第28話 酢漬け
「長い船旅では途中で新鮮な野菜は腐っちまう。魚を釣って喰えば問題ないという奴もいるが、俺に言わせりゃあ阿呆の極みだね」
とある漁師町で、マーヤは出店を開いている年配の男に話を聞いていた。
「魚を食っているだけじゃダメなのかい?」
マーヤの問いに、男は身を乗り出して食い気味に返答する。
「短期間の船旅ならいいかもしれねえ。だが、長期の船旅なら魚だけ食ってる野郎はだいたい死ぬな」
そして男は少し声を落とした。
「姉ちゃんは ”船乗り病”って知ってるかい?」
「船乗り病? 知らねえな」
「まあ、内陸から来たんじゃ知らねえのも無理はねえ。船乗り病ってのは船乗りの間で恐れられている病の事でな、長期の船旅でよく発症する……最悪の場合は死に至る恐ろしい病だ」
「長期の船旅で……ねえ、短期の船旅では発症しないのかい」
「ああ、ほぼ発症しない。そこで学のある連中は考えたわけだ。長期の船旅で発症して、短期の船旅で発症しない理由は何かってね」
男の語り口調は警戒で、聞いていて飽きない。
「答えは食料だよ。長期の船旅だと、生ものは腐っちまうから、後半からは長期保存の効く干し肉か、固焼きのビスケット、もしくは魚を釣って喰ってたんだな」
「……それが病気に関係あると?」
「そうさ、野菜を食わねえことが病気の原因なんじゃねえかって、学のある連中は考えた。しかし新鮮な野菜はすぐ腐っちまう……そこで編み出されたのがこいつだ」
そして男は自身の売っている商品を手に持って差し出す。
それは瓶に詰められた葉野菜のようだった。瓶の蓋は丁寧に蝋で密封されている。
「なんだいこいつは?」
「野菜の酢漬けさ。原理はよくわからんが、酢に野菜を漬け込むと保存が効くらしい。こいつを船に持ち込んでから船乗り病はぐっと減ったって話だぜ」
「そいつはすげぇや。でも何で野菜不足で病気になるってわかったんだ?」
「なんでも海賊どもの食生活を参考にしたらしいぜ」
「海賊?」
「あぁ、やつらは基本的に船の上で生活してるからな。何でもやつらの昔からの伝統で、樹皮を練りこんだパンを食うってのがあるらしい。悪運除けのお守りできなもんだって話だったが、どうやらそのパンで栄養を取って病を予防してたみたいなんだよな。だから昔から、海賊には船乗り病のやつが少ないんだと」
「そのパンを食べようって話にはならなかったのかい?」
当たり前といえば当たり前の疑問。しかし、男は首を横に振った。
「まずいんだよ、樹皮入りのパンはよ。海賊たちは伝統だってんでいやいや食うけど、船乗りたちに喰わせようとしたら猛反発くらったらしいぜ」
「へぇ……ってことは、そいつはうまいのかい?」
マーヤが野菜の酢漬けを指さすと、男はにやりと笑った。
「どうだろうな。買ってみたらわかるぜ」
「商売上手だねアンタ。いいよ、2瓶買うよ」
「まいどあり!」
こうしてマーヤは男から野菜の酢漬けを購入した。
せっかく漁師町に来たから、まずは魚かと思っていたのだが、予想外の出会いに驚く。
さっそくナイフで蓋を開けると、ふわりと酢の香りが立ち上る。
中を覗き込むと、どうやら複数の種類の野菜が付け込まれているようだった。
その中から、名前はわからないが白色の根菜のようなものを一つ取り出して味見する。
カリっと心地よい食感。酢は思ったほどキツくなく、砂糖も入っているのかほのかに甘い。
かみしめると、野菜本来の味も感じられて、劇的に美味いというわけではないが、悪くはなかった。こいつで病も防げるというのなら、悪くはないだろう。
個人的には海賊が食べていたという樹皮入りのパンも気になるところだが、それは機会があれば探してみることにする。
マーヤは酢漬けの野菜をつまみながら、本来の目的だった魚を食すため、漁師町を進むのであった。
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