二話 大会へ
頭を包みこむ冷たく柔らかい上質な枕…もといプチスライムの上で俺は目を覚ました。夢はまだ続いているのだろう。
ここは先程の丘の上、ではなく民家だった。かなりくたびれているが掃除の行き届いた良い家だ、誰かがここまで運んでくれたに違いない。
「あ!目が覚めました?」
声のする方向に目をやると、小柄な少女がそこにいた。歳はせいぜい十八、十九、くらいだろうか。
「あぁ…うん、よく眠れたよ。ところで、まさかとは思うけど俺をここまで運んでくれたのは君かい?」
「やっぱり…今日のクボタさんちょっと変ですよ、いつもは〝君〟なんて言わないのに。」
「えっ、いつもって…?」
「…?クボタさん…?」
目の前の少女はぽつりぽつりと話し始めた。
彼女の名前はコルリスといい、この場所で〝俺〟と共に生活している魔物使い見習いだそうだ。
話は家の事柄に移った、この家にはリビング、キッチン、トイレの他に俺とコルリスの部屋があり、隣には魔物用の厩舎のようなものまであるらしい。しかもこれが俺の所有物だと言うのだから驚いた。
ちなみに、やはり俺のような弱小魔物使いで家を持てる者はごくわずからしい、たとえオンボロだとしても。
それと、死の間際かと思われた場面で聞こえたあの天使の声は彼女のものだったようだ。節約のため山菜を採りに出かけた時に偶然居合わせたのだ。
彼女の話の後、俺もここに来るまでの経緯を説明した。
するとコルリスの顔がほころび始め、じきに可愛らしい笑顔の花が咲いた。
なんでも今までの俺は彼女をいやらしい目つきで見ていたらしく、それが無くなっていたのに加え、意味不明な発言をしているので最初は記憶喪失かと疑っていたが、別人だと確信してむしろ安心したのだそうだ。
「大丈夫ですよクボタさん!色々不安でしょうけど私が付いてますから!」
コルリスは家の主人がこんな状態であるというのに生き生きとしている。
しかし、こんなふた回りも離れた少女にそんな目つきをするとは…犯してもいない自らの愚行を恥じ、俺はうなだれた。
「あ、ありがとう…あとなんかゴメン…そっ、そうだ、最初の質問に戻るんだけどさ、俺をここまで運んでくれたのって…」
「そうそう!言い忘れてましたね!あの子達ですよ!」
コルリスは窓の向こうを指差す。家の外では一体いつ部屋から抜け出したのだろうプチスライムと、それをばしばしと叩いているあの緑色の肌をした少女がいた。
「通常個体よりもかなり小さいけど…多分トロールだと思います、あの子、クボタさんに凄く懐いてるみたいですよ。」
「そっか…てかアレ、大丈夫?喧嘩してない?」
「いえ、プチ男君は嫌がってないみたいですし、じゃれてるだけだと思います。」
プチ男というのは十中八九あのプチスライムの名前だろう、以前の俺はネーミングセンスのカケラもない男だったようだ。
それよりも…
「あのさコルリスちゃん、プチ男には目鼻どころか顔そのものがない、表情が読み取れないよね?なのになぜ君にはあいつが嫌がってないって分かるんだい?」
「ん?あぁ、それはですね、魔物使いには魔物を従える事に秀でているタイプと、魔物と意思の疎通が得意なタイプの二種類がいて…私が後者だからです。クボタさんは前者ですけど…あの子達も服従とはまた違う感じで懐いてますし、非常に珍しいですが両方の素質を持っているのかもしれませんね。普通はもう少しランクを上げたりして経験を積んでやっと両方できるようになるんですよ。」
「…魔物使いにランクってのがあるの?」またもや訳の分からない単語が出てきた、俺は頭をボリボリと掻きながらコルリスに尋ねる。
「あります!剣士、魔術士、魔物使い、この職業を持つ者は街周辺の魔物の討伐や治安の維持を行う国力そのものとしてかなり重要な存在なんです、そこで我が国ではGFEDCBA…とまあこんな風に実力でランク付けをし、技術の向上を促して国力を高めよう!という政策があるんですよ。」
そしてランクが上がれば上がるほど国からの依頼をこなした際の報奨金も増え、知名度が上がれば王族と知り合えるチャンスがあり、上手くいけば戦闘職にも関わらず貴族のような生活ができるそうだ……なるほど、どこの世も金が全てらしい。
「ちなみに依頼を共に行う同盟、つまりアライアンスを組むためにクボタさんを面接してくれた剣士のナブスターさんはFランクなんですよ…そうだ面接!どうでしたか!?」
「それはもちろん…ダメだったよ。まあどのみち二ブリックとかいう奴もいたから結果は見えてたんだけどね。」
「なら仕方ないですね…二ブリックさんはEランク昇格の試合を目前に控えた強力なドラゴン使いらしいですから。」
そう言ってコルリスががっくりと肩を落とす様を見た途端、俺の眉間にはシワが刻まれた。
二ブリックの発言はなるべく気にしないようにしていたが正直あそこまで言われてケロリとしていられるほどのんきな性格ではない…あいつには…負けたくない。
「んで…俺も試合をやればランクを上げられるの?」俺の思考よりも早く、俺の口はそう発していた。
「え!いきなり試合ですか!?…まあ、Gランクの大会なら簡単な書類だけで出場できますね。それに依頼よりも大会メインで生計を立てる魔物使いも少なくはないですし。」
「やっぱり俺はGランクなんだね…」
雑魚魔物使いというのは暴言ではなくただの真実だったようだ。俺は肩をがっくりと落とし、コルリスと同じ姿勢をとる。
「で、でも!あの子がついてきてくれたら昇格も夢じゃない…かも知れませんよ!」
コルリスにそういわれて俺が再び窓の外に目を向けると、トロールの少女がプチ男を追いかけ回しながら攻撃を繰り出しているのが見えた。あれは本当にじゃれているだけなのだろうか。
しかしこうして見ていると惚れ惚れする程の身のこなしだ、技術さえあれば並の武術家など相手にならないだろう。
…そうだ!俺が教えれば良いじゃないか…!曲がりなりにも俺だって人に教えられるくらいは格闘技をやっていたんだ!
「コルリスちゃん、その書類、探しといてもらっていいかな。」
俺はすぐに部屋を飛び出し、二匹に駆け寄った。
「あ…あのさ….!」
俺の声を聞いた少女はくりっとした真珠のような瞳をこちらに向け、全身がくりっとした球体であるプチ男は素早く頭の上によじ登ってきた。
「助けてくれてありがとう。で、いきなりなんだけど…俺の手下、じゃないな、仲間!仲間になってくれないかな!?あ…言葉…分かる?」
そういってから数秒後、少女は可愛らしい喜色を見せてくれた。ゾンビのような肌の色以外は人間と遜色はないのだが魔物…いや少なくともトロールは会話まではできないようだ。
「う〜ん、OK、だよな?じゃあ大会に向けて特訓だ!」
キックボクシングをしていた頃の記憶を辿りながらまずは彼女に蹴りの仕方を教えた。全身を使って回転するように蹴りを行えば足は自然と上がる、恐らくこれで合っているはずだ。
「うん!そしたら今度は俺に打ってみようか、少し強めでも大丈夫だよ。」
「わー!クボタさん!ダメダメ!ダメですよー!」
俺がガードをして少女の蹴りに備えていた時、コルリスが慌てながら外へと出てきた。
すると突如大地がせり上がって壁のようになり、コルリスがその壁に重力を無視して突っ立っているではないか。これはどういう事だろう。
理由はすぐに分かった。俺が少女の蹴りを喰らって吹っ飛んでいるのだ。
「トロールは怪力で有名なんですよ〜…」
木に叩きつけられ、意識が朦朧としてきたが気分は最高だった。これならどんな大会でも優勝間違いなしだ…多分。
ただ、また気を失う前に一つだけ言わせて欲しい。
神よ、どこかにいるのならば返事をしてくれ、ココは夢の中ではないのか?もしかすると俺は自殺しようとした罪で事あるごとに気絶させられる地獄に送られてしまったのか?
なあ…答えて…くれ…
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