ひまわり

「日直は忙しかった?」

「うん、救急車がひっきりなしだった。」


ビールでお通しの枝豆を流し込む。

美鈴はだし巻きとエイヒレ炙りを頼んでいる。20代半ばにしては渋い。


「そっちは?学期末で忙しいんじゃない?」

「テストの採点に評定決め。この時期はいつもね。」


美鈴は高校時代の部活の後輩である。そして今は中学校の国語教師だ。今は退職しているが、俺の母親と同じ。

俺が関東の大学に進学した後も帰省するたびに美鈴と会っていた。再会のきっかけは、美鈴が中学教師という進路を選ぶにあたって、親を中学教師に持つ俺の話を聞きたいから、というものだった気がする。あの時、美鈴はまだ高校生だったか。


「夏休みに入ったら、今度は毎日部活。嫌になるわ」



中学教師の労働環境がいかに劣悪であるかは耳にタコができるほど伝えた。要領よく同程度の安定を得たいなら役所勤めにでもなったほうがいいという意見も。

実際、安定という理由だけで教職を選び、働き方に適応できないケースは多い。教職がブラックなことなど今時ほんの少し調べれば分かりそうなことなのに、公務員であるからという理由だけで安易に教職を選ぶ考え足らずが多すぎる。子供の教育に携わることの影響の大きさ、責任の重さをあまりに軽視していないか。



「聞いてよ、こないだの3年生の実力テスト、うちの学校の国語の平均点、この辺りじゃダントツだったよ。」


先ほどまでベッドで見せていた艶然としたものではない、屈託のない笑みでそう語る。

ボディラインの出る深紅のワンピースに身を包む美鈴は酔っ払いたちの目線を集めている。



部活動こそ嫌で仕方ないようだが、美鈴に中学教師はまさに適任だった。体力も責任感もあり、地元の国公立文学部を卒業していて地頭も教師にするにはやや余るぐらいだ。楽しそうに仕事を語ることが何よりの証拠だろう。



「美鈴のこれまでの国語教育の成果が実ってきてるってことか。」

「国語力って他の科目の成績にも影響するから、あの子たちの成績は私にかかっていると言っても過言じゃないのよ。」


美鈴はそう宣言すると2杯目のレモンサワーを頼んでトイレに向かった。


今受け持っている学年は、美鈴が初めて1年生から持ち上がっている学年で、かなり思い入れが深いらしい。月単位で各診療科をローテートする研修医という立場だと、患者との関係はほぼ一期一会と言って良い。今の美鈴の感覚は俺にはまだ経験がない。後輩のはずだが、美鈴の方が社会人として一歩先を行っているような奇妙な感覚だ。


つまみを口に運びながらそんなことを考えていると、美鈴がトイレから戻って席につき、おもむろに俺の左耳に顔を近づけてきた。



「先輩のが出てきて、むらむらしてきちゃった。帰ったらまたしてね。」



美鈴の顔に目をやると、妖艶な微笑みを浮かべていた。

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