第29話 釣り
そこいらの出店で買った安い釣り竿。動物の骨を削って作られた粗雑な針に、これまた出店で売っていた芋虫を取り付ける。
海に釣り糸を投げ、その場に座り込んで、先ほど購入した酢漬けの野菜をかじりながら、ぼんやりと当たりを待った。
連れれば上々、仮につれなくても、ここは港町、そこいらの店にうまい魚なんていくらでもある。
つまるとこ、今マーヤがしている行為には特に意味なんて無かった。
ぼんやりと水平線を眺めながら酢漬けの野菜を齧る。
こうして何の意味もない行為に身を投じる贅沢……魔王討伐という任を背負っていた数年までは、考えられなかったことだ。
大きく息を吸い込む。
磯の香り。内陸生まれのマーヤにとって、馴染のないもの。
照りつける陽光を反射して、海面がキラキラと宝石みたいに輝いている。
「釣れてるかい?」
突如背後からかけられる声。しかし、足音で人の接近を察知していたマーヤは驚くこともなく応対する。
「いんや、さっぱりだ」
「だろうね、このスポットはあまり人気がないんだ」
振り返ると、そこに立っていたのはよく日焼けした中年の男。釣り竿を持っているところを見ると、彼も釣りに来たのだろうか?
「人気が無いスポットになんの用事だい?」
マーヤの問いに、男は笑顔で答える。
「よく釣れるスポットは人が多いからな、ゆっくりできないんだよ……姉ちゃんと同じだな、魚が釣りたいんじゃない、竿をもってぼんやりしたいのさ」
「なるほどね。いい趣味だ」
「姉ちゃんもな……隣いいかい?」
「どうぞご自由に。別にアタシの所有地じゃねえしな」
「じゃ、お言葉に甘えて」
どっかりと隣に腰を下ろした男。手慣れた動作で釣り針に餌を付けると、釣り糸を海に投げ込む。
男は持参していた酒瓶をうまそうに飲み始めた。
「酒か、アタシも用意しとけばよかったな」
「お?姉ちゃんもいける口かい? わけてやりてぇのは山々なんだが……俺の飲みかけしかねえんだ」
「いいさ、気にしないでくれ」
しばらくゆっくりとした無言の時間が流れる。
潮風がサラサラを体を撫でて心地が良い。
マーヤの竿がピクピクと反応する。手首のスナップを聞かせて竿を引き上げると、海面から青色の美しい鱗を持つ魚が吊り上がった。
「ほう、こりゃあ珍しい。ブルーペッシェか。姉ちゃん運がいいな」
「ブルーペッシェ?こいつはうまいのかい?」
「内臓を処理して鱗ごと油で揚げてみな、天にも昇るうまさだぜ」
「鱗も食えるのか?」
「ああ、こいつの鱗は火を通すとサクサクしてうめぇんだ」
未知のグルメとの遭遇に目を輝かせるマーヤ。
そんな彼女を見ながら、男は少し言いづらそうに語りかける。
「このタイミングで言うのも何だが……アンタに渡したいもんだあるんだ」
「渡したいもの?」
男は懐から便箋を取り出すと、無言でそれをマーヤに差し出す。
それを受け取ったマーヤは、その封蝋に刻まれた紋章を見て思い切り顔をしかめる。
「……せっかくいい気分だったのに台無しだぜ」
その封蝋には、ギルドの紋章である双頭の蛇が刻まれていたのだった。
◇
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