女戦士のグルメ旅 〜脳筋喰いしん坊の女戦士、未知なるグルメを求めて〜

武田コウ

第1話 プロローグ

 闇夜にキラリと光る一筋の剣閃。


 勇者カインの持つ聖剣による一撃が、魔王カイザーの豪腕を切り裂いた。


 利き腕を切り落とされた魔王は、空間をビリビリと震わせるような悲鳴を上げながら後ずさる。


 三日三晩にも渡る魔王との戦いが、まさに今決着しようとしていた。


「マーヤ!」


 勇者カインは剛力の女戦士マーヤに声をかける。

 しかし彼女はカインの言葉より先に魔王の背後に回り込んでいた。


「くたばりな!魔王カイザー!!」


 マーヤは身の丈ほどもある巨大なバトルアックスを振り下ろす。


 月光を反射してギラリと光る肉厚の刃は、対象を ”切る” というよりその重量で ”たたき潰す” ことを得意とする武器で、粗末な甲冑ならその上から相手を絶命させることのできる威力を秘めている。


 バトルアックスの一撃は魔王の背中を切り裂き、傷口からは紫色の体液が噴き出す。


 傷を負った魔王が金切声を上げながら、残った腕を振り回すが、歴戦の戦士であるマーヤはすでにその場から離れていた。


 瀕死の魔王にとどめを刺すべく、宮廷魔術師のテオが攻撃呪文の詠唱を始める。


「”祖たる火の精よ”」

「”すべてを喰らう貪欲なるサラマンデルよ”」

「”燃えよ””燃えよ””燃えよ”」

「”我が怨敵を悉く喰い滅ぼしたまえ”」


 テオの掲げた純銀のロットに魔素が集約し、詠唱により魔法へと変換されていく。


 狙いは必中。

 威力は必殺。


 宮廷魔術師テオの最大魔法が放たれる。


「”ヘル・ファイア”」


 杖から迸る業火が魔王を焼く。


 最強の金属であるオリハルコンすら溶かす地獄の業火。


 瀕死の魔王が防げるはずもなく、ただ成すすべもなくもやし尽くされる。


 やがて魔法の効果が切れた時、魔法は黒焦げになって地面に伏していた。


「やった!」


 勇者カインはガッツポーズをして、周囲の仲間に笑いかける。


 戦いは終わった。


 どこか弛緩した空気が流れたその時、聖女フローが鋭い声を発した。


「まだです!みんな伏せて!!」


 振り返ると、黒焦げになった魔王の死体が、何か不穏な光を放っていた。


 まるで、体の内に秘めていたエネルギーが、彼が死ぬことで一気に解き放たれようとしているかのように……。


 目を突き刺すような激しい発光。


 視界は白に侵され、轟音が耳をつんざく。


 勇者一行は魔王の死によって解き放たれた純粋なエネルギーの本流に飲み込まれ、






 やがて、何も見えなくなった













「助かったよフロー。君がいなかったらみんな死んでいた」


 勇者カインは、聖女フローに深々と頭を下げる。


 死に際の魔王による自爆に巻き込まれた勇者一行。


 絶体絶命の状況は、聖女フローによる ”守護の帳” という奇跡の行使により一命をとりとめたのであった。


「いえ……皆さんが無事でよかったです」


 そう言いながらフローはホッと胸をなでおろし、額に浮かんだ大粒の汗をぬぐう。


「しかし凄まじい威力ですね……あの壮大だった魔王城がきれいさっぱり無くなってしまうなんて」


 宮廷魔術師のテオは、廃墟となった魔王城を見て呆れたようにそう言った。


 実際、最後の大爆発は魔王の放ってきたどんな技より強力で……フローの展開して防御がどれだけ優れた技であったかを思い知らされるようだった。


 同じ後衛であるテオには、少しそれが面白くない。


 魔王にとどめを刺したのは自分だ。なのに魔王最後の爆発のせいで、賞賛はすべて聖女フローへと向けられることになった。


 しかしその感情は外に向けて発するものでもない。プライドの高いテオだが、こんなめでたい時に空気を崩すほど、世間ずれをしていないつもりだった。


 この悔しさは心の内に秘め、いつか自身の偉大なる功績で皆を見返すこととしよう。


 テオはそう決意し、何事もないかのように皆にといかけた。


「さて……ついに魔王を倒すことができましたし、これからどうしましょうか? 報告のためにすぐに国に帰りますか?」


 テオの問いに、女戦士のマーヤがニヤリと口角を吊り上げて返答する。


「おいおい、冗談言うんじゃねえよテオ。魔王を打倒したんだ……国に帰るより先にやるべきことがあるだろう?」


「やるべき……ことですか?」


 マーヤは自身の腹を豪快にたたいて笑う。


「宴だよ!まずは飯を食おう!」

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