俺がミドルスライムにそういうと、聞こえているのかどうかは分からないがジェリアを体の上に乗せてゆっくりと闘技場の方に進んでいった。


「さあ帰ろうか、俺もうお腹空いちゃったよ。」


「クボタさん…さっき怒った時、ちょっとスカッとしました、それにカッコ良かったですよ。」


「そ、そう?照れるなぁ」


…ジェリアとミドルスライムのコンビ。覚えておこう。彼女が上を目指す事さえ諦めなければまたきっと出会うはずだ。良きライバルとして。

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