第56話 女帝と死神



 異国の風情を感じる意匠が施された、木製の食卓。食卓の上には所せましと料理や酒が並べられている。


 グランツ帝国の麗しき女帝、リリー・アルト・グランツは、手元のグラスに透明な酒を注ぎクイっと飲み干すと目の前に座る珍客を面白そうに見つめた。


「おとぎ話の住人が目の前におるわ……ふふっ、変な気持ちじゃ。探すのに苦労したぞ ”緋色の死神”」


 その言葉に、対面に座る黒髪の男……緋色の死神は無表情で答えた。


「お前の祖母には幾分か世話になったからな……こうしてつまらない宴にも足を運んだ」


「その点に関してはあの色物ババアに感謝じゃのぅ。帝国に最高の切り札を残してくれた」


「……勘違いするなよ?別に帝国のために働くつもりはないぞ」


「ふふ……どうじゃろうな?とりあえず食事としよう。せっかくのお料理が冷めてしまう」


 緋色の死神はチラリと食卓に視線を落とす。


 こんがり美味そうに焼かれた青魚。山菜の和え物、茶色く濁ったスープに、ツヤツヤと白く光るライス……。


 これは帝国の料理ではない。


 女帝の魂胆を知って、緋色の死神は小さくため息をついた。


「俺の故郷の料理か……こんなくだらない事でほだされるとでも?」


 不機嫌な表情を浮かべる緋色の死神。しかし女帝は涼し気な顔をしている。


「残念ながらお前をもてなすために用意したものではない。余のルーツは東国にあってな、たまにこういった料理を食べたくなるのじゃ」


 女帝の言葉で緋色の死神は思い出す。


 グランツ帝国の先々代女帝は、東の血を引く妾との間に生まれた子であったと。


「まあ、そんなつまらぬことはどうでもいいじゃろう?食事としよう」


 そう言って優雅に食事を始める女帝。


 緋色の死神は諦めたように肩をすくめ、食事を始めた。


 焼き魚はよく塩が効いていて、ツヤツヤのライスと良く合う。焼き加減も絶妙で、噛みしめると魚の油が染み出てくる。


 故郷を思い出す味だ。


 考えてみれば、もう百年は帰っていない……。


「お前も知っての通り、グランツ帝国とフスティシア王国は最悪じゃ……前の大戦で勝敗がつかんかったからの、互いにモヤモヤはたまっておる」


 女帝はゆっくりと酒を飲みながら語る。


「逃げても良いぞ緋色の死神。相手は勇者……魔王を殺した存在じゃ」


「挑発にはのらんぞ?」


「挑発ではない、仮にお前が参戦したとて、勝てるとは限らんということじゃよ」


「帝国は負けると?」


「いんや、勝つつもりで策はうつ……じゃが、相手が相手じゃ、どれだけ策を打っても万全ではない」


「……ならばなおの事、俺が手助けする義理はないな」


「まあの、最悪帝国が滅びるだけじゃ。お前のせいじゃない」


 涼し気な顔で恐ろしいことを語る女帝。しかし正直なところ、帝国が滅びようが緋色の死神の心は少しも動かないだろう。


 確かに先々代の女帝に多少の恩はある。だが、それは命を懸けるほどではない。


 だからさっさとこのつまらない食事の席を離れようと考えたその時、ふと頭の片隅に何かが引っ掛かった。


 緋色の死神が作った血のスープをうまそうに飲む、巨大な斧を持った女戦士の姿。


 勇者と彼女は共に魔王に立ち向かった同胞だったはず……。


 死神はふっと口角を釣り上げる。


 どうにも、彼女とは不思議な縁があるようだ。


「……喜べ女帝。場合によっては帝国の力になってやらんこともない」





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