五話 絶叫する人根
No.2 マンドラゴラ
こいつは魔草類マンドラゴラ科だ。現実の世界ではナス科に分類されるのだがこの世界にはナスが存在しないのだろう。
主な生息地はマンドラゴライーターと同じくカムラ地方で、体長は葉の部分まで含めてもせいぜい30cm、重さは170〜300グラムだ。
マンドラゴラといえばやはり絶叫だろう。あまり戦闘向きではない彼等の最大の武器でもある。
しかし、どうやらこの世界ではご自慢の武器とやらを聞いたとしても気を失う程度で済むようだ。
しかも気絶した事で捕食する側からされる側となった哀れな魔物の大半は、マンドラゴラに仕留められる前にマンドラゴライーターや他の魔物の胃袋に収まる。皮肉にも彼等の叫び声が獲物が捕れたという合図になってしまうのだ。
だがそれではマンドラゴラのエサがなくなり絶滅してしまうのではないか…?
大丈夫だ、問題ない。最悪でも獲物の残骸が良い肥料となり、そこから養分を吸収できるからだ。
まさに中抜き…いや間違えた、弱肉強食か。
そんな考えが浮かんだ俺の目の前で、コルリスの服を着せられたルーがくるりと回転してスカートを風に踊らせた。
彼女は初体験の着衣を喜んでいるというより、ただ単にスカートがひらひらと舞うのを楽しんでいるように見える。俺にもし娘がいたらこのくらいにはなっていただろうか。
…余計な事を考えてしまったな。
一応言っておくと、こうして俺はマンドラゴラについて色々と書きつけているが別に対戦相手の情報を集めている訳ではない。
何かしていないと良心の呵責に耐えられないからだ。
今日俺達はいわゆる「おいしい仕事」をしている。
すっかりお馴染みとなった薬草集めの依頼に加えてサンディから直々にマンドラゴラの生息域が拡大や変化などしていないか調査を頼まれたのだ。ちなみに場所はどちらもカムラ地方である。
二つとも簡単な依頼だ…つまり今日はただ報酬が倍になっただけのようなものだと言えよう。
もちろん俺含め全員は喜んだ。現に魔物達は両方の依頼を終わらせたというのに雀のようにぴょこぴょこと跳ねまわっており、コルリスは完全にピクニック気分なのかこれまたお馴染みであるゼリー状の物体を挟んだサンドイッチのようなものを大量に持ってきた。
しかし、調査が進めば進むほど対象の地域が昨日歩いた道筋とほぼ同じ事に気付いた俺は今、罪悪感によって押し潰されてしまいそうな気分だった。
もしやとは思っていたが犯人はやはり俺だった。これではマッチポンプだ…もしこれがバレたら…
「はぁ…」
「クボタさんどうかしたんですか?急に元気なくなったみたいですけど…」
「な、何でもないよ…ところで、コルリスちゃんって薬草集めの依頼好きなの?よく引き受けてるけど。」
「そんな訳ないじゃないですか。報酬がGランクでもできる依頼にしてはかなりいいので受けてるだけですよ。それに私達はもう慣れてますけどマンドラゴラって叫ぶから普通の人は怖がってこんな依頼やらないんですよ。だから仕事を取られる心配がないんです。」
そういってコルリスは苦笑いをしている。確かに同業者に邪魔される心配もなく安定した収入を得られるならば危険な依頼でも受ける価値は充分にあるだろう。
「それよりクボタさんもプニレロいりますか?今日のは結構美味しいですよ。」
「今日のはって…それコルリスちゃんが作ったんでしょ?」
「そうなんですけどこのス…」
〜〜〜〜!!
突然どこかで複数のマンドラゴラの叫び声が聞こえた。そう遠くはない。
「今、聞こえたよね?」
「ええ、マンドラゴラでしたね。やっぱりこの辺りで何か起きているのかもしれません。クボタさん行ってみましょう!」
それとこれとはまた別だと思うんだが…まあいい。
俺達は声のする方向へ走った。
すると、目の前には異様な光景が広がっていた。
地面から這い出して逃げ惑うマンドラゴラの群れ。それを追いかけているのはなんと五、六匹のプチスライム達だった。
「これは…」俺は思わず息を呑んだ。
マンドラゴラは食物連鎖では比較的上位に位置する。つまり天敵はいる事にはいるのだ。その一つがこのプチスライム…
そう、『耳の無い』魔物達だ。
なので少しもおかしな光景ではないのだが、妙だ…あまり詳しくは知らないが野生のプチスライムは同種と接触した時以外は温和な性格であり、餌もそこらへんの草木で済むので反撃される恐れのある魔物をターゲットにするのは珍しい事だという。ならばなぜこんな行動を…
「フフッ…最近いつもの場所で見かけないと思ったらこんな所にいたんだ…」
突然、俺の思考を遮るようにコルリスが喋り始め、それを耳(…は無いが)にしたのかプチスライム達が俺達の存在に気付いた。
その途端、プチスライム達はマンドラゴラを追いかけるのをやめて身体を激しく伸縮させ始めた。敵だと思われているのは間違いないだろう…そして俺の隣にいるプチ男も似たような行動をしている。これはマズい、一触即発の状態だ。
「コ!コルリスちゃん!早く逃げよう!」
「え?何でこんな絶好のチャンスに逃げないといけないんですか?」
そういってコルリスは不敵な笑みを浮かべている。なにか様子がおかしい。
「は…?何言ってるの?…コルリスちゃんなんか変だよ…どうかしたの…?」
「なんでもないですよ、クボタさん…ウフフ、本当に今日は運が良いですね。だってお金はたくさん貰えるし、これでしばらくは食料を調達する手間も省けるんですから…」
その時、俺の脳内に電撃が走り、走馬灯のように記憶の波が押し寄せてきた。
一昨日も昨日も今日もずっと食べていたゼリーのような朝食…コルリスが持ってきたプニレロ?だってそうだ…ゼリー状…その見た目はプチスライムとかなり……
全てを理解した俺は、二日ぶりに気絶した。
結果からいうとやはり俺が今まで食べていたのはプチスライムだったと判明した…
まあそれは節約のためにコルリスがやっていた事だと白状したので何も言うつもりはない。食べなければ生きていけないのだから彼女を罵倒したりしてはバチが当たるだろう。
ただ、それを聞いてから少し気分が悪い…
ルーと共に俺を家まで運んでくれたというプチ男はそんな俺を見つめて…いるような様子でぷるぷると震えている。
こいつは何の感情も抱かないのだろうか…いやそれはないか。弱肉強食の世界ならばこんな事は日常茶飯事だろう。
もう済んだ事だ。どうせまた食べる日が来るのだから少しずつ慣れていくしかない。
…グゥゥ
「やっぱこんな時でも腹は減るな…」
しかし我が家の夕食の時間にはまだ早い。食事は全員で食べているのだがコルリスとルーが依頼の完遂を報告しに街へと出かけている。
そうだ…コルリスで思い出した。
実は俺が胸の内にある罪悪感を更に強める事になりそうな一つの疑惑が浮上したのだ。
これも彼女から聞いたのだが、最近プチスライムが普段の生息域から離れた場所で生活している事が多くなってきたらしい…
予想だが、これってアレだろう?
コルリスがプチスライムを狩りまくる
↓
プチスライムが住処を追われる
↓
逃げた先でプチスライムがパニックを起こし(これは俺の仮説だ)マンドラゴラを追いかけ回す
これが当たっているとすると今回のカムラ地方の異変は俺達が引き起こしたようなモノだ。
まだ憶測とはいえ事実なら最悪だ…とりあえずコルリスにはしばらく普通に食材を買って来てもらおう。
「ただいま帰りました〜」
ウワサをしていた所、当の本人が帰ってきた。
「おかえり…あのさコルリスちゃん」
ブルル…
俺が口を開いてすぐに何かの生き物の鼻息が家の外から聞こえた。
「…なんだ?魔物か?」
「郵便ですね、私取ってきますよ。」
あぁ、郵便とかこの世界にあるのか。知らなかった。
「お!クボタさ〜ん、ちょっと来てくださいよ〜!」
コルリスが玄関で俺を呼んでいる。
「どしたの?」
「次の試合の対戦相手が決まったみたいですよ!ほら…」
そういってコルリスは俺宛ての大会速報なるものを手渡してきた。どれどれ…
対戦相手の魔物はミドルスライムか…何がミドルなのか気になる所だ。大きさか重さか、はたまた年齢の事なのか。
「クボタさん次も頑張りましょうね。さあ晩ごはんにしましょ!今日だけ特別にお肉を買ってきました!」
「肉!久しぶりだなぁ…」
俺はコルリスに伝えるべき事も忘れ、彼女と共に夕食の準備を始めた。
そしてこの時、肉にばかり気を取られていた俺には気付くことができなかった。
我が家の中で意外な人物(人物ではないが)にぎらぎらと燃え盛る闘志が芽生えた事を…
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