第2話 宴、終わりと始まり

 カインが周辺から集めてきた薪を、テオは手慣れた手付きで組み、弱い火の魔法で着火する。


 焚き火を作るために魔法を使用するなんて、高尚な魔法に対する冒涜だと、旅を始めたばかりの頃は思っていたが、もはやすっかり手慣れてしまった。


 魔法とは本来、こうして日々の生活を助けるための術であるべきなのかもしれない。


 最近は、少しそう思うのだった。


「だめだね。魔王城に近いせいか、ろくな獲物がいやしない」


 狩りから戻ってきたマーヤは、ぶつくさと文句を言いながら革袋に詰めた獲物をドサドサと地面に下ろす。


 彼女が狩ってきたのは、ビッグフロッグと呼ばれる子犬ほどの大きさをしたカエルが3匹。


 上等な食料とは言えないが、ビッグフロッグは無毒であり、生命力が強くどんな過酷な環境でも生息している。食用としてありがたい動物だ。


 マーヤがすばやく捌いたビッグフロッグの肉を受け取ったフローは、調理用に持ち運んでいる壺に詰め、革袋から貴重な真水を慎重に壺に流し込むと、焚き火の上においた。


 調味料なんて大層なものは無いが、塩分補給のために持ち運んでいた岩塩をナイフで削って壺に入れ、自生していた食べられる野草をいくつか入れて味をととのえる。


 その間にカインは荷袋から保存食のパンを取り出してきた。


 長期保存できるよう、カチカチに焼き固められたパンは、それでも長い旅のせいで表面に薄っすらとカビが付着している。


 カインはナイフで表面についたカビをこそぎ落とし、きれいになったパンを人数分に切り分け、皆に配る。


「皆さん、スープが煮えましたよ」


 フローは荷袋から人数分の深皿を取り出すと、いつ洗ったのか思い出せない汚れたその皿にカエルのスープをよそった。


 白っぽいカエルの肉と、野草の浮かんだ薄茶色のスープに、カチカチのパン。


 魔王討伐後の宴にしては貧相なメニューだ。

 スープとパンを受け取ったマーヤ。まずはカチカチのパンを一口かじる。


 水分の無いボソボソの食感と、口内に広がるカビの匂いに顔をしかめ、慌ててスープを口に運ぶ。


 薄味の、しかし確かに感じる塩味とカエルの旨味。同時に野性的な癖のある香りも感じられるが、マーヤはこの味が嫌いではなかった(少なくともカビ臭い保存食よりはまともな食べ物だ)。


 木製のスプーンでカエルの肉をすくって口に運ぶ。


 よく煮込まれたその肉は、蓄えられていた脂肪の多さも相まってホロリと口内で崩れていく。


 隣で静かにスープを飲んでいたテオが、ポツリとつぶやいた。


「魔王も倒したことですし、もうこんなサバイバル料理を食べることもなくなるんでしょうね」


「嬉しいだろ? お前はいつも飯に文句を言っていたからな」


 マーヤの問に、テオはフッと小さく笑う。


「不思議なことに、もうこれで終わりかと思うと名残惜しくも感じます……なぜでしょうかね」


 そう、これで終わり。


 このパーティーは魔王を討伐するために結成されたもの。


 目標が達成されたのなら、その先は……。


 カインが皆に問いかけた。


「国王陛下に魔王討伐を報告したあと、みんなはどうするの? 僕は以前に約束していた通り、騎士の位を授かってそのまま王国に仕えようと思うんだけれども」


 勇者は平民の出である。


 家は貧しく、幼い兄弟も十分に食べてはいないという。


 故に、勇者として旅立つ時、国王に条件を突きつけた。


 魔王討伐後は貴族(騎士)となり、家族に裕福な暮らしをさせてあげたいと。


「わたくしは聖職者ですから……きっと何も変わりません。今までどおり神に仕え、平和の尊さを説こうと思います」


 フローの言葉にテオも同意する。


「私も同じですね。宮廷魔術師として、今までどおり魔法の研究に励むことでしょう……あぁ、研究内容は今まで通りじゃないかもしれませんね」


 テオがちらりと見たのは、目の前で煌々と輝く焚き火の炎。


「……私は、民の生活に役立つ魔法を研究しようと思います。きっと、魔法とは本来そのようにあるべきなのです」


 少し照れくさそうにそう語るテオ。みんなは優しく微笑んだ。


「マーヤはどうするの?」


 カインの言葉に、マーヤは少し考える。


 この旅に出る前、マーヤは流れの傭兵だった。


 気ままに世界を旅し、戦い、日銭を得る。


 他のメンバーと違い、特にやりたいことなんてなかったのだ。


「もしよかったらさ、マーヤも一緒に国に仕えないかい? 君の強さは、民のために使うべきだと思うんだ!」


 カインの提案に、マーヤは思案する。


 彼とともに騎士の位をいただき、国のために戦う。


 悪くはない。


 ただ、何かが引っかかった。


 ふと視線を落とす。


 彼女の大きな手には、粗末な木製の深皿と、そこに並々と注がれたカエルのスープ。


 過酷な魔王討伐の旅で、こんな粗末な食事だけがマーヤの楽しみだった。


 そう、食事が楽しかったのだ。


 よく焼いた肉にかじりついたり、文句を言いながら不味い保存食を食べたり……。


 そして、マーヤは悟った。


 己が本当にやりたいこと。


 それがわかったのだ。




「アタシは旅に出るよ……世界中の美味い飯を、食ってから死にたいんだ」






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