第3話 石焼き 1

「ギュルォオォォォ!!」


 空気をビリビリと震わせる不快な鳴き声と共に、ソレはマーヤの前に飛びかかって来た。


 見た目は所謂クマに似ている。強靭な四肢に分厚い毛皮、開いたアギトからは鋭い牙がのぞく。


 額に生えた立派な一本角が、その生物がただのクマではないことを知らせてくれる。


 バトルベア。


 非常に好戦的なその生物は、その発達した腕の一撃で、大木すらやすやすと粉砕するという。


「アタシに正面から向かってくるか……いい度胸だクマ公。その心意気に免じてアタシも素手で相手してやるよ」


 ニヤリとマーヤは不敵に微笑み、手にしていた巨大なバトルアックスを地面に放り投げた。


 凄まじい勢いで突進してくるバトルベアの懐に潜り込み、その好きだらけな顎を右拳で撃ち抜く。


 すばやく的確に顎を撃ち抜かれたバトルベア。その衝撃で脳が揺れ、動きが止まる。


 マーヤはすばやくバトルベアの背後に回り込み、背中に飛びついて、なんとその太首を両腕で思い切り捻り上げた。


 ゴキリと鈍い音が鳴り響き、バトルベアの太い頸椎が破壊される。


 血の泡を吹きながらズルズルとその場に倒れるバトルベア。


 マーヤは一仕事終わったとばかりにグッと伸びをして、バトルベアの死体に向き直った。


「さて、飯の準備とするか」






 バトルベアの死体を手早く解体して、肉の塊を取り出す。


 内蔵や毛皮など、食べない部分は放置。肉を持って少し移動する。


 その場で調理を始めてしまうと、解体の際に溢れ出た血液や、放置した内臓の匂いにつられて肉食獣が集まってしまい、飯の支度どころではなくなってしまうからだ。


 少し歩いた先にチョロチョロときれいな水の流れている小川を発見。この近くで調理をすることに決める。


 適当に集めてきた小枝を上手く組み合わせ、焚き火の薪とする。


 マーヤはテオのように火の魔法で着火することはできない。


 よく乾燥した枯れ葉を集め、その上で火打ち石を打って火をおこす。


 手際よく焚き火を作ると、適当な大きさの木の枝をナイフで削り、先端をよく尖らせて肉を突き刺した。


 所謂串焼き。


 肉に軽く塩を振り、火から少し離れた場所に枝を突き刺して遠火で炙る。


 バトルベアの肉は筋肉質で固く、本来であれば食用に適していない。


 小川も近くにあるし、スープを作ることも可能だったが、以前バトルベアのスープを作った時、煮込めば煮込むほど肉が固くなり、噛み切れなくなって泣く泣く肉を捨てたことを思い出し、断念した。


 遠火で肉を炙ると近火よりも柔らかくなる。


 若い頃先輩の傭兵から聞いたサバイバルの知識を思い出し、実践してみたのだ。


 パチパチと火にあぶられ、肉がうまそうな色に焼けていく。


 香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、腹が大きく鳴った。


 枝を地面から外し、大口を開けて肉の塊にかぶりつく。


 捌きたての新鮮な肉を焼いたからか、特段匂いは気にならない。焼いた肉の香ばしい香りとうま味が口内に広がる。


 しかし次の瞬間感じるのは、強靭な筋繊維の食感。大きく齧り付いた歯が弾かれる感覚。


 前に食べた煮込みの肉よりは多少ましだが、顎が弱いものは食べることができないだろう。


 マーヤは鍛え上げられた強靭な咬合力で肉を嚙みちぎる。


 ブチブチと大きな音を立てて噛み切れた肉をゆっくりと咀嚼する。


 ……味は悪くない。だが、固さが圧倒的でゆっくりとしか食べることができなかった。


 少し残念な気分になり落ち込んだマーヤは、ことも何気にこう言った。


「はぁ、出て来いよ。今のアタシは少し機嫌が悪いんだ。おとなしく出てこないなら、敵とみなして捻りつぶすよ?」


 数秒後、驚いた顔をして茂みから姿を現したのは、革の鎧で武装した男。


 チラリと顔を確認するが、どうやらマーヤ知り合いではないらしい(男は記憶に残りにくい平凡な顔をしているため、どこかで合っていたがマーヤが顔を忘れているだけな可能性は否定できないが)。


「よく俺が隠れているとわかったな」


「わからいでか。足音が雑すぎるんだよ。野生の獣の方がよっぽど静かだ」


「……野生の獣と比べられてもな」


 そう言って男はポリポリと頭をかく。


「冒険者をしているジェイコブというものだ……君は同業かな?」


 チラリと木に立てかけられたバトルアックスを見てジェイコブはそう問いかける。


「いんや、アタシはただの旅人だよ」


「そうか……まあ、詳しくは聞くまい」


 そう言ってジェイコブはマーヤと向かい合うようにどっかりと地面に腰かけた。


「無礼を承知で言うが……すまないが腹が減っていてな、いくらか肉をわけてくれないだろうか?」


「別に構わない。どうせ食べきれなくくらいあるしけ」


「ありがたい。では早速……」


 まだ調理していない生肉の塊に手を伸ばしたジェイコブは、何かに気が付いたように動きを止めた。


「おいおい、これはバトルベアの肉か!?」


「よくわかったね」


「……あぁ。今日俺はこのあたりで出没するというバトルベアの討伐依頼で山に来てたのだが……」


「そいつは悪い事をしたね。ちょっと離れた場所に解体した後の残りを捨ててきたから、証拠品としてギルドに提出するといい」


「それはありがたいが……アンタ一人で倒したのか?」


「まあね」


「……さっき詳しくは聞かないって言ったばかりじゃなきゃ、根掘り葉掘り質問してたとこだぜ」


 ジェイコブは呆れたように笑うと、肉に向き直る。


「バトルベアの肉は固くて食えたもんじゃないからな。少し工夫させてもらう」


 その言葉にマーヤは少し興味をひかれたように問いかけた。


「あんた、料理ができるのかい?」


「まあ、出来るというほどではない。実家が宿屋をやっててね……子供の頃はよく手伝いをしていたのだよ」


「へぇ、アタシの分も作ってくれよ。この肉は固すぎて気分が下がってたんだ」


「ああ、もちろんだとも。肉をわけてもらったしな」


「サンキュー!で、どんな風に料理するんだ?」


 目を輝かせて問うマーヤに、ジェイコブは苦笑しながら答える。


「そうだな……とりあえずミンチにしてしまおうか」


「ミンチ!なるほどな……団子にしてスープに入れるのか?壺ならあるけど」


「それもいいが、今回は石焼にしてみようと思う」


「石焼……だって?」


 マーヤは困惑した。


 ミンチにした肉は、基本的に団子状に丸めて煮込むものだ。


 ミンチ肉を焼くなんて考えたこともなかった。


「まあ見ていてくれ……きっと美味いから」


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