四話 初陣
No.…は1でいいか。
マンドラゴライーター。魔鳥類カツラドリ科、言うまでもなく鳥の姿をした魔物だ。
大きさは…何だコレ、潰れた虫のような記号が書いてあって全く分からない。コルリスに聞こう。
…よし分かった。体長はメートル法にすると約1m30cm〜2m、重さは10キロ前後、翼幅は4mに達する個体もあるという。
名前の由来はもちろんマンドラゴラを捕食する事からきているのだが、最近研究によって誤解だったと判明したらしい。
我が国の南東にあり、俺の家の近くでもあるカムラ地方にて生息が確認されているこの鳥はマンドラゴラの自生する場所に巣を作り、それを引き抜こうとして気絶した魔物を捕食する。というのが正解だそうだ。
なるほど、確かにあの恐ろしい薬草の生えた場所になどまともな人間は近寄らないだろう。そう間違われるのも納得できる。
「クボタさん、さっきから何を書いてるんですか?」
気付けばコルリスが俺の手元を覗きこんでいた。無意識なのだろうが彼女の仕草はどれを取っても可愛らしいものが多い。
「ああコレかい?今日対戦する魔物の特徴だけでも知っておこうと思って色々調べてるんだ。俺はこの世界の事なんてほとんど分かんないからさ。」
「朝から家中の本を漁ってたのはコレを作るためだったんですか…!クボタさん真面目ですねぇ。」
そう、マンドラゴライーター。こいつが今日の対戦相手だ。
試合は昼過ぎから行われるらしい。という訳で再び俺は調査も兼ねた薬草集めに向かった。
ルーには既に基礎的な練習方法を教えてある。更にサンドバッグ役にプチ男と…癒し担当でコルリスも付けておいた。問題はないだろう。
目的地に到着した俺はすぐには薬草を採取せず、マンドラゴラの付近にあった背の高い雑草の傍らで彼らと同化するように屈みこんだ。もちろん耳栓は装備している。
そのまま待つ事数分後、突然俺と共にこじんまりとしている影を何かが呑みこんだ。
来た…!奴こそがマンドラゴライーターだ!
鋭いクチバシ、巨大な翼、あれで掴まれたらと想像するだけで鳥肌の立つ鉤爪…それとアフロ。
「…あぁ〜、なるほど。」俺は思わず呟いた。
マンドラゴライーターの頭部はもじゃもじゃとした毛で覆われている。だからカツラドリ科なのだ。
推測だがあのアフロはマンドラゴラの叫び声から耳を保護するために存在するのだろう。しかもそれ以外の敵からは弱点である頭部を守る事ができる。随分と合理的だ、生き物ってたくましい。
俺が感心しながらマンドラゴライーターを眺めていると、調査対象は視線を感じ取ったのかすぐにまた飛び去ってしまった。
なかなかに手強そうだがあれでも10キロ前後である。ルーとの体重差と彼女の持つ身軽さを考慮すれば負ける可能性は低いといえるだろう。ただ心配なのは爪やクチバシなどで怪我をしないかだ。
(対策を練る必要があるな。)
俺は急いでマンドラゴラを引き抜くと、叫び続ける薬草を抱えたまま自宅へと駆け戻った。
その際、近くを飛んでいた鳥が次々と墜落し、獣達は視界に入るや否や泡を吹いて倒れこんだ。
…申し訳ない魔物達よ、今は急いでいるんだ。どうか許してくれ。
上気した時のルーは肉体が黄色みを帯びると判明した。トロールも赤い血液が流れているのだろう。
…そもそもなぜ上気しているのか、それは彼女が試合前のシャドーボクシングを終えた直後だからだ。
ルーのコンディションは良好であり、おまけに技の上達も早い。後は彼女を信じて相手を待つだけである。
そう…後は相手なのだが…
全然来ない。
「コルリスちゃん…一応聞くけど日にち間違えたりしてないよね…?」
「クボタさん…!私を疑うなんてひどいですよ!そもそも間違えてたら闘技場には入れませんし!」
…現在、俺達は街にある闘技場で待機している最中だった。
だが前述した通り対戦相手が来ていない。既に十分は待っているはずだ。このままではルーの身体が冷えてしまう。
隣にいるプチ男は退屈そうに(多分)形状を変化させている。ちなみにこいつは玄関で丸まっている姿がなんとなく一緒に行きたそうに見えたので連れて来た。
そんな時、俺の目の端で可憐な青紅葉の葉がひらひらと舞っているのが目に入った。ルーがこちらに手を振っているのだ。
ルーの緊張感が失われつつある、これは非常に可愛らしい…じゃなかった、マズイ。
(まだ見ぬ対戦者よ、早く来てくれ。)
そう俺は切に願いながらも、弾けんばかりの笑顔を見せるルーに向けて手を振り返した。
「どうも〜、貴方がクボタさんですかな?」
すると、肉付きの良い老君がたわわに実った腹部を揺らしながらこちらに向かって来るのが見えた。
何故この広い闘技場の中で俺を見つけられたのか…という疑問は芽生える余地もない。客席はまばらどころか俺達しかいないからだ。どうせこの閑散とした状態も「Gランクだから」で説明がつくのだろう。
「はい、僕が久保田ですけど…貴方は?」
「私、Gランク大会の運営を任されているサンディと申します。」
サンディと名乗る男はにっこりと笑っている。その名前と容姿で俺は確信した。この男はサンタクロースだ…一度考え出すともうそれにしか見えない。
「あぁ、どうも…それで、僕に何かご用でしたか?」
俺は笑いを押し殺しながらサンタに尋ねた。
「えぇ、実は貴方の対戦相手であるストラ君という青年がマンドラゴラの鳴き声を聞いて倒れてしまったらしいので、クボタさんに不戦勝を伝えに来ました。ってワケでもう帰っちゃってもいいですよ。」
「…え」
「いや〜、驚きますよねぇ!でも、彼の倒れていた場所はマンドラゴラの自生地からは結構離れているんですよ。あいつら移動でもしてるんでしょうか。」
そういってサンタは首を傾げる。
「は、ははは…」
俺は力なく笑った。どうやら魔物達以外にも謝罪しなければならない者がいたらしい。
ストラ君、本当にすみませんでした。君を気絶させた犯人は多分、俺です。
「久保田さんこんばんは!この間は突然消えてすいません!」
その夜、俺のもとにまた自称神様が現れた。
「あぁ…昨日ぶり。」
「なんか元気ありませんね、具合でも悪いんですか?」
神様は不安そうにゆらゆらと揺れ動いている。まるで蛍のようだ。
「いや、眠いだけだよ。」
「あ〜…ですよね、なんかごめんなさい、できるだけ手短にします。」
「まあいいけど。えーと昨日は頼みがあって魂がどうとか…お、俺の魂取ったりとかしないよね?」
「いやいやいや。そうではなくて…簡単にいうと僕は今魂だけみたいな状態なんです。だから僕の魂と身体を引き合わせる手伝いをしてもらえないかなぁ…っていうのが頼み事です。」
「それはまあ、俺にできる範囲なら全然いいけど。」
この言葉に嘘はなかった。まだこいつからは俺を異世界に連れて来た事への謝罪がないので口が裂けてもいわないが、こちらの世界に来てからは何もかもが新鮮で楽しく、正直感謝しているくらいだからだ。
「本当ですか!?ありがとうございます!ただ、今のところはランクを上げていくのが僕の身体への近道ですね…あっ、ランクとか大会とかってご存知ですか?」
「ご存知もなにも今日試合に勝ったよ、不戦勝だったけど…」
「えぇ!?僕の見てない間に!?」
神様は動揺しているのかライブで振り回されるケミカルライトの如く部屋中を飛び回り始めた。やはりこいつは日中もどこかをうろついているのかもしれない。
「うん。これで俺もFランクだし、君の願いは結構すぐ叶うかもね。」
「いや、それはたぶん違いますよ、久保田さんはまだGランクです。」
「はぇ?」
その発言を聞いた俺が思わずアホ面になると同時に神様は中空でピタリと動きを止めた。
「え…それは、なんで?」
「確か戦闘職は依頼とか大会での試合をこなして実力が認められると、そこで初めて昇格試合が組まれるんですよ。それに何か昇格の証になる物は貰ってませんよね?」
「…貰ってない。」
「ならやっぱりGランクですね…Fランクはまだまだかと…」
心の片隅で軽く浮かれていた俺の気持ちを神様の言葉がナイフのようにえぐり取った。確かに一つの試合を勝利しただけで優勝や昇格のできる大会などマイナーな部活動の県大会くらいのものだろう。というか少し考えれば分かったはずだ。
やはりどこの世界でも思い通りにはいかない…だからといって諦めるつもりはないが。
「そっか。でも、そっちの方がやりがいがあるな。」
「…え?」
「いや俺さ、長いこと目標とか夢とかなかったんだ。しかもすぐ諦めるような性格だったし。でも、俺はここにいる皆と一緒にランクを上げて、それからお金も…ほどほどに貰って楽しく暮らしたい。久しぶりに目標ができたんだ。しかもこの世界は夢じゃないんだろ?なら頑張ってみるよ、だからそのうち君の願いも叶うと思う、ついでだけどね。」
「なら、ついでにお願いしますね。」
神様は俺の言い方を真似てそう言った。
「それが聞けて安心しました、ではそろそろ失礼します。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
俺達が就寝前の挨拶を交わすと、白色の球体は昨夜とは違い少しずつ大気と混ざり合うように消えてゆく。
「あと一つ言い忘れてました。久保田さん、突然こんな世界に連れて来てしまってすみませんでした。それじゃ。」
「…別にいいよ、むしろ感謝してる。」
俺は虚空となった空間に向けてそう呟き、今日という日を後にした。
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