三話 初めての依頼
意識が戻った。夢はまだ続いている…夢ならばいい加減目覚めてもいいはずだ。この世界は俺のいた場所とはまた違う現実、なのかもしれない。
起き上がると同時に書き置きを見つけ、書類をプチ男が食べてしまったらしいのでコルリスが街に向かった事と、そのせいで彼女が受諾していた薬草集めの依頼を代わりにやらなければならない事を知った…あいつは何を食べているんだ。
俺は脇で眠っているトロールの少女と悪食の球体を揺すり起こし、皆でコルリスの用意してくれていた朝食だというゼリー状の物体を口に運んだ。
「マ…マズイ…」味の感想は以上、歯ごたえのある謎の物体であった。
早々に食事を切り上げ、身支度を整える。ご丁寧にも書き置きの裏に地図があったので迷う事はないだろう。コルリスのためにも彼女が帰って来る前には依頼を済ませておきたい所だ。
そして出かけようとした矢先、足元にプチ男がいる事に気づいた。
「お!ついてきてくれるのか?」
そういうとプチ男は縦方法にぷるぷると震え、定位置である頭の上に這い上がってきた。
それならば皆で行こうかと少女を呼ぼうとした俺は、彼女の名前がまだない事をようやく思い出した。名前はある事にはあるのかもしれないが言葉を持たない魔物であるトロールから聞き出すのは不可能だろう。
(人間っぽい名前は呼ぶ時照れ臭くなるからやめといた方がいいな…トロール…トロ…ロール…ル…)
「よし!君の名前はルーだ!分かったかい、ルー?」
そう呼びかけるも彼女は微動だにしない。まさか名前がお気に召さなかったのでは…
心配になって顔を覗き込んだ結果…彼女は再び眠りに入ろうとしているだけだと発覚した。この子は朝に弱い、一応覚えておこう。
仕方なく肩を軽く揺するとルーは目を覚ました。そして俺が命名したばかりの名前で呼ぶと現実と夢の狭間にいる事が大変わかりやすい顔で朗らかに笑う。どうやら気に入ってくれたようだ。
まだ寝かせてやりたいが、一人…一匹にさせておくのは少し心配だ。
こうして俺はプチスライムを頭に乗せたまま少女を背負い、薬草のある草原へと歩き出した。
…女の子に言うのは失礼かもしれないが…
ルーはものすごく重かった。
薬草集め…この依頼は叫喚地獄観光と呼称を訂正した方がいい。
死ぬかと思った。薬草…あれは恐らくマンドラゴラだろう、しかもファンタジーな小説や映画などでよく見かける叫ぶタイプの奴だ。
最初、引き抜いた時にたまたま手が滑ってマンドラゴラを放り投げたので奴らの叫びを至近距離で聞かされるのは免れたものの、そこからルーと俺は耳を塞いだまま動けなくなった。プチ男がいなければ今頃また気絶していたかもしれない。
本当に助かった。こいつのお陰で予定通り五体のマンドラゴラを回収する事ができた。
…だが、耳のない事によって本日のMVPを獲得したプチ男君は腕もまたない。なので不恰好な人形のような根を持つ薬草は全て俺が持つ羽目になった。
そんなこんなで今は帰途に就いている。しかし、腕の中にいるこいつらがいつまた鳴き始めるか分からない。俺は早く帰りたくて仕方がなかった。
「うわ〜ん、クボタさ〜ん」
ようやく自宅が見えてきたかと思うとコルリスが飛び出して来た。そして彼女は猛ダッシュのまま俺に抱きつく。
「うぅ…クボタさぁん…クボタさんごめんなさいぃ!耳栓渡すの忘れてましたぁぁ!ごめんなさい…本当にごめんなさいぃぃ‼︎」
いくらなだめてもコルリスは顔をぐじゃぐしゃにして泣き続け、俺の胸とマンドラゴラを涙で濡らした。
そんな彼女の泣き顔を一人と七匹で見つめながら、俺は一つ学んだ。
コルリスは多分ドジっ子属性がある。それが可愛らしい部分であるのは間違いないが警戒は怠るべきではない、と。
皆が寝静まったのを確認した俺は寝床に入りこんだ。自分の意思で眠るというのがここに来て初だと思うと何だか妙な気分になる。
あの後コルリスは家に着いてからも俺達に説明不足だったと謝り続けた。
よほど罪悪感を感じていたのだろう、俺とルーで彼女の頭を撫で回してようやく涙が収まったほどだ…俺はセクハラではないかという考えが脳裏をよぎったのですぐに手をひっこめたが。
落ち着いたコルリスは大会の手続きが完了し、明日初戦が行われると話した。あまりにも速断すぎると驚いたがGランクの大会など人気もなく、運営もテキトーなのでよくある事らしい。
そこで練習か休養かの選択を迫られた俺は休養を選んだ。正直不安で一杯だが依頼を終えた俺達はくたくたであり、今は回復に努めるのが先決だと判断した。
よし、ではそろそろ寝るとしよう。
「久保田さん、寝ちゃいましたか…?」
目をつぶって数秒後、何者かが話しかけてきた、こんな辺鄙な場所にある家に夜中に来て主人に声をかけた…律儀な泥棒だろうか。
その前に何故名前を知っているんだ。
「だっ!誰だ!」
俺がすぐさま飛び起きると、部屋の中空には輪郭のぼやけた白い球体のようなものがあった。何だこいつは、魔物なのか?
「久保田さん初めまして。起こしちゃってごめんなさい。こっちの世界はどうですか?慣れましたか?」
喋る球体、こいつは名前だけでなく俺がこの世界に迷い込んだ事まで知っているようだ。
「…もしかして、お前がここに俺を連れてきた、魔物か神様的な何か…なのか?」
「そうです、僕が連れて来させて貰いました、今のところは神様的なものだと思っておいてください。」
口調は丁寧だが所々言葉遣いがおかしい、多分こいつは若い男だ。昔勤めていた会社の新入社員が似たような話し方だったのを覚えている。
「あっ、そう…ていうか神様ならさぁ、もうちょっと早く説明しに来てくれてもよかったんじゃない?」
「そうしたかったんですけど久保田さん二日連続で気絶してたんで…」
「たしかに…」
この家を来訪した彼は二度も気を失った俺の間抜け面を土産に帰宅したのだろうか。そう思うと顔が少し赤くなった。
「まあ、いいや。で?何か用なの?」
「はい。とりあえず最初の一日久保田さんの様子を見させてもらいました、それで大丈夫だと思ったので貴方にお願いしたい事があるんです。というかそのためにここに連れて来た訳でもありますし。」
俺に頼み事…異世界への進出と引き換えに魂を寄越せとでも言うのだろうか。こいつの見た目も一般的に想像される魂に似ている事だし…
「単刀直入に言うとですね、僕の魂と…」
魂!?やっぱり魂を取られるのか!?
「…はっ!今日はここらへんにしておきます!僕の事は誰にもいわないでください、また来ますね久保田さん!」
そういうと自称神様は電球の散り際のように一瞬で消え去り、入れ違いでコルリスが俺の部屋に入って来た。
「クボタさ〜ん、どうしたんですか?さっき誰だぁ!とか聞こましたけど。」
「い…いや、寝ぼけてただけだよ!」
「…本当ですかぁ?」
「本当だって!」
俺は神との約束を守りコルリスの尋問を掻い潜った。そして彼女を自室に戻るよう促し、再び寝床で横になった。
(この世界には慣れましたか…だとさ。)
さきほど自称神様にいわれた言葉を反芻している自分がいた。まだ三日目だが何とか俺は適応しつつある。それに右も左もわからない世界に飛ばされたお陰で死にたいと思っていた事などすっかり忘れていた。
明日には初戦を控えており、今は自殺など考える暇もない。
いや、そんな事は正直どうでもいい。俺は…
俺は、コルリスとルーとプチ男、皆で生活している〝今〟が気に入った。だから自死など考えられないんだ。
誰にした訳でもない告白の後、俺は明日を求めて現実と眠りの国境を眠りの方向へと進み始めた。
…!
そういえばあいつ、前にどこかで見た事あるような…
まあいいや、寝よう。
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