八話 天然光学迷彩

今日は暇だ。なーんにもやる事がない。


コルリスはあんな事があったにも関わらず昨日の今日で復活したジェリアに『憧れのプチ男様のお世話をしている』という理由だけで街へと連れ去られていったし。


ルーはジェリアと一緒に家まで来たミドルスライムと意気投合?して彼(彼女?)に乗ったまま二人について行ったし。


依頼は俺だけじゃどうやって受けるかも分からないし。大会の通知も来ないから決勝戦はまだなんだろうし。そもそも今日は休養日にする予定だったし…


「暇だな…」


俺はプチ男を枕にして、ただ当てもなく彷徨う俺よりも暇そうな雲の群れをぼんやりと眺めていた。


しばらくそうしていると雲の切れ間から何かがこぼれ落ちるのが見え、俺のほぼ真上に落下してきそうだったので慌てて起き上がろうとする頃にはそれが自称神様だと分かった。


「久保田さ〜ん!お久しぶりで〜す!」


「お、おう、久しぶり。珍しい登場の仕方だね。」


「さっき上から暇そうにしてる久保田さんが見えたのでせっかくだから直接降りて来ました!」


「…どうせもっと前から見てたんだろう?俺が一人になるまでさ。」


「うっ…まあ良いじゃないですか!」


自称神様はあたふたとし始める。どうやら図星だったようだ。


「ああそうだ、この間は助かったよ、ありがと…ていうかさあ、プチ男もいるけど大丈夫なの?コルリスとかジェリアの前だと話しかけてこなかったし、俺にしか姿を見せちゃダメ…的なこの世の理みたいなもんがあるのかと思ってたけど。」


「そういうのではなく、僕のポリシーみたいなものなんで大丈夫ですよ。それにこの子は魔物ですし、僕が姿を見せたくないのは…」


「郵便で〜す!」


「こーゆう時ですよっ!」


そういうと神様は放物線を描きながら家の裏へと飛び去った。


…それを見た俺は既視感を覚える。


やっぱりあいつ、どっかで見た事あるような気がするんだよなぁ…






No.5 グロミラー

不定形魔鳥類カクレドリ科


体長は約30cmだが体重は700g前後…見た目は鳩に似ているが重さは倍くらいか。


今現在カクレドリ科で唯一の現生種であるこの魔物、実は身長体重以外あまりよく分かっていない。


原因はまるで水晶でできているかのように透き通ったこいつの体だ。例え発見したとしても常に光を反射させているので光学迷彩のような状態となり、その後の観察が非常に困難なのである。


そのせいか今の所街の近辺でしか生息が確認されておらず、その生態は謎に包まれているという。


ちなみにこのグロミラー、そういった理由からか人々には神秘的な存在として扱われており、巷ではグロミラーを通して色々な景色を見続けているとごく稀に奇跡を見る事ができると噂されているのだそうだ。


「…で、久保田さんは巷の噂を信じてキングさんから送られてきたグロミラーを見つめながら散歩していると。」


自称神様は俺がいつも通り書いたメモを眺めながらそういった。


「…信じてる訳じゃないさ、暇なんだよ。」







ここは俺達の家がある場所から少し南西に進んだ所、地名は分からないがカムラ地方よりも樹木が多く、俺、プチ男、自称神様、グロミラーの一行は今森の中を歩いている。


もう分かるかもしれないが一応いっておくと先程届いた郵便物はキングさんからの特典であり、中身がこのグロミラーだった。


そして同封されていた手紙にグロミラーの説明があったのでこうして暇つぶしの散歩ついでに噂を試しているという感じである。


しかし…あの爺さんもまた凄い゛モノ〟を送ってきたものだ。


「くるるる…」


グロミラーは俺達の視線に慣れてきたのか、見た目よりも随分と可愛らしい鳴き声を発した。


俺は胸元で周囲の明暗が入れ替わるたびに姿をくらますグロミラーを見つめる。


見れば見るほど不思議な生物だ。両の腕に重みさえ感じなければ『今貴方は何も抱えていません、ホログラムを投影しているだけですよ。』といわれても信じてしまうだろう。


それと…なんだか見た目が少し変わってきたような気がする。さっきまでは鳩みたいな感じだったのに、今はそこにカラスを混ぜ合わせたような姿…に見えなくもない。こんな魔物を見続けていた俺の目の方がおかしくなってきたんだろうか?


「ねえ、こいつなんか見た目がちょっとカラスみたいになってきてない?」


「あ〜…っぽいですね。」


「だよね…ん?この世界ってカラスいるの?」


「あ!いやその…ガラスっぽいですよね!。」


自称神様は俺が無意識のうちにやっていた誘導尋問に引っかかった…まああまり触れられたくなさそうだし、今のは聞かなかった事にしておくか。


「…!久保田さん、散歩はもう終わりにしましょう。」


すると突然、自称神様は張り詰めた声を響かせてそういった。気がつけばプチ男やグロミラーも緊張しているように見える。


俺も慌てて周囲を確認したが、近くには大きなスライムくらいしかいなかった。あの大きさだとミドルスライムなのだろう。


「え?なんで?」


事実、何かの脅威が迫っているとは思えなかった。木漏れ日が優しく四方に降り注いでいるこの場所は穏やかという言葉でしか言い表せない。迫っているのは俺達を発見したと思われるミドルスライムだけだ。


「久保田さん…ミドルスライムってなんで産まれるか、多分ご存知ですよね?」


神様が話している最中にもミドルスライムはじりじりとこちらに向かって来ている。改めて見るとデカくなったプチ男のようで、少し可愛らしい。


「ああ知ってるよ。確かミドルスライムはプチスライムが合体して産まれる魔物で、それはこいつらが脅威を感じる…から…で…」


自ら解説するうち、俺は目の前の魔物が危険である事を思い出した。


「そう。つまりミドルスライムがいるって事はこの辺りに強い魔物がいるって事です。というかミドルスライム自体も充分強いですし…しかも

…」


「その性格は…凶暴…」


俺達はそこで話すのをやめ、威嚇を始めたプチ男を鷲掴みにして一目散に逃げ出した。


その直後、ミドルスライムは俺達が元々いた場所に向けて体当たりを繰り出し、不幸にもその場にあった木々を薙ぎ倒した。


「うおぉお!」


「久保田さん早く早く!」


自分が安全圏にいるのを理解しているのか、そこまで焦っているわけでもなさそうな自称神様の声が頭上から聞こえてくる。


コイツ飛べるからって調子に…まあいい、今は逃げなければ…


「くるるるる!」


その時グロミラーが甲高い声を発し、それと共に透明だった体が極彩色を纏って輝き始めた。


「まさかこれが、奇跡…!?」


グロミラーはぎらぎらとした光を発し続けた後、奇跡を…元いた世界で俺が住んでいた部屋をその身に映し出した。


『久保田さん!久保田さん!』


部屋の中では誰かが俺を呼ぶ声だけが木霊し、中央では俺が倒れているのが見える…これは、自殺しようとした俺にボールが直撃した後の映像だろう。


『う〜わやっちゃった…は、早く追いかけないと!』


そう聞こえた直後、なんとボールが宙に浮いたではないか。


というかこの声、ボールのように見えるこの姿、そして既視感…


「ねえ、コレって…君だよね?」


「…………久保田さん!話は後です!早く逃げましょう!」


何とか俺達が危機を脱した時、いつの間にやらグロミラーはその姿を消していた。


キングさんは俺にこれを見せたかったのだろうか…何にせよ不思議な魔物だった。


ついでにいうと自称神様もいなくなっていた。こいつは俺から逃げただけだ、間違いなく。


だから俺が今いえる事はただ一つだけ…


恐らく俺は心の中で散々なまでに罵倒していたバッティングセンターに謝罪しなければならないという事だけだ。

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