第57話 クリスティーナ



「ふふっ……綺麗に実ったわね」


 クリスティーナ・グラベルは、自身の研究室の近くに作った家庭菜園で、立派に実った野菜たちを眺めて小さく微笑む。


 よく実った野菜をいくつか収穫して研究室に持ち帰り、少し遅めの朝食を取ることにする。


 軽く洗った野菜を、切れ味の良いナイフでザクザクと一口大に切り分けて、軽く塩コショウとリーブの実から絞った油を振りかけて混ぜ合わせる。


 昨日買ってきたパンを食べやすいサイズに切り分け軽く火であぶったら、先ほどの野菜を挟んで特製サンドイッチの完成だ。


 肉類は入れないのがクリスティーナ流。決して貧乏で肉が買えないわけでは無く、彼女は肉を好まない。


 人間離れした、恐ろしいほど端正な顔立ちに、なだらかな薄緑いろの毛髪。ツンととがった特徴的な耳。


 彼女は高貴なる ”森の民” の血を引く魔術師だった。


 出来立てのサンドイッチを一口。


 まず感じるのは、軽く炙ったパンの香ばしい風味。そして火を通していないとれたて野菜のシャキシャキとした食感。


 野菜の苦みと酸味、そして甘み。最低限の塩味が、素材のうま味を引き立てている。


「リーブの油を混ぜたのは正解でしたわね。あっさりした生野菜にコクが追加されて満足感がありますわ」


 クリスティーナは上機嫌でお手製のサンドイッチを頬張る。


 次の瞬間、彼女はサンドイッチを食べる手を止めて、怪訝な顔をした。


 周囲に張り巡らせた結界が、彼女に侵入者の存在を知らせたのだ。


 クリスティーナは深いため息をついて食べかけのサンドイッチを皿の上に置く。


「こんな朝早くから侵入者なんて……いい度胸ですわね」


 どうやら侵入者は、隠れる気が無いようで、堂々と屋敷の正面からクリスティーナのいる研究室に真っすぐ向かってくる。


 侵入者を迎え撃つため、クリスティーナは愛用の魔法触媒である銀杖を手に持った。


 そしてソイツはドアを開けて研究室に踏みいる。


 黒目黒髪、体格の良い男。見覚えは無いが、まとっている雰囲気は、野性の肉食獣を思わせるものだった。


 男は品定めするようにクリスティーナを見て、ポツリと呟いた。


「なるほど、ハヤテの面影がある」


「……おばあ様を知っていますの?」


「戦友さ……かつての大戦をともに駆け抜けたのを今でも覚えているよ」


 かつての大戦……祖父や祖母が参加したという、グランツ帝国と、フスティシア王国の戦の話だろうか?


 100年も前の話だ。この男は一体何を言っているのだろう? クリスティーナは警戒を強めた。


 そんなクリスティーナに対し、男は敵意はないとばかりに両手を挙げる。


「落ち着けよ、俺はハヤテの孫とやり合うつもりは無い」


「……では何の用です?生憎と、結界を容易に突破してきた見知らぬ男に気を許すほど能天気な脳みそを持ち合わせてはおりませんので」


 クリスティーナの皮肉、男は口角を吊り上げた。


「近いうちに戦が起きるらしい」


「……ええ、聞いていますわ。フスティシアが喧嘩を吹っかけてくるみたいですわね……ですがそれが何か? 帝国の宮廷魔術師だった祖父とは違って、私はフリーですので、戦に加担する義理はありませんわ」


「……お前の祖父がつくった殺人人形については知っているか?」


「…………我がグラベル家最大の汚点ですわね。それが?」


「どうやら帝国はアレを使うらしいぞ?」


 男の言葉に、クリスティーナは明らかに取り乱した様子を見せる。


「正気ですか!?前回の大戦で、アレは制御できるようなものじゃないと痛いほどわかったでしょうに……」


「制御する気も無いのさ。麗しの女帝様は、今回は高い確率で負け戦になるだろうと考えている……どうせ負けるなら手に負えない駒を暴走させてフスティシアに大打撃を与えるつもりだ」


「ありえない……ありえませんわ」


 男は一歩クリスティーナに近づいて、ゆっくりと問いかけた。


「俺と共に来い、クリスティーナ・グラベル。家の汚点を世界中の見世物にしたくなければ、この馬鹿げた戦を事前に止めるために動くべきだ」


「…………あなたは何者なの?」


 クリスティーナの問いに、男は不敵に笑う。


「”緋色の死神” そう呼ばれている」



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